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第7章 地下室その2

 石が割れた。



 中心から外側に向かって、蜘蛛の巣のような細かいヒビが入っていた。パラパラと黄色い粉を床に散らす。

「おい、大丈夫なのか?」

 不安そうな目をした傭兵が聞いてきた。

 オレたちに聞かれても、いや、オレに聞かれても答えられない。

「ちょっと、待つだしゅ」

 ムーは、再び、傷のような文字を読み始めた。

 その間も石は黄色い粉となって、床に降り積もっていく。

 指でなぞりながら壁を読んでいたムーが振り返るのと、黄色い粉が落ちきるのはほぼ同時だった。

「わかったしゅ。召喚したものを強制的に元の位置に戻すと、ペナルティで壊れるしゅ」

「ペナルティ?」

「はいしゅ、これは呼んだものは戻せましぇん。召喚したものを元の位置に正確に戻すには位置情報がいるしゅ。誰かが中の情報を使って強制的に戻したしゅ」

「戻した…今、戻したと言ったな?」

「言ったしゅ。」

「ドラゴン、ゴールデンドラゴンも、家に戻ったんじゃな?」

「はいでしゅ。ポチ、お帰りでしゅ」

 青かった爺さんの顔色に、血の気が戻ってきた。

 ゴールデンドラゴンによる人類の滅亡の危機からは脱出したようだが、問題はまだ堆積している。

 一番の問題は、部屋に残っているのは、オレとムーと爺さんと、オレたちを殺そうとしている傭兵達+呪殺者ということだ。

 離れた場所にいた傭兵達も、オレ達に方へと歩み寄ってくる。

「驚かせやがって」

「邪魔な女も、帰ったようだしな」

「ようやく、お前らの首を狩れるな」

「ゆっくり料理してやろうぜ」

 手がないわけじゃない。

 チェリーにドームになってもらえば、その中は剣も魔法も聞かない、安全な場所だ。

 ただ入ったあと囲まれると、出られなくなる。最悪、飢え死にが待っている。

 ムーの召喚術は、傭兵達を倒してくれる確率は低い。オレ達の命の保証もしてくれない。

 他にいい手がないかと必死に考えているオレの脳みそに、例の声が響いてきた。

-- 騒々しい --

 傭兵達も驚愕の表情で、周りを見回している。

 レモン石は壊れた。

 残っているのは。

-- 見よ --

 地下室内の注目を一心に浴びたのは、モップ。

 薄汚れたモップは帰らなかったらしい。現れた場所にプカプカ浮いている。

「……おい、冗談がきついぜ」

 傭兵のひとりが、つぶやいた。

 次の瞬間、床に転がっていた。

 プレート・アーマーの肩から腹の部分はひしゃげ、右腕はありえない方向を向いていた。意識はないようで、白目をむいて血の泡を吹いている。仲間のひとりが男の首にふれた。他の仲間にうなずく様子からすると、命に別状はないようだ。

ーー 見よ ーー

 間違いない。

 声の主は、モップだ。

 レモン石を使って強制送還したのも、

 目に見えない力で傭兵を地に沈めたのも、

 この薄汚れたモップだ。

 未知のものに人は恐怖し、抵抗する力を失う。

 動けない。

 宙に浮いているモップが、絶対的な力でこの場を支配している。

 モップは見回すように、小さく左右に回った。

-- やはり、そなたであったか --

 停止したのはムーを正面に見る位置。

ーー 我を召喚したということは、謝罪する意志があるということか ーー

 謝罪ってことは、ムーがモップに何かをしたのだろう。

 あのモップで、床を拭いたとか、壁を吹いたとか、窓を拭いたとか…。

 モップじゃないとわかってはいるが、形状がモップのせいで掃除から離れられない。

 傭兵達の方からかすかな声がした。

「…床掃除?」

 羽音ほどの小さなつぶやき。

 言い終わるとほぼ同時に、傭兵がひとり、天井の穴から放り出された。すごい勢いだったから、塔に新しい穴が開いたかもしれない。

「なにを謝るでしゅ?」

ーー ……… ーー

 モップの困惑が伝わってくる。

 ムーが謝罪するために召喚したと思いこんでいたらしい。

 無邪気な笑顔を浮かべたまま、ムーは続けて質問した。

「モップしゃん、前に会ったことありましゅ?」

ーー ……… ーー

 怒りの波動が伝わってくる。

 傭兵達はモップから遠ざかろうと、擦り足でジリジリと後退していく。

 少女は、まだ穴をのぞき込んでいる。

「おーい、モップしゃん、聞こえてましゅ?」

 ムーはいつもと同じで、火に油を注いでいる。

 空気が動いた。

 見えなかったが、なにかが高速でムーに襲いかかり、それをチェリーが膜となって防いだのだろう。

-- さすがと言うべきか --

 感嘆の台詞と苛立ちの感情が流れ込んでくる。

 緊迫した状況の中、爺さんが小声で何かを唱え始めた。孫を助けようと必死なのだろうが、モップが異次元生物ならば攻撃はすべて無効化される。

 やめておけと目で伝えたが、無視された。異次元生物との戦闘経験がないのかもしれない。

 前触れもなく爺さんが弾かれた。天井にたたきつけられた身体が落ちてくる。白と水色のローブに包まれた身体を、オレは飛びついて受け止めた。

 意識はないが、息はあるし出血もない。すごい勢いでたたきつけられたから骨の2、3本は折れているかもしれないが、場の絶対者に逆らった代償とあきらめてもらおう。

 スウィンデルズ爺さんを床に横たえた。

 今日、2度目だ。

 女の子の方が良かったなと思っているオレの前を、傭兵がひとり、駆け抜けた。

「うわあぁー!」

 弾みをつけて、天井の穴に向かってジャンプした。

 絶対的な力に支配された場の緊張感に耐えきれなくなったらしい。

 腕は立つが、正体不明な物に弱い。

 そんなタイプなのだろう。

「うわぁーーー!」

 ジャンプした傭兵は、そのまま勢いを増して穴の外に飛び出した。激しい激突音。

 穴の縁から、血が滴ってくる。

-- 出たい者は申しでよ --

 当然、誰もいない。

 恐怖が支配しする空間で、唯一支配から免れている人物。

「ボクしゃん、モップしゃんの記憶にありましぇん、人違いでしゅ」

 思わず、後ろからムーの頭をはたいた。

 状況からすればまずいのはわかっていたが、条件反射でとめられなかった。

「痛いっしゅ!」

「ムー。お前がいったんだぞ。

 レモン色の石は、触った者の記憶から召喚する、と。そうだとすると、このモップはお前の記憶にあったモップということで、お前は最低でも1度は見ているはずなんだ!」

「うーん、でも、モップしゃんは…」

-- 今より4年ほど前になる -ー

 しびれを切らせたモップが、過去を語り始めた。

ーー 人に召喚されたのは久しぶりのことだった ーー

 どこか懐かしそうな響き。

 人のことを憎んでいるというわけではなさそうだ。

-- 我を呼んだのが、幼子だと知ったとき、我は驚いた。年端はいかなくとも、巨大な魔力を有しており、その魔力は様々な魔法に使用できた ーー

 どこか夢見ているようなモップの語り。

 まだ、続きそうだと思ったオレは、状況を再確認するため、さりげなく周りを見回した。

 ムー、しかめっ面でモップの話を聞いている。

 爺さん、気絶中。

 傭兵の方々、天井の穴近くで静止中。

 呪術者の少女、隣に金平糖と黒い紐が

「えっ」

「お行きなさい!」

 なぜ、オレは金平糖が浮き上がってこないと思いこんでいたのだろう。

 まっすぐに飛んでくる、黒い紐のような呪い。

 コースの先にはムーがいる。

「ムー!」

 引きずり倒そうと手を伸ばしたオレ。

ーー 消えよ ーー

 消えた。

 召喚されたもの達が消えたときと同じように、音もなく一瞬で。

 解除不能と言われた呪いが、簡単に消えたのだ。

ーー 戻れ ーー

 消えたのは、金平糖と少女。

 驚きで目を見開いていた少女も、瞬時に消えた。戻れ、だから<首なし烏>にでも、戻されたのだろう。

 召喚された以外の者でも、消失させられるというのは傭兵達には衝撃だったらしい。

 動揺が走った。

ーー 静まれ ーー

 また、停止モードに入った。

 傭兵達の顔には恐怖に加え、あきらめが混じってきている。絶対的なものには、徹底して服従する。生き延びたいなら、正解だろう。

 彼らの中には、緊張感の薄いオレを奇妙な生物でも見るような目で見ているやつがいる。

 オレが彼らより薄い理由は一言で説明できる。

 慣れ、だ。

 夜中に騒音で目が覚めたとき、数十匹のカタツムリ、それも足が10本もあるやつが走り回っていたことがある。スープを飲んでいるとき、スープの中の豆達が一斉に悲鳴をあげたこともある。

 相手がモップだって、言語でコミュニケーションできる。うん、まともだ。まともすぎるくらいだ。

 場が収まったと判断したモップは、再び話し始めた。

ーー 我は幼子を導いた。魔術の基本を教え、魔力の使い方を教えた。よく、遊びもした。幼子は無邪気で、我とよく戯れた。孤独であった我に、幼子は光だった。

 我は、楽しかった。 ーー

 至福の時を語るモップ。

 暖かい波長が伝わってくる。

ーー それなのに、我を裏切るとは ーー

 怒り、悲しみ、絶望。

 ムーは眉を寄せて、首を傾げている。

ーー あのような…あのような、むごい仕打ちを… ーー

 モップが震えている。

ーー 我は、我は… ーー

 モップの感情が膨れ上がってくる。

 何か起こるかと身構えたときだった。

 声がした。

「ここにおったんか」

 のんびりしたペトリ爺さんの声。

 天井から顔をのぞかせていた。

 5メートルの高さをものともせず、ひょいと猿のように身軽に飛び降りた。

「ん、どうしたんじゃ」

 異様な雰囲気に気づいたのだろう。

 周りを見回すと、モップに目を留めた。

「おや、モジャじゃないか。久しぶりじゃのう。どうしていたんじゃ。いきなり、いなくなったから、心配していたんじゃ。元気そうで良かったのう。ムーに会いに来たんか。しばらくは、こっちにいられるんのか?急にいなくなったもんだから、ムーが寂しがって大変だったんじゃぞ、毎日、大泣きしてのう。はよ、帰ってきてはくれんかと、頭を痛めたんじゃぞ。そうそう、ムーはモジャが帰ってきてくれますようにと、毎晩祈っておったんじゃぞ」

 高速でまくしたてた爺さん。

 ムーが晴れやかな顔でポンと手をたたくと、モップに向かって駆けだした

「モジャ~~」

 ピョンとモップに飛びついた。

 当然、高さが足りないが、モップの紐の束がグッと伸びて、ムーをすくい上げた。

「モジャだ、モジャだ」

 柄に抱きついて、喜んでいるムー。

 悲喜交々、複雑な心境のモップ。

「モジャ、どうしていなくなったでしゅ。ボクしゃん、寂しかったでしゅ」

ーー ……… ーー

 モップの心境が、さらに複雑化している。ムーへの愛情やら、ムーへの苛立ちやら、ムーへの愛情やら、ムーへの恨みやら、などなど。

 細分化していく部分と寄せあって大きくなっていく部分。

「モジャが使っていたベッド、あのままにしてあるだしゅ。また、ペトリのお家で一緒に暮らすだしゅ」

 行きつくところまでいった感情は、わかりやすい形になった。

ーー …もう、よい… ーー

「モジャ?」

 モップの先のふさふさが、くるりとムーを包み込む。

ーー そうじゃな、また、一緒に暮らそう ーー

 思わず、やめてくれと、叫びそうになった。

 ムーだけでも手一杯なのに、こんな奇怪な強力モンスターが一緒に暮らすことになったら、命がいくつあっても足りない。

ーー ムー、可愛いムー ーー

 滴るほどたっぷりの優しさを含んだ感情がゆるやかに広がっていく。

 ふさふさに包まれたムーが、幼子のように、きゃきゃと喜んでいる。

ーー 共に暮らそう ーー

 消えた。

 モップも、ムーも。

 突然のことに反応ができず、地下室に残された全員が、モップの消えた場所を眺めていた。

 数分たってもモップが戻ってこないとわかったとき、傭兵達は我先にと地下室からでていった。

 オレは気絶していたスウィンデルズの爺さんを起こした。爺さんは自分の白魔法で怪我を治療した。その間に、オレは簡単に経緯を説明した。ムーがいなくなったことにショックを受け、ペトリの爺さんにモジャについて聞いていたが、有益な情報はなかったようだ。

 そのあと、オレは壊れかけの塔に1人で1ヶ月ほど住んだ。時々、地下室をのぞいてみた。

 だが、ムーは戻ってはこなかった。

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