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第8章 塔との決別

 深緑の塔、オレとムーの長い幽閉の場所になるはずだった。

 その塔から幽閉を解かれたのは、ムーがいなくなってわずか1ヶ月ほど後のことだった。ムーがいなければ、オレは無害と判断されたらしい。黒ミミズ事件や女神事件もオレは完全に従犯で、なにが起こるのか知らなかったこと、また、ラルレッツ王国を破滅から救った功績も考慮された。

 しばらくの間は、ルブクス魔法協会の監視下で暮らすことが条件で、問題がないと判断されれば晴れて自由の身となる。

 ルブクス大陸一のトラブルメーカーの片割れを引き取ってくれる奇特な人がいるかと心配したが、ガガさんが雇ってくれた。チェリースライム事件で大儲けした礼だといわれた。それからのオレは桃海亭で古道具磨きの日々だ。

 ムーがいなくなって、すぐにムーの行方が調査された。危険人物の所在がわからないのは重大な問題とされ、エンドリア王国だけでなく多くの国や魔法協会がムーの行方を追った。

 塔の地下室の調査、ムーの魔力の追跡、ペトリの爺さんから聞き取り調査、占術まで使われた。スウィンデルズの爺さんは身分と地位を譲り、世界中を探し回った。

 でも、ムーは見つからなかった。

 ムーはこの世界に存在しない。

 それが、ルブスク魔法協会が出した結論だった。

 ムーがいなくなって3ヶ月が過ぎた頃、ムーの葬式が執り行われることになった。

 ペトリの爺さんがムーがいなくなったことに精神的な区切りをつけるために行いたいと申し出たからだ。




 晴れ渡った青い空。ムーの墓の前で神父が祈りを捧げている。ペトリの爺さんの希望で、墓の前での祈りだけという簡素な式だった。オレと身内だけで連絡もしなかったのに、多くの人が集まっていた。ラダミス島の賢者カウフマン、ハーン砦のダップ、兵士養成学校のデイモン先生やニューマン先生、見知った顔だけでなく、魔術関係者が着る葬式用の黒ローブをまとった人々も多くいた。

 誰もが沈痛な面もちで、頭を垂れている。

 オレの隣の青年をのぞいては。

 重苦しい空気と漂っていることを気にすることもなく、きょろきょろと参列者を見回している。服装は黒い上着に黒いズボンと一般的な葬式の服装だが、黒いマフラーを顔の下半分を覆うようにぐるぐるに巻いていた。

 祈りの言葉を終えた神父が、参列者に献花をうながした。ペトリの爺さんに始まって、ペトリの家族と思われる人々が順番に花を置いていく。

 次にスウィンデルズの爺さんが花を置いたが、見る影もなくやつれていた。家族に支えられるようにして帰っていく。

 献花が終わり、神父も参列者達も帰っていった。墓の残ったのは、オレと黒服の青年と。

「久しぶりね」

 ララ・ファーンズワース。

 いつもの革の上下ではなく、黒いドレスを着ていた。

「来てくれたのか」

 驚きを素直に口にしたオレ。

 暗殺団の一員として活動していることは耳にしていた。忙しい中を駆けつけてくれたのだろう。

「ウィル、あんたに言ったんじゃないのよ」

 額に怒りマークを出現させたララは、黒服の青年の頬に平手打ちをかませた。

 破裂音が響きわたる。

「なんで、こいつがここにいるのよ!」

 怒りで声が甲高くなっていく。

「わかるのか」

「わかるに決まっているでしょ。こんな幼児色の一色の退行生物なんて」

 伸ばした手がマフラーをはぎ取る。

「ムー・ペトリ。こいつに以外にいないわ」

 青い瞳に、長い白い髪。

 見慣れた童顔が、青年の顔で微笑んでいた。

「お久しぶりです、ララ・ファーンズワース」

 殴られた右頬が赤い。

「説明しなさいよ」

「説明、なぜ、あなたに説明する必要があるのです?」

 小馬鹿にしたようなムーの口調。

 ララに向かって差し出した手の上に乗っているのは、深紅の火球。

「10年前とは違うのですよ」

「魔法が使えるようになった、ってわけね」

 言い終わる前に、ララの回し蹴りがムーの鳩尾に入った。ムーの痩身は数メートル先まで吹っ飛んだ。腹をおさえてうめいている。

 格闘の教本に載せたいような、見事な回し蹴りだった。

 悠々と近づいていくララ。

 まだ、うめいているムーの襟首をつかんで引き起こした。

「話したくなった?」

「スパーク!」

 ムーの手から火花が散ったが、すでにララはムーの後ろに移動していた。

「そんなもの、当たるわけないでしょ」

 踵落としがムーの肩に炸裂した。

 地面に膝からたたきつけられたムー。

 蛙のように地面にへばりついてうめいている。

 もはや、戦闘を継続する気力はないようだ。

「素直に話さないからよ」

 ハイヒールの踵で、ムーの背中を踏みつけようとしたとき、ムーが防御にでた。

「…チェリー」

 ピョン現れたのは、チェリースライム。

 ムーをかばうように、背中でプルプル揺れた。

「まだいたのね」

 骨のないものが苦手なララ。数歩、あずさった。まだ、チェリースライムがダメらしい。

 ムーから名残惜しそうに離れて、オレのところにやってくる。

「説明してくれる?」

「途中で切れて暴れないと約束するなら話す」

 格闘家志望のオレより、暗殺業のララの方が格闘に長けている。情けないが事実だ。

「わかった、約束する」

「時間はあるか?」

「大丈夫だけれど」

「ここだと誰かに聞かれるおそれがある。オレが住んでいる桃海亭がこの先にある。そこで話そう」

 オレは倒れているムーを肩に担つぐと、ララをうながして店に向かった。


 休業の札のかかっている桃海亭の鍵を開けて中に入った。住居にしている奥に進み、ベッドにムーを横たえ、茶を入れるために湯を火にかけた。

 椅子に腰を下ろすと向かいの席にララが座った。  

「ララはどこまで知っている?」

「ムーがモップに誘拐されたこと。あとは連れていかれたのは別次元という噂くらいね」

「説明する順番は、時系列がいいか?それとも、実際に起こったことを並べていく方法がいいか?」

「わかりやすい順番でお願い」

 起こった出来事をできるだけわかりやすそうな順番に並べ変える。

「話の前にモップについて説明させてくれ。モップはこの世界の生物じゃない。ただ、異次元モンスターというわけでもないようなんだ。概念的なものらしく、オレには説明しきれない。別世界の生命体ということで話を進めさせてくれ」

 ララがうなずいた。

「ムーの魔力はムーの父親によって8歳まで封じられていたんだ。魔力が戻ったムーは、モップを召喚した。ムーとモップは、ペトリの家で幸せに暮らしていたが、ある日、ムーが部屋でしょんべんを漏らした。母親が気づかれそうになったムーは、モップで拭いて隠蔽した」

 ララの顔がひきつった。

「モップはひどく傷ついて、ムーに謝罪を求めたが、ムーは謝らなかった。怒ったモップは召喚以外のムーの魔法をすべて封印して、自分の世界に戻っていった」

 うなずいて、モップの行為に同意を示すララ。

「4年が過ぎ、モップは再び、オレとムーがいた塔の地下室に呼び出された。モップはムーを許し、自分の世界に一緒に連れていった」

「戻ってきたら10歳年をとっていた?」

「違うんだ。モップとムーは、すぐにこっちの世界に戻ってきたのだ」

「なによ、それ?」

「安心しろ。まだ、戻ってきていない。

 その後、この世界に戻ってきたモップとムーは楽しく暮らしていたんだが、色々あって、この色々はオレも知らないんだが、ムーは世界から追われる身になったんだ」

「また、なのね」

「そうなんだ、また、なんだ。それも、女神召喚よりもやばいことをやらかしたらしくて、10年後の世界から逃げ出すしかなかったらしい。モップの世界には人は長くは住めないらしい。しかたなく、ここに来たんだ。10年の時をさかのぼって」

 ララがベッドにいるムーを指す。

「こいつは10年後のムーなのね」

 ムーがむっくりと起きあがった。

「そのとおり。ボクは10年後のムー・ペトリ。今から10年の間、何が起こるかを知っています。さあ、聞きたいことがあれば、教えてあげましょう」

 恩を売るぞという姿勢が見え見えだ。

「それじゃ、10年間であたしとムーは何回会う?」

「数え切れないほど。ボクとララとウィルは世界の難事件を解決する勇者のグループとして世界に名を馳せているのです。さあ、他に聞きたいことは?」

「……もう、いい」

 ムーに聞く愚を悟ったらしい。

「ウィル。チビのムーは、いつ帰ってくるの?」

 オレは肩をすくめた。

「正確な日時は教えてくれないんだ。歴史に干渉するとか言って。

 ま、少し前になれば、わかるはずだ」

「何かあるの?」

「ムーという同一個体が同時期に存在するのは許されていないかららしい。

 10年後のムーは、チビのムーがモップの次元からこの世界に戻ってくる日時を知っている。その時にはこの世界にいられない。だから、こいつがいなくなったら、この世界のチビのムーが、モップの世界から帰ってくる」

「その話だと、このアホっぽい老けて性格がねじれたムーか、チビで幼児退行化現象進行中のムーか、どちらかのムーが側にいることになるんじゃない?」

「言うなよ、オレも考えないようにしているだからさ」

 火に掛けたポットが、コトコトと音を立て始めた。

 立ち上がろうとしたオレの前に、モップが突然姿を現した。10年後のムーと一緒にやってきてここに住み着いている。

ーー おや、お客人か。ならば、茶は我が入れよう ーー

 重々しい声で言われると逆らえない。

 モップが先端のふわふわを使って、器用に紅茶をいれる。

 ララの身体が強ばっている。

 神レベルと噂されるモップには、さすがのララも緊張するようだ。

 カップに入れた紅茶を、モップはララの前に置いた。

ーー 誰かと思えば、ララではないか ーー

「は、はい!?」

ーー そうか、まだ会う前であったな ーー

 モップは先端のひらひらでララの頭を優しくなぜた。

ーー そなたには、これから先、ムーが世話になる。手のかかる子だがよろしく頼む ーー

「これから先……今、これから先って、言いませんでした?」

 パニクっているララ。

ーー これはこれは、我としたことが 気にしないで欲しい ーー

「あの、あの、どうなるんですか。教えていただけませんか」

ーー 未来を知らないから人は頑張れる。知らない方がよい ーー

 まったくフォローになっていない、モップの台詞。

「ちょっと、ムー、どうなるのよ」

「だから、ララはボクとチームを…」

「組まないに決まっているでしょ。本人が断言しているんだから間違いないわ」

 オレはモップが入れてくれた紅茶をすすりながら、ぼんやりと目の前の光景をながめていた。

 いつになったら、10年後のムーは帰ってくれるのだろう。

 チビのムーはいつ戻ってくるのだろう。

 そして、オレの最も知りたいこと。

 オレの平穏な日々はいつくるのだろう。

「いいえ、ボクと組みますよ」

「わかった。もういい。

 ムー、さっさと10年後に戻って」

「時が来たら勝手に移動しますよ。それと、ボクが帰ることと、あなたとチームを組むこととは関係ありませんよ」

「嘘をつかないでよ!」

「本当のことです。

 ウィルとララとボク、最強のチームだったんです。だって、世界を破滅直前まで追い込んだんですから」

 世界を破滅直前まで。

 紅茶を飲み干すと、オレはテーブルに突っ伏した。

 ムーの言っていることが真実とは限らない。

 だが。

「わかったわ。世の為、人の為、あたしの為。

 ムー、今ここで死んで!」

「チェリー!」

「卑怯者!」

「けけけっ!」

 オレの騒々しい日々は、まだ続きそうだ。


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