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第5章 塔への訪問者その3


 黒い布を被った人影は、足音もたてず、スルスルと塔の中に入ってきた。

 近くで見ると頭に被った布はフード付きのマントではなく、大きな一枚布で頭から足の先までを全身を包み込むようにしている。

 うつむいた顔はよく見えない。

「悪いんだが、今すぐ出ていってくれ」

「<首なし烏>の者です」

 迷った。

 出ていってもらいたいが本音だが、影呪いの術者なら、ここで殺せば爺さんの呪いが解ける可能性もある。

「そこの椅子に座るがよい」

 入室を許可したのは、スウィンデルズの爺さん。

 魔力を取り戻したせいで、いつもの調子を取り戻したらしい。

<首なし烏>と名乗った者が椅子に座ると、爺さんは向かいの椅子に腰を下ろし、すぐに口火を切った。

「布を取られよ」

 高圧的な口調。

 主導権を握るつもりらしい。

 黒い布はスルリと滑るように手に収まった。下にから現れたのは、まだ年若い少女だった。

 年齢も身長もムーよりはやや上に見える。

 13、4歳だろう。黒い目、黒い髪、黒い服。少女がまとう色の関係だろうか、少女の周囲がやけに暗く感じる。

「話を聞こう」

「単刀直入にお聞きします。呪いが掛かっていられるのは、どなたですか?」

「わしじゃ」

 爺さんがローブの袖をまくりあげた。

 腕に巻き付いている黒い痣。

「ペトリ殿ではございませんね」

「ケロヴォス・スウィンデルズ。ラルレッツ王国に仕える者じゃ」

 少女は、頭を深く下げた。

「賢者スウィンデルズ殿に呪いをおかけしたことを深くお詫びいたします。直ちに、呪いを外したいと思います。お許し願いますでしょうか?」

「許可しよう」

 鷹揚にうなずく爺さん。

 順調すぎる展開。

 浮かび上がってくる不安をオレは押さえた。

 順調なことがあってもいいはずだ。

 そうじゃない。順調なのが普通で、最近のオレをとりまく状況が異常過ぎるんだ。

「それではムー・ペトリ殿をこちらに呼んでいただけますでしょうか」

「なぜじゃ?」

「外した呪いをペトリ殿につけるためです」

「認められん」

 怒りを含んだ爺さんの返答に、少女は謝るように軽く頭を下げた。

「呪いは外せますが、外した呪いを移す者が必要です。本来、ペトリ殿につけるはずの呪い。ペトリ殿に移動させることで問題は解決されます」

「認めることはできん。他の方法で外されよ」

 緊迫感溢れるやりとりが続いているが、話題の中心人物は、まだ扉の側に転がっている。

「スウィンデルズ殿から影呪いの呪法を外すには移動以外に手はございません。どうぞ、ペトリ殿に移すことをお許しいただきたく…」

「認められんと言っておろう!」

 時々、ピクピクと動いているから、ムーの意識は戻っている。気絶したふりで時間を稼ぎ、呪いを回避する方法を考えているのだろう。

「<首なし烏>の名に掛けて申し上げます。移動させるより外す方法は他にはありません。術者の死によって解除されるという噂がありますがの、誓って、そのようなことはございません」

「ペトリ殿に呪いを掛けたいという意向はわかっておる。だが、今回のはそちらの不手際。呪いを解くことだけを優先させよ」

「そのように申されても…」

 爺さんは手のひらをあげ、少女の話を止めた。

「呪いの移動対象をペトリ殿以外にすることは可能であろう」

「…可能ですが」

「あれではどうだ?」

 爺さんが指したのは、水色のカエル。イガゲラの実を背に生やし、井戸端に座っている。

 少女は直径1メートルのカエルに一瞬絶句したが、絞り出すようにして返事をした。

「…あれは…無理だと…」

「あれや、あれは、どうだ」

 壁に止まっている蛾と、ムーの側に丸まっているチェリースライム。

「…無理です」

「何ならばよいのだ」

「人であることが最低条件かと…」

「これは?」

 爺さんの指の先にいたのは、オレ。

「可能です。ですが、<首なし烏>がペトリ殿を呪殺する計画に代わりはございません。無用な死者を増やすより、ペトリ殿を…」

「今、可能と言ったな?」

「はい」

「ならば、このウィ…」

 ゴンという音が室内に響いた。

 オレのチョップで首に受け、気絶した爺さんがテーブルに突っ伏した。

 無関係のオレを身代わりにしようとは、油断も隙もあったものじゃない。

「あ、あの……」

 困ったような顔でオレを見る少女。

 入ってきたときは、やけに暗く感じていたが、表情が出ると暗さが半減する。

「いま、スウィンデルズ殿が」

「この爺さんの話は聞かなかったことにしてくれ。元々、ここの住人じゃないんだ。ここに住んでいるのは、オレとそこに転がっているチビ」

 少女は椅子を引いて立ち上がると、足音を忍ばせてムーに近寄っていった。

 あと数歩と言うところで、ムーがピョンと飛び起きた。

「ウィルしゃんの裏切り者!!」

「裏切り者って!?」

「呪い、ウィルしゃんにあげるしゅ!」

「いらねーよ!それに、この呪いは元々お前のだろう」

「しかたないしゅ。このまま爺に…」

「爺さんが無駄死にになると、この人も言っているだろう。どうせ、お前は呪殺される予定なんだ。お前が受け取ればすむことだろ」

「いやっしゅ!」

「受け取った後、解除できるようにオレも一緒に考えてやるから」

「嘘しゅ、その人いったでしゅ。解除ないしゅ」

 少女がこっくりとうなずいた。

「はい、解除の方法はありません」

「黙っていてくれ」

 爺さんの瞼がヒクヒクと動いた。目が覚める前に、オレはまた首にチョップを入れて、眠りの世界に戻ってもらった。

 いきなりの攻撃で気絶させることができたが、スウィンデルズの爺さんは強い。爺さんが目覚めたら、オレは確実に呪いの犠牲にされる。

「来るなしゅ!」

 いつの間にかムーに近づいた少女は、素早い動きでムーの髪を引っこ抜いた。

「いたいっしゅ」

 少女は用が済んだとばかりに涙目のムーに背を向け、椅子に戻ると懐から古ぼけた紙と筆を取り出した。

 今度は起こさないよう慎重に爺さんの髪を数本切り取ると、ムーの髪をあわせて筆の毛の間に差し込んだ。

「なにをしているんだ」

「これより術に入ります」

 10センチ四方の小さな紙をテーブルに置くと、ムーと爺さんの毛の入った筆で、書かれている文字を丁寧になぞり始めた。

「それをなぞり終われば、移動するのか?」

「そのように教えられております」

 少女の白い手が細かい字にそって、ゆっくりと動いている。

「ムー・ペトリが命ずる。来たれ、トトゥル」

 しまった。

 そう思ったときは遅かった。

 ムーの召喚魔法は完成されていた。

 ボンという音と共に、テーブルの上に現れたのは、ピンクとグレーの水玉模様のサザエ。

 こいつは見覚えがあった。

「げっ」

 オレはつかんで、窓から投げ捨てた。

「気をつけろよーー!」

 外の奴らに注意をうながしたが、オレの声が終わらないうちに、窓の外は深紅に染まった。

「火だあぁーー!」

「消すんだ、消せー!」

「水は、どこだ!」

「熱い、熱い」

「氷系の魔術師はいないのかぁ!」

 水玉模様のサザエは小さな身体なのに、巨大な火柱を吹き上げる。オレたちがこの塔についた日、塔の上部を吹っ飛ばした。

 オレは外の喧噪に負けないよう、大声で怒鳴った。

「そいつは炎を吹き出すだけだ。火の粉とか振りまかない。炎に直接振れなければ、大丈夫だ」

 オレの暖かい助言にはすぐ反応があった。

「どこが、大丈夫なんだ!」

「今のウィルだろ、ちょっと出てこい!」

 そいつは異次元生物だから攻撃は効かない、というのは、言わないことにする。

 召喚失敗の異次元獣だから、あと3日間はいる。外にいる奴らには頑張ってもらおう。

「ムー・ペトリが命ずる。来たれ、ブバヴァ」

 オレが外に気を取られている隙に、ムーは次の召喚呪文を完成させていた。

 テーブルのほぼ真上。

 オレの身長よりやや高い位置が、うっすらと明るくなった。細かい金粉がキラキラと寄せ集まるようにして、徐々に形になっていく。

 オレはムーを殴る前に、最も重要な質問をした。

「成功か?」

「失敗しゅ」

 殴ろうと腕を振りあげたとき、オレはそれに気が付いた。

 気絶している爺さんの腕のあたりから、黒い紐のようなものが、するすると抜け出してくる。

 呪いだ。

 真っ黒い紐のようなものは、何かを探すように、あちこちに身体の向きを変えている。

 その真上では、召喚生物が徐々に形を整えていた。

「…この召喚生物を知っているか?」

「知りましぇん」

 黄金に光輝く巨大な金平糖が宙に浮いている。直径1メートルは楽に越す、おそらく世界最大の金平糖だ。

 呪いと謎の召喚生物。

 どうしようかと迷っているオレとは逆に、影呪いは迷わなかった。

 ムーを確認すると、矢とような早さで飛びかかってきた。

「ムー!」

 叫ぶオレは、金平糖が落下するのを目撃した。

「はぅーーーー、でしゅ?」

 金平糖がテーブルにめり込んでいた。

 光が消えた金平糖は、白い金平糖で見るからにうまそうだった。

 潰された呪いが蛇のように巻き付いて、のたうってなければ。

「あ…」

 少女が筆をコロリと床に落とした。

 目の前の光景に驚いたようだ。

「はぅ、助かったしゅ…」

 胸をなで下ろしたムー。

 そのムーの前に置かれたテーブルは、ギシギシと嫌な音を出し始めた。

「まずい!」

 オレは気絶している爺さんとムーを左右に腕に抱えてこみ、後ろに飛んだ。

 金平糖はテーブルを破り、床に落ちるときとドンと音を立てた。

 そして、姿を消した。

「金平糖さん、重かっただしゅ」

 床にぽっかりと開いた金平糖形の穴。

 かなり深いようで、オレの位置からだ闇色しか見えない。

「呪いが…影呪いが…」

 少女が穴に駆け寄ったとたん、穴が崩れた。

「きゃあ…」

 遠のいていくと思った悲鳴は、すぐ近くで止まった。

 次に聞こえたのは、この状況の場合、最も言われるだろう台詞。

「助けて」

 暗殺組織の一員とはいえ、見捨てるわけにもいかないので、オレは荷物になる爺さんを床に寝かせた。

 そっと寝かせたつもりだったが、冷たい床は年寄りにはこたえたらしい。

「…どう…したんじゃ…」

 爺さんは目を覚ましてしまった。

「大丈夫か?」

「ここは…」

「床に穴が開いて…」

 オレの説明を始めたとたん、爺さんはガバッと身を起こした。

「<首なし烏>の少女は、どこじゃ!」

「あそこ」

 オレは穴を指した。

 説明をする前に、爺さんは飛び込んだ。

「きゃああーー!」

「ぐぎゃあ!!」

 少女と爺さんの悲鳴。

 しかたなく、オレはムーを右腕に抱えたまま、穴に足から飛び降りた。

 悲痛な叫びが、穴に響き渡った。

「いやぁーーーしゅ!」


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