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第1章 塔での日常


 山奥の塔に幽閉されるという言われたら、どのようなイメージを持つだろう。

 オレは鳥の声を聞き、山を眺め、狭い部屋でできる格闘術の訓練でもして、毎日同じことの繰り返し、単調で刺激のない日々、そんなことを思い描いていた。



「うわぁーーー!」

 窓から、飛び込んできたのは拳ほどの火の玉。

 オレは急いで、桶に汲んであった水をかけた。

 次に飛び込んできたのが、投擲用の大槍。壁の一部を壊して床に転がった。

「デカイ物はやめろ、塔が壊れるだろ!」

 外に向かって、オレは怒鳴った。

 返事の代わりに戻ってきたのは、数本の矢が混じった鋭い風。

 続いて吹き込んできたのは、無数の小石。

 オレは素早くテーブルの下に潜り込んだ。

 先客のムーが豆のスープを飲んでいた。

「食事くらい、ゆっくりさせて欲しいでしゅ」

「まったくじゃ。ほれ、お前さんの分だ」

 爺さんに差し出されたカップには、熱いスープが満たされていた。

「ありがとよ、爺さん」

 爺さんと言ってもオレの爺さんじゃない。ムーの爺さん。それも、実の祖父、ケロヴォス・スウィンデルズではなくて、ムーの育ての爺さん、デービッド・ペトリだ。

「それにしても、今日はずいぶんと派手じゃなあ」

 オレンジほどの氷がゴロゴロと転がってきた。氷の中には棘のついた鉄球が閉じこめられている。

「爺さん、ラルレッツの使者が来るのはいつだっけ?」

「そういえば、今日じゃったかの」

「それでかなあ」

「そうかも、しれんのう」

 女神召喚という禁忌を犯したムー。

 誰もが行える禁忌であれば問題なかったのだが、賢者でも不可能とされる大魔法。ムーの存在を脅威と考えた国々はムーに刺客を送ってきた。

 そのまま事態が進行していたら、ムーは殺されていたのだろうが、ルブクス魔法協会がムー殺害の阻止に入ったのだ。

 問題児でも魔術師としては超一流。死なせるわけにはいかないと、護衛の魔術師を塔の周りに配置した。

 こうして、オレとムーと爺さんの3人が住むこの小さな塔の周りでは、毎日刺客と魔術師の戦闘が行われている。

「昼頃に着くと連絡してきたからのう、あと1時間ほどかのう」

 爺さんがテーブルの下から、窓の向こうを見ている。

 オレとムーは囚人で、この塔から一歩も出られない。看守を引き受けた爺さんは、オレ達を監視だけでなく世話をする仕事に就いている。

 囚人の祖父が監視役につくことになったのは、オレ達の監視の引き受け手がいなかったからだ。高額の手当を提示したらしいが、歴戦の勇士ですら尻込みをしたらしい。

 エンドリア王国はしかたなく、ペトリ一族に監視役を出すように命じ、来たのがムーの爺さん、デービッド・ペトリだった。

「そろそろお湯でも沸かすかの」

 水差しを持つと、テーブルの端から顔を出す。

「わしが水を汲みに行くぞ!それから、お茶を沸かすぞ」

 爺さんの声が響くと、ピタリと戦闘がやんだ。

 外にいる刺客と魔術師は、民間人は殺さない主義らしい。巻き込まれて死んだり怪我をしたりするのはしかたないが、爺さんだけが危険にさらされるようなときは、声を掛ければ一時休戦にしてくれる。

「よっこらしょ」と、掛け声を駆けて立ち上がった爺さんは、塔の片隅ある井戸に行き、つるべを落とした。 カラカラと音を立てながら桶が落ちていく。

 その音を聞きつけた外から、声がかかった。

「爺さん、オレ達も30分ほど休憩する。その間に、終えてくれ」

「わかったぞ」

 安全が確保されたところで、オレはテーブルからはいだした。

「桶はオレが引き上げるよ」

「では、わしは火をおこそう」

 水でいっぱいになった桶を、ゆっくりと引き上げる。

 オレに続いて出てきたムーは、小さな声で言った。

「チェリー、休憩でしゅ」

 声が終わるか、終わらないかのうちに、窓から薄い膜のようになった粘液状のものが入り込み。室内で寄せ集まってチェリースライムになった。

 ポンと飛び上がって、ムーの膝に乗る。

「お帰りでしゅ」

 よしよしと、なぜている。

「どう考えても、オレには納得できない」

「ウィルしゃんの頭が固いだけでしゅ」

 オレは反論しかけて、やめた。

 誰だっておかしいと思うはずだ。目も口も脳も内臓器官もない透き通ったピンクのスライムに、知性があるとしたら。

 ところが、ムーが『チェリー』と名付けたこのスライムは、明らかに高度な知性をもっていた。ムーと言語によるコミュニケーションが可能であるだけでなく、ムーの置かれた現状すらも理解している。

「怪我しましぇんでしたか?」

 身体をフニャリと曲げて、大丈夫であると返事をする。

「よかったでしゅ」

 ムーの笑顔に、プルプル震えている。

 このチェリー、ムーに懐いている。爺さんの言うことは、半分くらい聞く。オレの言うことは、まったく聞かない。

 とはいえ、このチェリーがいなければ、オレ達はとっくに死んでいた。

「ウィル。火が起きたぞ」

「ほいよ、爺さん」

 水を入れた鉄瓶を渡すと、ヒョイと火にかける。

「あとは茶葉の用意をしてと」

「あ、オレがとるよ」

 オレ達が住むこの塔は、築100年以上の石造りの塔だった。地上10メートルを越す高い塔の表面は、濃い緑の苔に覆われ地元の人々からは【深緑の塔】という呼び名で親しまれていた。

 過去形なのは、現在は地上1階、塔というより石造りの小屋。空の伸びていた部分は、オレ達が到着した日、ムーが召喚した異次元獣の業火で灰となった。

「なあ、爺さん。ラルレッツの使者は何で来るんだ?」

「王国からの書簡には召喚魔術を教えて欲しいらしいと書いてあったがのう。本当のところは、来てみんことにはわからんのう」

「この間のシェフォビス共和国の使者は、ムーの処刑をムーからエンドリアに働きかけさせようとしたよな」

「恐いんじゃろ。強大な権力、莫大な財、持てば持つほど、人は臆病になるのもんじゃ」

「爺さんは恐くないのか?エンドリアでは金持ちなんだろ?」

「金は使うもの、人は死ぬもんじゃ」

 カカカッと大口で笑う爺さん。

 これくらいの度量がないと、ムーは育てられないだろうな、うん。

「おーい、爺さん。そろそろ、おっぱじめるぞ」

「わかったぞ」

 オレとムーと爺さんは、テーブルの下。

 チェリーは、紙より薄くなって、窓の外に出て行く。 毎日戦闘が繰り広げられる舞台となっている塔が、損傷もなく無事に建っているのはチェリーのおかげだ。チェリーが極薄の膜となって、この建物全体を覆っている。剣も魔法も効かないチェリーは、それだけで最上級の結界になる。

 刺客がどんなに頑張っても、塔の外壁には剣も魔法も効かない。必然的に狙うのは、換気の為に唯一空いている窓。

 前置きもなく、飛び込んできた大槍が壁に突き刺さる。

「だから、デカイ物はやめろよ。塔が壊れると言っているだろ!」

「よう、その声はウィルだな。お前、塔よりも自分のことを気にしなくていいのかよ」

 だみ声に続いて、ゲラゲラと数人の笑い声が響く。大槍を投げ込んだ傭兵とその仲間だろう。

「魔法協会の連中が守っているのは、チビの魔術師様だけだぞ。お前はオレ達だけでなく、魔法協会からも狙われているんだぜ」

「さっさと、あきらめちまえ」

 オレは床に転がっていた鉄球を拾うと、声の方向をめがけて投げた。

「あぶねー!」

「わざとだろ」

「やっちまえ!」

 怒りの声と共に10を越える弓鳴りの音がして、「とめろぉー」という制止の声が入り交じって、折れたり、砕けた矢の残骸が上空に舞い上がっていくのが窓から見えた。

「また、派手だのう」

 爺さんが窓の外と鉄瓶との間を往復しながら、のんきに言う。

 傭兵達の言うとおり、オレはムーの殺害を請け負った奴らだけでなく、魔術協会からも狙われている。ムーが危険人物なのはオレとは関係ないはずだが、ムーが問題を起こし始めたのが、オレと出会ってからだというのがその理由だ。

 オレと出会った後も、オレがいない時は問題が起きないのに、オレと一緒に行動するとトラブルを起こす、だから、この世から消えてくれというのが、魔術協会の言い分だ。

 1年前のオレなら、近隣諸国の偉い人や魔術協会に狙われていると知ったら、きっと落ち込んでいた。

 1年前なら、だ。

「あ、書くなといっただろう!」

 乾燥豆で魔法陣を書いていたムーから、豆をとりあげた。

「ち、あと少しでしゅたのに」

 魔法陣を書かないように蝋石は取り上げたのだが、オレや爺さんの目を盗んで代用品で書こうとする。

 蛇がのたうっているような見るからに怪しげな魔法陣。

「何を召喚する気だったんだ」

「えへん、楽しいものでしゅ」

「早く答えろ」

「大きな木でしゅ。ワハッワハッと笑って…」

 オレの肘打ちがムーの後頭部に炸裂して、床に顔からめり込んだムーが魔法陣を破壊する。

 数秒後に何が起こるかわからない状況で、人の思惑まで気にしていられるか。

 外の喧噪がピタリとやむ。

「おや、ラルレッツの使者殿が来られたかな」と、爺さん。

 オレたち3人はテーブルからはいだして、ムーは椅子に座り、爺さんはドアに向かい、オレはお茶の準備の為に暖炉に向かった。


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