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第4章 塔の中の影


 ペトリの爺さんとスウィンデルズの爺さんが、頭をつきあわせてヒソヒソと、これからのことを相談している。

 オレは腹も減ったので、飯の支度を始めた。水に漬けてふやかせた豆と干肉と野菜を少々、鍋に入れて煮るだけ。毎日3食同じメニューだ。

 スウィンデルズの爺さんが塔内にいるので、塔への攻撃は休止中。

 オレはのんびりとスプーンで鍋をかき混ぜながら、階段下にうずくまっているムーを横目で見た。

 床に座り込んで、ブツブツと何か言っている。

 ブツブツと…。

 オレは素早くスプーンを投げつけた。

 額に直撃。ムーは「ぎゅわっ!」と叫びながら、後ろにひっくりかえった。

「痛いっしゅ!」

 額をさすりながら起きあがったムーが、オレをにらんだ。

「ムー」

「痛かったしゅ!」

「今、召還していただろ」

「…し、してないしゅ」

 ムーの目が泳いでいる。

「塔がこれ以上壊れたら、オレ達は星空の下で寝ることになるんだ」

 ムーは床に大の字になると、両足をバタバタさせた。

「お豆のスープ、飽きたっしゅ、お肉焼いたの食べたいしゅ!甘いお菓子食べたいしゅ!」

「そこのを食えばいいだろ。うまいぞ」

 カエルを指した。イガゲラの実はたっぷり成っている。

「ボクしゃん、食べられないしゅ。ウィルしゃん、ひどいしゅ」

 うわぁーーんと泣き出した。

「どうした、ムー!」

 すっ飛んできたのがペトリの爺さん。

「美味しいもの、食べたいて言ったら、ウィルしゃんが、イガゲラの実を食えって……」

 爺さん、オレのことをジロリとにらんだ。眼に力があって、なかなかの迫力だ。

 オレのことを一睨みしたあと、ムーを優しく抱き起こした。

「これから、スウィンデルズ殿の屋敷に連絡を取るため、ラルレッツ王国の<言伝の塔>に行くことになったんじゃ。美味しそうなものがあったら貰ってくるからの、楽しみに待っておるんじゃぞ」

「また、出かけるしゅか?」

「すぐに戻る。いい子にしとるんじゃぞ」

 ムーがコクリとうなずくと、頭をなぜて外出用のカバンを取りに行った。古ぼけた革のカバンを肩に掛けると、

ムーに向かって「急いでかえってくるかの」と笑顔で言って

スウィンデルズの爺さんに「必ず伝えて貰うようにしますからのう」と真剣に言って、

オレには何も言わず、出ていった。

 ムーにイガゲラの実を食えといったことに腹を立てているらしい。

 塔での生活を円滑に進めるために、ペトリの爺さんの怒りにどのように鎮めようかと考えながら、鍋の前に戻った。

 豆にも野菜にも火が通って、そろそろ食べ時だ。

「飯ができたけど、食うか?」

「食べるしゅ」

 ムーが鍋のところまで、駆けてくる。

 スウィンデルズの爺さんは扉の前に立ったままだ。

「爺さん、どうしたんだ?」

「いま、扉をノックされたような気がするんじゃが…」

 来訪者の予定はない。

 爺さんがドアノブを握った。

「開けるな!」

 オレの叫びも間に合わず、ドアが開かれた。

 立っていたのは、影。

 真っ黒な人型の影が、ゆらゆらと立っている。

「閉めるんだ!」

 呆然としている爺さん。

 駆けだしたオレが扉にたどり着く前に、影は部屋に入ってきた。

 扉が、ゆっくりと閉まる。

「…しろ…しろい、かみ…」

 オレは爺さんを後ろにかばった。

 向こうが透けて見える黒い影には、実体はないようだ。

 殴れないものは、オレには対処できない。

 ムーの召還は、時間がかかる。。

 唯一、使えそうな奴の名を呼んだ。

「チェリー、こいつをなんとかしてくれ!」

 窓を見たが、入ってこない。

 無視されるのはいつものことだが、今は痛い。

「……じゅう、さい…こども…」

「とりゃぁ!」

 危険を覚悟して蹴ってみた。

 足はスカッと通り抜けただけだった。

 やはり、実体はない。

「いた……」

 影がオレに飛びかかってきた。両手を交差して防ぐ。だが、何の抵抗もなく、影はオレをすり抜けた。

「ぎゃぁーーーー!」

 絶叫したのはスウィンデルズの爺さん。

 影が蛇のように細くなって、爺さんの身体に巻き付いている。

「…むー…」

 黒い紐のような姿に実体化した影は、くぐもった声も鮮明になっていく。

「……むー、つかま…えた…」

 影のつぶやきが、オレの中で意味を取った。

 ムー、捕まえた。

「人違いだ。そいつはムーじゃない!」

「しろいかみ、10さい、おとこのこ」

「そこは合っているが、スウィンデルズという別の人なんだ。離してやってくれ」

「しろいかみ、10さい、おとこのこ」

「ムーは、本物のムーはあそこに」

 鍋のところを指した。

 ムーはいなかった。

 階段下で毛布がもごもごと動いている。隠れているようだ。

「本当に、本当に別人なんだ」

 影はオレの説得を聞いてはくれず、巻き付いた爺さんの中に姿を消した。

 ぐったりと床に座り込んだ爺さん。

 オレは屈みこんで、爺さんの様子をうかがった。

「大丈夫か?」

「…だめじゃ」

「痛いのか?」

「痛くはない。痛くはないが、もうダメじゃ」

「気弱なこというなよ。爺さんらしくもない」

「気弱にもなるわい。これは、影呪いじゃからのう」

「影呪い?」

「暗殺結社<首なし烏>が得意とする呪殺じゃ。かけられた者は24時間後に死ぬんじゃ」

 なんでこんなことになったんじゃと、涙を浮かべる爺さん。

「呪いを解く方法は?」

「噂でよいのなら、施術者が死ねば解けると聞いたことがあるがのう、信憑性なぞない話じゃ。噂が本当でも24時間以内に施術者を殺すことなど不可能でしかないからのう」

「影呪いは、遠い場所からかけられるのか?」

「かけるときには近くにいるはずじゃが、掛かった今は、もう、おらんじゃろう」

 はぁとため息をついて、爺さんはローブの袖をまくりあげた。黒い痣が蛇のように巻き付いている。

 この黒い痣が呪いを受けた者の証拠なのだろう。

 オレは階段下まで駆けていくと、毛布にくるまっているムーを引きずり出した。

「ひょえーー!」

 ドアに向かってかけながら、ムーの上着を引っ剥がした。上半身裸になったムーが、「寒いだしゅ」と、わめいた。

 オレは窓の外にいるはずのチェリー向かって怒鳴った。

「チェリー、ムーが大事なら攻撃を防げよ」

 塔から出たらアウトだが、塔からでなければOK。

 オレはドアを開けはなって、ムーがよく見えるように高く掲げた。

「<首なし烏>いるか!ムー・ペトリはこの通り無事だ。ターゲットを間違えたんだ。ラルレッツ王国のスウィンデルズ殿に掛かったぞ。どうしてくれるんだ!」

 もう、いないかもしれない。

 だが、もしいたとしたら、ターゲットを間違えたということで、何か動いてくれれば、それが、爺さんを助ける糸口になるかもしれない。

「標的が現れたぞ」

「いい加減、死にやがれ」

「外すなぁ」

 一斉に飛んでくる矢や槍や魔法弾。

「ペトリ殿だけは守れーー!」

 立ちはだかる様々な結界。

 すり抜けてきたものも、眼前で弾かれる。

 目には見えないが、チェリーが守ってくれているらしい。

 ムーが見えるように、ブラブラさせたあと扉を閉めた。

 すぐに停止する戦い。

 スウィンデルズ爺さんを間違って傷つけない為だろう。

「降ろすだしゅ」

 裸の上半身のムーが、足をバタバタさせた。

 本当の年は12歳だが、暗殺結社が呪いの対象が10歳だと教えたのは正しいと思う。出会って半年経つが、身長も中身も成長していない。

 ポイと投げ降ろすと、ゴキブリのような動きで素早く上着を取りに行って着込んだ。

「はぅ、風邪を引くところでしゅた」

「それより、何か言うことはないのか?」

 オレがビシッと指したのは、長いローブの中でしょんぼりしているスウィンデルズ爺さん。

「影呪いだしゅ。大変だしゅ」

「おまえの身代わりになったんだ」

 いつものように、適当なことを言ってはぐらかすと思ったのに、ムーは「困ったしゅ」と言って腕を組んだ。

 眉を寄せて真剣な表情をしている。

「影呪いを解く方法を読んだことないしゅ。影呪い、特殊だしゅ。このままだと爺が死んじゃうしゅ」

 いつも文句を言ってばかりいるが、やはりムーにとっては、血の繋がった大切な祖父なのだ、と、オレは少し感激した。

「爺、死ぬとラルレッツ王国が保有している魔導書が読めなくなるしゅ。薬品や材料も手にいれにくくなるしゅ。これは大変なことしゅ」

 オレの足の側にあるムーの尻を蹴飛ばした。ムーは尻を押さえて「ぎゃ!」と一声叫んだが、すぐに考えることに没頭した。

「影呪い……影呪い、解けないしゅ」

「術者を殺せば呪いが消えるという噂を爺さんが知っていたぞ」

「呪いは戻すが基本だしゅ。術者を殺すだけだと、呪いは一時的に外れても、また憑く可能性があるしゅ」

 唇をとがらせたムーは「しかたないしゅ」と、立ち上がった。

「順番にやるだしゅ」

「順番、って、何をやるんだよ」

「まず、爺の年を戻すしゅ」

 へっ?という間の抜けた声で疑問を投げたのは、俺と爺さんと同時だった。

 イガゲラの実の作用を消すことはできないとムー自身が言ったばかりだ。

「チェリー」

 ムーの呼び声に応えて、窓から粘液状のチェリーが入ってきた。

「爺から魔力を根こそぎ取るだしゅ」

 チェリーはボール状になるとポーンと跳ねて、爺さんの首の後ろに着地した。

「チェリースライム!」

 絶叫した爺さんが後ろに手をやったが、チェリーは器用に体をくねらせて触らせない。

「がっぽり、どぼっり、ずっぱり、やるだっしゅ」

 ムーの命に従ったチェリーが、爺さんの魔力を吸い出した。チェリーの色が濃赤色に変わり、小刻みに震えだしたときには、爺さんが年を取りだした。

 ムーが少年から青年へ、そして、大人へと短時間で成長していく。

 そして、見事、爺へ戻った。

 皺だらけの手を呆然と見つめる爺さん。

「これは…」

「チェリー魔力を吸う力、強いだしゅ。イガゲラの実より吸うのが早ければ、爺から魔力の供給がなくなるだしゅ。実の効力の維持にはチビッと魔力が必要だしゅから、魔力が完全になくなれば効力は消滅。爺、元に戻れただしゅ」

 わかる。わかるんだが、

「簡単すぎるだろ」

 オレの口から本音がこぼれ落ちていた。

 ムーそっくりになった爺さんが、実の効力が切る方法がないと絶望していたのはなんだったんだ?

 あきれているオレとは逆に、爺さんはひどく感動していた。目にキラキラの光を宿してつぶやいた。

「奇跡がおこったんじゃ…」

 そういうと、チェリースライムに飛びかかった。

「おとなしく捕まるんじゃぁーー!」

 追いかけ回す爺さんを、身軽なチェリーは軽々と逃げている。

 逃げ回っているチェリーが、ムーに何かを投げた。素早くオレがキャッチする。

「うあぁあー!」

 ムーがオレにしがみついてきたが、襟首を捕まえて階段下に放り投げた。

「ひどいだしゅ。ボクのだしゅ」

 キャッチしたものをオレは上着のポケットにしった。

 麦粒ほどの赤い石。

 ブラッディ・ストーン。

 ムーのものとは比較にならないほど小さいがムーには渡したら何に使われるか、考えることすら恐ろしい。

 チェリーを追いかけ回していた爺さんは疲れたらしく、ゼエゼエと荒い息をついている。

 オレはコップに水を汲んで渡した。

「…すまんが…あれを…つかまえて…」

「あれ、ムーが飼っているんだ」

 さらりと言ったオレの言葉に、爺さんは硬直した。

「飼っているというか、ここの住人。いや、スライムだから、住スライムかな。オレの言うことは聞かないけど、ムーとは仲がいいぜ」

 爺さん、真っ白になった。

「返すだしゅーー!」

 再びしがみついてきたムーを、爺さんに向かって転がす。

 我に返った爺さんが、ムーを捕まえた。

「あれをよこせ」

「ふん、だしゅ」

「お前には、まだ使いこなせぬ」

 ムーは、鼻でふふん、と笑うと、

「忘れてないだしゅか?

 爺は影呪いのせいで、24時間以内にさよならだしゅ」

 爺さん、再び、真っ白。

「しっかりしろよ、爺さん。ムーは順番にやると言ったんだ。次は呪いの解除だろ」

「そ、そうじゃった」

 オレはふんぞり返っているムーに

「呪いの解除を始めろよ」と促した。

「やりましゅけど、期待はしないでくだしゃい」

 爺さんは不安そうにムーを見た。

「何をやる気じゃ」

 ムーが爺さんに答える前に、コンコンと音が響いた。

 コンコン。

 ドアを誰かが叩いている。

 来訪者の予定はなく、ペトリの爺さんが帰ってくるには早すぎる。

「どなたですか?」

 オレの問いには答えず、扉がまたコンコンと叩かれた。

 開けるのは危険すぎる。

 ので、放置。

「ムー、何をするのか爺さんに説明しろよ」

「扉が叩かれているしゅ」

「無視」

 ムーはコップに指を突っ込むと、テーブルに水で絵を書き始めた。

 クネクネと曲がりくねった図を描く。

「呪いの基本図だしゅ」

 これに、と、さらにくねった図を重ねる。

「ボクしゃんが考える影呪いの構造図だしゅ」

 ガキの落書きみたいだが、爺さんが「ふむふむ」と言っているところをみると、真面目な図なのかもしれない。

「つまり、こことここの接点を切ると呪いは返るはずでしゅが…」

「それは無理じゃな」

「そうなんだしゅ。去年の魔術月報に失敗したと載っていたしゅ」

 コンコン。

「わしとしては、ここの接点を切ればよいと思うておったんだじゃが、ここもダメだったみたいじゃ」

 コンコン。

「なあ、接点を切ればいいんだったら、片っ端から切ればいいんじゃないか?」

「そうしたいんじゃが、3つ以上の接点を切ると術を掛けられた者が死ぬ確率が高くなるんじゃ」

 ムーが肩をすくめて、フッと笑った。

「ウィルしゃんには、困ったもんだしゅ」

 コンコン。

「ムー、どうしてこんな事態になったのか、忘れていないか?」

「ええとでしゅね、接点切りで残された可能性はこことここでしゅが」

「切ったら死にそうじゃな」

「はいでしゅ」

 コンコン。

「で、どういう風に呪いを外すんだ」

「でしゅから、こことここを」

「そこを切ったら、爺さん死ぬんだろ?」

「でしゅから、期待しないでとボクしゃん言ったはずでしゅ」

 コンコン。

「ムー」

「はいでしゅ」

 オレはムーの襟首をガシッとつかんだ。

 ムーの目がオレの目と同じ高さになるまでつり上げる。

「もっと、まともな案を出せ」

「そういわれましゅても」

 けけけっと笑ったムーを思わず、放り出した。床に転がるはずのムーは、ポーンと宙に跳ね返った。おそらく、チェリーがクッションになったのだろう。

 そして、跳ね上がったムーは、扉に激突した。

「ムー!」

 扉に沿うようにズルズルと床に落ちる。

「大丈夫か!」

 駆け寄ろうとしたとき、扉がギシリと動いた。

 立ち止まったオレの前で、ゆるゆると扉が開いていく。

 薄闇の空を背景に、ぼんやりと浮かび上がる影。

「失礼いたします」

 長い布を頭からかぶった人影が、深々と下げた。

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