第2章 塔への訪問者その1
爺さんがドアにつくとほぼ同時にコンコンとたたく音がした。
「どなたですかいのう」と、爺さんが聞いた。
「ムー・ペトリ殿と面会のお約束をしていたラルレッツの者です。この扉を開けていただきたい」
ラルレッツを名乗っている場合は、刺客の可能性は低い。国の名をかたった者を許すほどラルレッツは甘くない。
爺さんが扉を開けると、装飾過剰な鎧を着用した騎士を先頭にぞろぞろと6人も入ってきた。騎士2名、魔術師4名。
オレはお茶を入れるのを諦めて、ムーの側に戻った。
この塔にあるカップは3個。ムーが塔の上部を吹っ飛ばしたときに、備品のほとんどが空に消えた。爺さんが近くの村まで出かけて食料だけは確保してくれるが、他のものまでは手が回らない。
古ぼけたテーブルに椅子が2脚、鉄瓶、鍋、カップが3個。ナイフが1本。毛布が3枚に着替えが1組。囚人の生活環境としては良いのか悪いのかわからないが、これがオレ達の置かれた現状だ。
「初めまして、ムー・ペトリです」
椅子から立ち上がってムーが、挨拶をした。応えるように魔術師の1人が進み出て、挨拶を返した。
「ラルレッツ王国で王室付きの魔術師をしておりますフデァロ・エティスといいます。ペトリ殿に召喚術についてご教授願いたくお訪ねいたしました」
ひげを生やしているので年齢がわかりにくいが、30歳半ばくらいに見える。上質な青い布地のローブには、水色で流れるような文様が刺繍されていた。
青は水系の魔術師を表すので、水系で召喚魔術も使える魔術師。と、オレは解釈したが、魔術師のローブには複雑なルールがあるらしいので正しいかはわからない。
「後ろにおります3人は私の生徒です。ぜひ、ペトリ殿の教えを受けたいと一緒に参った次第です」
14、5歳の少女は白いローブ。20歳くらいの青年は赤いローブ。同じく20歳前後の青年は白いと緑のストライプのローブ。
「遠いところをようこそをいらっしゃいました」
笑顔で言うムー。
「しかし、困りました。せっかく、来ていただいたのですが、私が教えてさしあげられることはないようです」
笑顔を崩さず、きっぱりと拒絶する態度は12歳とは思えないほど大人びている。
「ペトリ殿のように才能に溢れる方からごらんになれば、才能無き者に貴重な研究を教えたくはないという気持ちは理解できます。しかし、魔術の研究は研究室の中だけでは、陽の目を見ることもなくいつかは忘れ去られます。誰かに伝えてこそ、研究は発展していき社会の利益ともなりましょう」
ムーはすでに魔術師の熱弁に飽きたらしく、話を割るように聞き返した。
「教えられるかはわかりませんが、知りたい内容を一応お聞きしておきます」
「女神召喚」
即答。
「それならば、私が教える必要はありません。ラルレッツ王国の地下書庫に召喚陣が記載されたスクロールがあるはずです」
「知りたいのは魔法陣ではなく、どのようにして呼ばれたのか。正しく言えば」
魔術師の目が鋭くなった。
「莫大な魔力をどのようにして生み出されたのをお聞きしたい」
たぶん、魔術師は本題に切り込んだと意気込んでいるのだろうが、この質問はこの塔に訪ねてくる人のほぼ全員がする。だから、ムーの答えも聞く前にわかっている。
「つまり、お知りになりたいのは、赤い石の出所というわけですね」
「話が早くて助かります」
ムーが小さくアクビをした。
完全に飽きている。
「答えられません。お引き取りください」
騎士のひとりが剣を抜いた。
「私を切るつもりですか?」
「脅してでありません。赤い石の情報を他国に渡すわけにはいかないのです。どうか、素直に教えていただきたい」
ふわぁーと、アクビをしたムー。
付き合う気をなくしたらしい。
「あのでしゅね」
いきなりの幼児語に、たじろぐ魔術師御一行。
ムーについて詳しい情報を得ずに、この塔に訪ねてきたらしい。
「教えたら、バッサリとわかっていて、教えると思いましゅか?」
「殺したりしない」
焦ったように早口で答えた魔術師。
殺す気だったようだ。
「もう、あきたっしゅ。帰るっしゅ」
手先をピッピッとやって、ムーは外に追いやる仕草をした。
反応したのは抜き身の剣を持つ騎士。
「我らを愚弄するか!」
振りあげた剣に「お待ちなさい!」と甲高い声で制止が入った。
「お下がりなさい」
進み出てきたのは白いローブの少女。
少女の声の従って、騎士は剣を納めひざまづき、ヒゲの魔術師は一礼をして後ろに下がった。
「改めて自己紹介をさせていただきます。私の名はレファーヌ・デ・ラルレッツ。ラルレッツ王国第2王女です」
よく見れば、真っ白いローブは防御魔法独特の光沢がある。
王室付きの魔術師の生徒なんだから王女の可能性ありというか、王女で当然。そうすると、後ろの2人も王子様かと目をやると、2人はオレの考えがわかったらしく首を横に振った。違うらしい。
「ペトリ殿。無理を承知でお願いいたします。どうか、赤い石の情報を教えてはいただけませんでしょうか?」
「いやでしゅ」
「私利私欲でお願いしているのではありません。国の存亡がかかっているです。お願いいたします」
ムーは両手を伸ばして、テーブルに突っ伏した。
「グゥー、しゅ」
堂々と寝たふりをするムーに、王女は一瞬目を見開いたが、すぐに立ち直った。
「私の父、ラルレッツ国王は現在、重篤な病に冒されています」
ムーが薄目を開けた。
「国を継ぐはずの弟は、まだ5歳です。叔父が王座を欲しているのは周知のところ。このままでは血が流れることになりましょう。どうか、お願いです。お力をお貸しください」
ムーがむっくりと起きた。
「もし、でしゅ。もし、赤い石がブラッディ・ストーンだったら、どうしましゅ?」
「父の病を治します」
「ブラッディ・ストーンは魔力の結晶でしゅ。病気は治せましぇん」
「賢者の石を作ります」
「石を作って、どうしましゅか?病気、治すだけでしゅか?王様、不老不死なりたい言ったら、どうしましゅか?」
「それは…」
一瞬言いよどんだ後「…病気を治すだけです」と小声で答えた。
ムーは、またバッタリとテーブルに突っ伏した。
「…ぼくしゃん、グーでしゅ」
答えが気に入らない。
さっさと帰れ。
を、全身で表現している。
「おのれ、姫様がこれほど頼んでいらっしゃるのに」
再び抜かれた剣。
初めてこういう事態に遭遇したとき、オレはペトリの爺さんが対処すると思っていた。
だが、爺さんは動かなかった。
最初は獅子は我が子を谷底につき落とすように、ムーを鍛える為かと思った。だが、今では、巻き込まれたくないだけということをオレは知っている。
しかたなく、いつものように、オレが動いた。
「あのさ、2つだけ、言わせてくれないか」
剣先がオレを向く。
「王様の病気が本当かは知らないけれど、本当ならば賢者の石以外で治す方法を見つけたほうがいい。不老不死になったら、もう人じゃない。そいつは化け物だ」
王女が何か言いかけたが、オレは無視して話を続けた。
「なあ、この塔の中にすんなり入れたことを不思議に思わなかったのか?」
ラルレッツ王国御一行の頭の上に?が浮かぶ。
「この塔を来るヤツは、ムーやオレの殺害か、赤い石の情報の取得か、どちらかなんだ。
赤い石の情報が目的のヤツも、手に入れたら他に渡らないように、ムーを殺そうと思っているわけだから、訪ねてくるヤツはほぼ全員ムーの命を奪おうとしている。それがわかっていて、なぜ、塔の中に入れたと思う?」
オレなりの優しさ。
ここで気づいてくれれば、被害は少なくてすむ。
彼らにも。
もちろん、オレにも。
最初に自己紹介をしたヒゲの魔術師。フデァロ・エティスはオレの言わんとするところに気づいたらしい。
青ざめた顔で、素早くテーブルに突っ伏しているムーに頭を下げた。
「これは失礼しました。すぐに出ていきますので、ご無礼をお許しください」
「なにを言っているのです、エティス。赤い石の情報を手に入れるのは、ラルレッツ王国にとって必要なことで」
いけ高々に言う王女。
「ひ、姫様、彼はムー・ペトリなのです」
「それがどうしたというのです」
ヒゲの魔術師がすがるような目でオレを見た。
「あのさ、幼児体型で、幼児語を話して、行動も幼児レベルだから、オレもいつも忘れているんだけど」
突っ伏しているムーを指した。
「百年に一人の逸材らしいんだ、このチビは」
王女は忠告を聞く耳を持たなかった。一歩下がると騎士に命じた。
「赤い石の情報を吐かせなさい。吐かないようなら殺しなさい」
「はっ!」
騎士は前に出ようとして、止まった。
ムーがガバッと起きあがって、けけけっと笑った。
「お仕置きだしゅ!」
極細の黄色いヒモが、騎士だけでなくラルレッツの人々の足に絡みついている。
「な、なんなのだ!」
「ひぃー!」
黄色いヒモはスルスルと伸びて、網の目状に広がり、全身を絡めとっていく。
「なんだ、これ」
オレの問いにムーが楽しそうに
「へへへっ、昨日作った魔法生物でしゅ。人や動物を捕まえて、電気で痺れさせましゅ。ジィーーンでしゅ。殺したりしないでしゅから、安心してくだしゃい」
昨日作ったということは、使うのは今日が初めてだということで。
「本当に大丈夫なのか?」
ヒゲの魔術師は、白目をむいて痙攣している。
「…偉大な実験に犠牲はつきものでしゅ」
訪ねてきた人々を塔に入れるのは、ムーの研究の実験台にするためだ。訪ねてくる人が減らないのは、実験台にされた人々が口を閉ざしているからだろう。
塔に入れることに多少の良心の呵責は感じるが、オレ達の命を奪いに来た者を、命のある状態で帰すのだから実験台なってもらうくらいはいいと、思うことにしている。
「この!」
怒りの声を上げたのは、王女様。
防御魔法の効いたローブのおかげで、無事らしい。網に絡まれながらも魔法を唱え始めた。
無駄だと思ったが、オレは忠告をした。
「やめたほうがいい」
無視して魔法を唱え続ける王女に、抗戦の意志ありと見たムーが、豆でテーブルに陣を書きながら呪文を口にした。
「白き風を止まれ
銀の粉よ散れ
聖なる光に嘆きを滴を」
唱え終わった瞬間、王女のローブは霧散した。
ローブの防御魔法に、何かしたらしい。
「きゃあーーー!」
王女の絶叫が響きわたり、オレと爺さんはいそいそと背を向けた。