第5話 獣人男の誤謬
「ゴルゴム。聞いてくれよ。ひでぇもん見ちまった」
「なんだよパルメ。ひでぇのはお前の顔だよ」
「アレの話なんだけどさ」
アレ。それは獣人の国、カニバルの。その国境の町に突如やってきた異物。人間。
もともと、人間の国、リスタンは人間と獣人が共に暮らしていた。だが、ある時から人間は数に任せて獣人を虐げるようになった。そこで俺たちの祖先はデモを行い、対等にしてもらおうとした。そう、対等にだ。なのに、人間は獣人を反逆者として魔物が多く作物が育ちづらい土地に封じ込め、無理矢理追い出したんだ。
なのに、アレはいきなりハローワークに現れ、のこのこと仕事を探そうとした。もちろん怒鳴りつけて追い出してやったけどな!
それからも毎日現れては誰かに殴られ、追い出されているらしい。それに、外でも誰にも相手にされていないから、追い出されなくても仕事は無理だろ。
「で? アレがどうしたって?」
「近道でアレがよくいる公園を通ったんだけどさ。ベンチでなんか茹でて食ってるんだよ」
「それがどうしたんだよ」
「食ってるもん見たらさ。雑草とミミズだったんだ」
「はぁ!?」
「思わず『そんなもん食ってんのかよ』って聞いちまったよ。そしたらどう答えたと思う?」
「……」
「『生きるためには仕方ないんだよ』だと。……なあ。ゴルゴム。俺たち、これでいいのかな」
「……」
「数の暴力で虐げてるのは。俺たちなんじゃないのかな……。俺、あれを見たらさ。わかんなくなってきたよ」
「……パルメ。悪い。もう帰るわ」
「ああ。俺も今日は呑む気分じゃない」
ベッドに寝転んでも、目が冴えて眠れない。
これまで、アレを邪険にするのは正しいと思っていた。獣人の歴史を。人間への恨みを聞いてきたから。
だが。俺が見たハロワでアレが殴られてる光景。パルメから聞いた食事の光景。外を見ると想像する、アレが公園の硬いベンチで寝ている光景。それが頭をぐるぐると回り、俺を悩ませ続けた。
いつのまに寝ていたのか、気がつけば日が昇っていた。外を見ると、霧が出て真っ白になっている。窓を開ければ、じっとりとした空気がまとわりつく。
アレは、大丈夫なんだろうか。そう考えた頭を振り払い、宿を出る。玄関でパルメを見かけ、一緒にハロワに足を運ぶことになったが。近道のはずの公園は、通らなかった。
「パルメ。今日は、どうするよ……」
「霧じゃあ魔物狩りは厳しいしな……」
なんとなく、お互いに歯切れが悪い。モヤモヤする。
そんな時、ドアが開く。目を向けると、アレが入ってきた。
「うー。服がぐっしょりだー」
荷物を置き、服を脱ぎ始める。人間とはいえ娘がそんなことをしていいのか、という疑問は、すぐに消えてしまう。
アレの上半身はーどす黒く変色していたから。
「なんだよ……あれ……おい! ゴルゴム!?」
外に出て服を絞るアレに近づいていく。あの黒はなんなのか。いや、心当たりはあるが……そうであって欲しくない。そうだったら、俺たちは。
「おい……お前」
「なーに?」
アレがこちらを向く。殴られ、疎まれ、相手にもされず。まだこちらをまっすぐ向いている。
「えと。中で話さない? 寒いし」
「……ああ」
ハロワのテーブルに、パルメと3人で座る。だが、ハロワ中の獣人が俺たちに聞き耳を立てているのがわかる。
まず、アレのどす黒いものー着替えた服で今は見えていないーについて聞く。
「その上半身の黒いもの、それはなんだ?」
「これは……懲罰刻印、ていったかな」
やはりか。聞いた事実に、気が遠くなる。
「懲罰刻印、てなんだ?」
パルメが聞く。
「パルメ。お前獣人が追放された時の等級って知ってるか?」
「は? ……ただ追放、としか知らないな」
「獣人の追放は、第2級追放なんだよ」
「2級?」
「ああ。第2級追放は、苗字の剥奪と国外永久追放。だが、その上の第1級になるとそれに加えて懲罰刻印が体に刻まれるんだよ」
「おい、ゴルゴム……じゃあ、こいつは」
「俺たちと同じ、追放者だ」
周りの奴らもざわついている。こいつが追放者なら、俺たちは同じ境遇のやつに暴力や非道をしていたことになるんだからな。
「おい、アレ……じゃないガキンチョ!」
「ガキンチョじゃない! アテネ!」
「アテネ! お前追放されてたのか!?」
「そうだよ。もうひどいよね」
なんか腕を組んでうんうん言ってるが。ひどいで済むのか?
「チビ助……あんた何したんだい?」
遠巻きに見ていた女、レーラが話しかけてくる。
「チビじゃない!」
「いや。お前はチビだ」
思わず突っ込む。
「むー。……なんか、王子サマの好きな子をいじめたからだって」
「はい?」
「しかもエンザイだーって言っても聞いてくれないし」
「冤罪なのか!?」
「その上すぐ連れてくって言って1時間くらいで荷物まとめさせられてポイだよ、もう」
「…………」
あまりにも酷すぎる。ハロワに溜まっていた連中全員が、言葉を失うレベルで酷い。
「まあ、こうして常日頃からの準備のおかげでそれなりに持ち出せたからね。備えあれば憂いなし!」
ぐっ、と親指を持ち上げて笑顔で〆ているが。正直俺たちにとっては痛々しくて見てられない。
「……悪かったよ、殴ったりして」
「追い出してごめんな」
「お、俺町の人らに伝えてくる!」
罪悪感からか、周りにいた奴らがアテネの近くに群がったり、霧の中を飛び出していったりした。謝ってくる奴らを軽いノリで許しているこいつは、大物なのかもしれない。
その後。アテネは最初こそ聞かれたり謝られたりしていたが、3日もするとすっかり町の一員になっていた。……だが、魔物狩りの仕事に俺たちを誘うのはなんなんだ。