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中編・短編作品集

勇者よ、正義の押し付けは止めろ

作者: 文月 竜牙
掲載日:2017/11/25

勢いで書きました。反省はしていない。

 魔族の領域の最も奥に建つ城、その中にある王座に腰掛ける人影から、剣を引き抜きながら少年は笑う。


「はあ、はあ、これで終わったんだ。世界は、救われたんだ! ハハ、アハハハハハ!」


 少年の体は高揚感で満たされていた。

 少年の脳は充実感で満たされていた。

 少年の心は達成感に満たされていた。


 それもそうだろう。

 彼は、「勇者」――人間の英雄だ。

 剣で刺された人影は、「魔王」――人類の敵たる魔族の王だ。


 彼は敵のリーダーを、今まさに打倒したのだ。それは人類の勝利を意味していて、やり遂げた英雄が歓喜で笑うのも致し方ないというものだ。

 ひとしきり笑い、勝利の喜びに勇者としての義務感が勝ったので、国に報告しに帰ろうと思ったまさにその時のことだ。

 声が、響いた。


「本当に、これで世界が救われると思うのか?」


 腹の底に響くような重低音。コンサートか何か聞いたならばカッコイイ声と形容できるであろうそれも、今この時には不快感と不安感しか感じなかった。

 数分前に勇者が殺したはずの魔王の声だ。


「お前、確かに殺したはずッ!?」

「嗚呼、怖い怖い。そんなことを言うな。取引をしようと言っているじゃあないか」

「魔族と話すようなことは何一つないッ!」


 動揺して声を荒げる勇者に対し、魔王は冷静な声で話しかける。しかし、それも拒否されたので、やれやれとばかりに肩を竦めた。

 魔王が手のひらを下にして、手を振り下ろすと、勇者は地面に叩きつけられる。


「うぐ……」


 強い重力に勇者はもがく。

 魔王はそんな状態の勇者の前に現れて、大げさに肩を竦めるジェスチャーをした。どうやら王座に座っていたのは人形だったようだ。


「本当は武力行使はしたくないのだけど、暴れられると厄介だから我慢してくれ。さて、君に幾つかの質問をしようと思うのだけど、応えてくれるか?」

「拒否権はないのだろう?」

「物分かりが良いようで安心したよ。無言で自殺されたら面倒だからね」


 魔王は満足げに頷いて指を一つ立てた。


「問一。君は何故、僕の暗殺に乗り込んできたのかな?」

「そんなのお前たち魔族が悪の権化であり、俺たちの土地を侵略しているからに決まっているだろッ!」


 声を荒げる勇者をスルーして、魔王は指を二つ立てた。


「問二。僕たちが悪の権化だという証拠は? また、こちらから侵略を開始した証拠は?」

「は……?」


 意味が分からない、とでも言いたげに勇者は固まった。

 いや、実際に理解が出来なかったのだ。今までそういうものだと教えられてきたので、そのことについて疑問を抱くことがなかったのだ。

 魔王は首をひねった。


「少しだけ質問を変えよう。僕たちが悪で、君たちが正義。誰が決めたんだい?」

「王国に、人王様に決まっているだろう」


 今度は聞きたいことが聞けた。魔王は満足げに頷く。


「じゃあ、その正義は人間が勝手に決めたものと言うことで良いんだね」

「何をッ!」

「だってそうじゃあないか。僕たちからしたら君たちが悪で、君たちが侵略者だ」

「しかし、お前たちは邪神信仰を……」

「それは君たちが言っているだけ。というか、邪神信仰しているのはそっちだろう? もしくは、案外、同じ神を信じているのかもしれないな」

「人王様に続いて、聖神様まで愚弄するのかッ!」

「聖神は僕たちの神と同じ名前だね。翻訳の問題もあるだろうけど、清く正しい神という意味ならば、ぼくたちの神も同じものだ」


 神は魔王にとっても大事らしく、勇者を押さえつける重力が僅かに強まり、彼の身に着ける鎧がきしみをあげる。

 声を荒げたことと、重力が増したことによって勇者の息は乱れている。それが整うまでしばし待って、魔王は指を三本立てる。


「問三。正義や神については、対等な条件だと分かってくれただろうか?」

「……いまいち納得できないが、理解はしよう」

「上々だ。充分だよ、勇者」


 微笑を浮かべた魔王は、指を三本立てる。


「問四。人類軍が君に渡した給金はどれくらいだったか?」


 勇者は怒ったような顔をした。


「世界を救うのに金が必要か! 大切なのは正義の心のみだ!」


 まさかの無給という勇者の待遇に魔王は目をむいた。

 そして溜め息を吐いて指を立てた。


「問五。町の平和を守る為に何百人も兵士を雇うのに、世界を救うのに金は要らないのだろうか?

 問六。仮に私を倒して平和になったとして、田舎の餓死者を正義で救えるだろうか?」


 魔王の声を最後に、しばしの静寂が訪れた。

 勇者が答えられないのを見ると、魔王は残酷な笑みをたたえて言う。


「まず、世界はただで救えるほど安っぽいものではない。全ての仕事には『対価』が存在するべきだと僕は考えている。世界を救うなんて大仕事、残りの人生を無条件で遊べるくらいでなければ割に合わないと思うよ。端的に言えば、君の国がおかしいか、君は国に騙されている」


 深呼吸を一つ。


「次に、田舎の餓死者は正義では救えない。彼らを救うのは水と食料で、その水と食料を得るためには金が必要だ。なんとも汚い話だが、ここでもやはり大切なのは金だ。お前の語る『正義』だけでは、残念ながら真の意味では世界を救えない」


 勇者はもう何も言わなくなった。

 本当は未だに自分が正しいと、人類が正しいと信じたいのだが、どうしてもそれを証明することが出来ないでいた。むしろ、魔王の言っていることの正しさを証明しそうになってしまって、己の心と現実の折り合いをつけられずにいた。

 言い返したいのに、喉の根元で詰まってしまって、音にならない。

 魔王はとどめを刺すように呟いた。


「ちなみに、我が魔王軍は、戦時は例外になるが、八時間勤務で週休二日だ。福利厚生は充実していて、給料は働いた時間の分だけ払い、仕事が早いものや丁寧な物にはボーナスも出す。人類軍におけるお前のような、無償の捨て駒は存在しない。

 農村における餓死者は、我が魔族領では毎年減少傾向にある。金を惜しみなく使い、開拓をして、農業の方法を教えているからだ。そこにあるのは正義ではなく、将来的に税収を増やそうという打算に過ぎない。ただし、仕事相応の給金は確保できるようにするつもりだ」


 重力制御の魔術を解いて、魔王はニヤリと笑った。


「問七。さて、勇者、お前の正義は本当に正しいのか?」

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