17ライラーヌの過去1
「ダークバレット!」
目の前のザリガニっぽい人型の魔物達へ、無数のピンポン球サイズの黒い球が一直線に矢の如く飛んでいく。直撃を受けた部位はハンマーで殴られたかの様に甲殻が砕け血が吹き出た。
気が付くと俺は何処かの洞窟で魔物と戦闘をしていた。洞窟だと判断した理由は、辺りが暗くてどうやら仲間が出した光の球で何とか視界を確保している事、上も下も横も石の壁に囲まれている事だ。
やたらとジメジメしている事と目の前にいる魔物がザリガニっぽい事から考えて、水辺の洞窟なのだろう。その証拠に洞窟の中に水が流れている場所がある。
「ライラーヌ! ギイラの援護を頼む!」
「了解したわ!」
俺の意思には関係なく視界が90度左へずらされる。
どうやらライラーヌさんの記憶を体験する薬と言うのは本当で、成功した様だ。俺はこの中では何も行動を起こす事ができないみたいで、ただひたすらに彼女の記憶を観る事しかできない。
「グラビティショット!」
先程と同じ様な黒い球が1つだけ、先程より大きなザリガニの魔物へ飛んで行く。
球が魔物に触れた瞬間、魔物は地面に両腕をつき身動きが取れなくなった。名前からして大方予想はついていたが重力魔法の様だ。
ライラーヌさんが闇魔法の使い手だと言うのは本当だったらしい。それに彼女も冒険者をしていた事を初めて知った。
「助かった!」
大きなザリガニと戦っていた戦士は礼を言いつつザリガニの関節部分を切り飛ばした。
記憶を体験していて分かった事だが、彼女はAランクの冒険者であり依頼の途中だった様だ。この依頼は彼女にとって最後の依頼だった様だ。
最後の依頼と言うのは、彼女がこの依頼を最後に冒険者を引退するからだ。パーティ内の会話で分かった事だが、どうやら彼女は街の錬金術師と結婚をするらしい。
依頼達成の報告をする為に、ギルドへ来たが彼女よりも仲間達が泣きまくって大変だった。それはもうびっくりするほど不細工に泣いていた。良い仲間達だったんだろうと初めて見た俺にも伝わった。
冒険者と言う職業はいつ死んでもおかしくない危険と隣り合わせだ。結婚をすると言うのであれば引退をするのが普通だろう。ましてや彼女は女性なのだから。
そして時は経ち、彼女は結婚をして子供を授かった。
「お母さん。今日はハンバーグが良いな!」
「あら、テンはハンバーグが好きねえ。一昨日もハンバーグだったでしょう?」
「良いじゃないか。俺もお前の作ったハンバーグが好きだぞ?」
「貴方までそんなこと言って、褒めても何も出ないわよ?」
彼女は幸せだった。こうして息子を挟んで夫のトールと3人で手を繋ぎ、煉瓦造りの家々の間を歩いて街で平和に暮らしていた。
「お母さん! 見てみて、炎出た!」
何年か過ぎ、息子のテンも魔法が使える様になった様だ。父は錬金術師であり、世界的に錬金術師と言うのは魔法を使う職業としてかなり上位のものとされている。
加えてAランクの魔術師の母とくれば、息子のテンに魔法の才能があって当たり前だろう。
僅か7歳で魔法を使ったのだ。周りの大人達も相当に驚いていた。あのエリーと同じくらいで魔法が使えているのだ。
一般的に言えば、所謂天才だった。
その後10歳となったテンは、エリーの時と同じ様にヴィルダン学園への推薦があった。
「どうだ、テン。お父さんは学園に入る事を進めるが」
「嫌だよ、父さん。俺は、俺は母さんの様に冒険者になりたいんだ」
「冒険者は危険な職業よ? それに、ヴィルダン学園を卒業した後でもなれるのよ?」
夫のトールと彼女はできればヴィルダン学園に入学して欲しいらしい。
「そんなに待てないよ。殆ど人が国の騎士なったり、冒険者となっても英雄とか呼ばれるんだろ? 俺はもっと気楽な冒険者になりたいんだ」
エリーと同じ様な事を言うな。純粋に冒険がしたいのだろう。男なら誰でも思う事だ。
「分かった。テンがそこまで言うなら父さんは何も言わない」
「貴方、本当に良いの?」
「ありがとう! 父さん」
「でも条件がある。15になるまでは父さんの元で働きなさい。魔法の事も教えてやるし、母さんから冒険者のノウハウも学べるだろうからな」
「分かった。約束するよ」
ホメルさんがライラーヌさんも錬金術を齧っていると聞いていたが、どうやらこの時に息子のテンと一緒に夫の職場で働いていた様だ。
約束の5年はあっという間に過ぎた。トールやライラーヌもこの5年の間に心変わりをして、父の店を継ぐ気になったりしないものかと期待していたが無駄だった様だ。
「父さん。約束の5年がたったよ。俺は冒険者になる。この気持ちはずっと変わらない」
「仕方ない。約束だ、好きにしなさい」
「テン、どうしても、行くのね?」
「あぁ。母さん、ごめんね。心配しないで。俺、母さんより強くなるから!」
別れはやけにあっさりしていた。両親であるトールもライラーヌも、笑顔で送り出すと決めていたからだ。
息子を送り出した後、トールは静かに涙を流し、ライラーヌは床にへたり込んで咽び泣いた。
その後2人は寂しさを紛らわすかの様に忙しく仕事に追われる日々を過ごした。
涙を流したのも最初だけで、時が過ぎるのは早かった。テンが冒険者になると家を出て、はや15年が過ぎていた。
「テンは元気かしらね?」
「そうだな、便りがないのはなんとやらと言うしな」
そんな風に2人は紅茶を啜りながらのんびりとした時間を過ごしていた。
〝コンコン〟
それは扉をノックする音だ。
「トールさーん! 手紙だよー!」
トールは扉を開け、配達員の男性から手紙を受け取った。
「あぁ、すまない。あぁ、そうだ、ありがとう」
「えぇ、ではまた」
〝バタン〟
誰からだろう。久し振りにテンから手紙でも届いたか?
「誰からなの?」
「あぁ、冒険者……ギルドから、だ」
「え……嘘っ」
彼女はそれを聞き、崩れ落ちる様に床にへたり込む。
トールは乱暴に手紙の封を開け、中を読み始めた。堪え切れない涙をぼたぼたと床へ落とし、手紙を静かに手渡してくる。
「冒険者、テンの死亡を通達します……うっうぅ……あぁ」
嫌だ。テンは、テンは死んでない。
なんだ、急に彼女の声が……薬の効果が強まってきたのか?
次第に俺は自分の意識を保てなくなってきた。
そうだ、探しに行こう。私が探さなきゃ。テンが私を待ってるはず。
「貴方、私、行くわ」
「どこに行くと言うのだ」
「テンを探しに決まってるじゃない」
「よせ、テンは死んだんだ」
「そんなはずないわ。きっと何処かで生きてる」
「……それなら私も付いて行こう」
「ダメよ、貴方まで来てしまったら、私達はどこに変えれば良いの? 貴方はここで私達が帰るのを待っていて。それで子供の頃の様に叱るのよ。こんな時間まで何をしてたんだ、ってね」
「そぅ、だな……」
先ず情報を集めなきゃいけないわね。情報を集めるならやっぱり冒険者が1番よね。
私は冒険者として活動を再開する事にした。ギルドに行き、活動再開の為の書類を提出して冒険者に再びなった。
かつてはAランクだったけど、ブランクが30年。Hランクからやり直しかぁ、仕方ないわね。
ギルドにいた冒険者に話を聞いてみたが、誰もテンの事を知らないらしい。当然こんな近くでテンが活動をしていたのであれば、実家に顔くらい出すはず。それすらないのだから、もっと遠くで活動していたのだろう。
隣町へ行く為にパーティを組もうにも、私はもう60間近のお婆ちゃん冒険者。誰もパーティなんて組んでくれない。
当然依頼をする訳でも無く、完全に私事である以上巻き込むつもりも無い。これで良かったのかも知れないと内心思いつつ隣町への馬車に乗った。
その街のギルドでもテンの事を知る人はおらず、更に隣町へ向かう。
そこでも何の手掛かりも得ることができず、私は転々と移動と情報収集を繰り返して、やっとテンを知る人物に辿り着いた。
それまでに要した時間は10年。そう、トールの待つ街を出てからもう10年も経ってしまっていた。
「テンと言う冒険者の事を知りませんか?」
「テン……お婆ちゃん、テンの何?」
「……テンを、テンを知って居るの!?」
「ちょ、痛いよ」
10年。10年も探したんだ。少しばかり興奮して力が強くなってしまっても仕方がない。
テンの事を知っていそうなこの者は、齢35くらいの男だった。なかなかやつれていて、ご飯をちゃんと食べているのか心配になる程だ。
しかし、今はそんな事はどうでも良かった。探しに探した情報が目の前にあるのだから。
「私は、私はテンの母親だよっ」
「テンの……お母さん……そう、でしたか」
「テンはどこに? この街にいるのでしょう?」
「テンは、テンは……もう10年も前に……」
「嘘、嘘よね?」
「お話しします」
目の前に居る彼は、テンの冒険者時代に弟分として可愛がって貰ったのだとか。
そんな彼の話によるとテンは冒険者を辞め、家族を持っていたそうだ。まだ子供が産まれたばかりで、落ち着いたら両親に会わせに行くんだと、そう話していたそうだ。
私はその話を聞きながら涙が止まらなかった。テンに子供がいた。孫が居たんだ。会いに、来ようとしてくれていた。忘れていなかった。色んな思いがぐるぐると回っていた。
「それじゃあ、奥さんは? 孫が居るの?」
「それが……」
テンが住んでいたのはここより北の村で、龍の谷の近くなのだそう。しかし、その村はドラゴンに焼かれて灰になってしまったらしい。
ドラゴンが全てを奪った。私の頭の中はそれで全てを埋め尽くした。
とは言え流石にドラゴンが相手では、私1人では勝てない。かと言ってパーティを組む相手もいない。全盛期であったとしても、パーティを組んで勝てるかどうか。私はもう齢70だ。どう考えても……
せめて、せめて10年も会ってないトールに話してあげよう。そう思った。
馬車を乗り継ぎ、乗り継いでトールの待つ店に飛び込んだ。
「貴方!」
「誰?」
「え?」
ここは、私達のお店。間違いない。
「貴方は……」
奥から知った顔のネロさんが顔を出した。
「トールさんなんだけど……3年前に亡くなったのよ。病気で」
夫が死んだ。息子も死んだ。私は、一人ぼっち。
そこからの記憶はあまりない。ただ、気が付けば龍の谷まで来ていた。




