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(2)

 仕事から帰った聖は右手を向かいにいる七菜に差し出していた。伸ばした人差し指に新しくジェルが塗り直されていく。今回は七菜の希望で、紺色だった。丁寧な手付きで筆を操る七菜の指先を眺めていると、不意に彼女が口を開いた。



「事件はどうだった?」


「……難航してる」



 七菜が訊いているのは、昼間の事件だ。


 あの後、使用された魔術は召喚魔術と創造魔術を混合して用いたものだということは分かった。だが見たことのない形に描かれた魔法陣が一体何を表すのか、未だ確実なことが判明されていない。



「子供がまだ見付からないんだよ」


「子供が?」


「現場から発見された魔法陣は一つ。だから自分で姿を消したはずなんだけど……」



 発動魔法陣を見る限り、空間を移動する魔術に近い。だが第三種までしか魔術使用許可証を取得していない子供にそんなことが可能なのだろうか。


 悶々と考え耽っていると、作業を続けながら七菜が言った。



「それなら、あの、安道小町って人に手伝ってもらったら?」


「え?」


「あの人以前は魔研にいたんでしょう? それに今は探偵事務所してるって」


「何でそんなこと知って……」



 七菜から安道小町の名前が出てくるなんて意外だった。小町の現在の仕事を知っていること自体驚きである。



「聖がいなくなってから小町さんと話したの」



 しかも下の名前で呼んでいる。スーパーで聖が去ってから、それほど二人で話し込んだのだろうか。



「『いつでも依頼お待ちしてます』だって」



 どうやら営業されていたようである。



「きっと助けてくれるよ」


「でも、安道さんに頼ったことがバレたら、能上さんに殺されるよ……」


「大丈夫! バレなければ!」



 笑顔を浮かべる七菜に、どこからそんな自信が出てくるのかと不思議になる。第一、聖は先日に小町から依頼を断られたばかりだ。今日は普通に接してくれたが、先日の件がある以上警戒されていないとは限らない。



「明日、こっそりと頼んでみようよ! ね?」


「うーん……」



 聖は曖昧に答えながら苦笑する。


 昔から、聖は七菜の笑顔には弱いのだ。







 まだ空が白ばむ早朝。聖は安道魔術探偵事務所の扉の前に立っていた。隣には制服姿の七菜の姿もある。結局、聖は七菜に説得されて小町の許を訪れることにしたのだった。仕事に行く前の、こんな早朝にはさすがに事務所は閉まっているだろう、と睨んでいたと言うのに、小町の事務所は室内が明るかった。


 覚悟を決めて、聖は扉をノックする。



『はいはーい』



 小町の、いつもの能天気な声がした。足音と共に扉に映る影が大きくなり、ドアノブが回される。そして開かれた扉から顔を出したのは、安道小町その人だった。



「あら?」


「おはようございます」



 小町は聖の姿を見ると驚いたようだった。目をぱちぱちと瞬かせて聖と七菜を交互に見ている。その彼女が着ているシャツのボタンが大きく開かれている。そのことに目を剥いた聖の双眸が後ろから塞がれた。七菜の手だ。



「こ、小町さん! ボタン!」


「あ、はーい」



 七菜の手が離れ、視界が開かれると既に小町のシャツのボタンは閉じられていた。小町は欠伸を噛み殺しながら首を傾げる。



「それで、どんなご用ですか?」


「依頼をしたいんです」



 依頼、の単語を聞くと小町の目がスっと少しだけ鋭くなる。半眼で聖を見て、小町は言った。



「前と同じ依頼なら受けませんよぅ」


「違います」



 即座に否定して、聖は続ける。



「捜査の協力をしてほしいんです」



 その台詞に小町は困惑したようだった。彼女は先ほどよりも濃く眉間を絞った。



「……それは魔研への裏切りではないんですかね?」


「子供が消えたんです」


「……子供?」


「今の魔研では直ぐに事件を解決できない。俺はそう思います」


「うーん……」


「母親が泣いていました。現場には一冊の絵本しかなくて、魔法陣も一つだけ。魔研はその魔法陣がどのように作用したのか、未だ捜査中です」


「……」


「お願いします、協力してください」



 聖が畳み込むように説明すると、小町は口を閉ざしてしまった。彼女は一つため息をついてから、目を閉じる。その様子から断ろうとしているのだと聖は悟る。引き止める言葉を探す聖の前で彼女が口を開こうとした、その時だった。



「高くつきますよ」



 小町の後ろから音もなく姿を現した夏樹がそう言った。小町はその彼の返答に驚いている。夏樹は文句言いたげな表情をした彼女に目を向けて、相変わらず淡々と告げた。



「お金なくて困っていましたよね?」


「う……」


「どうするんですか。あと残金三万で。いつ来るか分からない次の依頼まで生きていけるんですか?」


「う……」


「その依頼、引き受けます」


「ですが夏樹くーん……」


「小町さんはお静かに。一人では依頼も取って来られないんですから」


「……はい」



 夏樹の一言で小町は俯いた。夏樹優性の銃撃戦のような二人のやり取りを見つめていた聖だったが、ふと先ほどの夏樹の一言を思い出して、目を瞬く。



「え、引き受けてくれるんですか?」


「はい。決行は?」



 夏樹は話が早い。具体的な依頼内容すら聞かず、ただ決行日時だけを求めるその姿に強い信頼感が沸いた。依頼すれば必ず事件を解決してくれるような、その安心感にほっと胸を撫で下ろしながら、聖は言う。



「決行は今晩です。事件発生現場で。資料は俺が持って行きますから」


「かしこまりました」



 頷いた夏樹は未だ後ろで拗ねている様子の小町を振り返る。



「分かりましたね、小町さん?」


「……わかりましたよーぅ」



 卑怯者め、とぶつぶつと零している小町の小声を夏樹は気付かないふりをしている。聖はメモを夏樹に差し出した。



「住所はこれです。今晩九時にマンションの前で待ち合わせでお願いします」


「かしこまりました」



 聖から受け取ったメモを夏樹が見下ろす。


 その彼の横顔を小町が恨めしそうに眺めていた。

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