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旧約 ヨブ 1:21  作者: 享庵
第一編
26/29

26、Ffosawd Ynghyd


 「グウィン隊長、見つけました」


 斥候の得意な騎士が(やぶ)をかき分けて出てきた。

 グウィンは切れ長の目をいつになく鋭くさせて森の向こうを睨む。


 「様子は?」


 ウーナを除く騎士団は、清浄派のアジトを小さな森を挟んで待機していた。


 「かなり大きな教会で見張りが入り口に二人だけ」


 グウィンとガルバーンが頷きあう。


 「全隊進め! 教会を包囲せよ!」


 おう!!!

 威勢のいい掛け声と共に百近い騎士達が静かに行進を始めた。




 清浄派の教会はポウィスの国内の中でも辺鄙(へんぴ)な土地に建てられていた。

 彼らの象徴なのか、角に小さい丸のついた奇妙な十字架が、デカデカと教会の正面に飾られている。

 森に囲まれ砦ほどの規模の大きな教会にもかかわらず、不気味なほどにひっそりとしている。

 騎士団は清浄派アジトの教会を森の中から半円状に囲んだ。中央には包囲のための要員の他に突撃部隊が整列している。

 総員が配置について、掛かれ、と号令をかけようとした時、グウィンは見張り役の二人が入口前にいないことに気づいた。

 そして入口の大きな門から巨大な黒犬がぞろぞろと沢山出てきた。

 狼と見紛うほどの獰猛な頭の形に、はあはあと(あぎと)を開いて(よだれ)を垂らしている。

 次いで、まだ日の高い真昼間だというのに、松明を持ったお馴染みの奇怪な服装の団員が出てきた。誰もがのっぺりとした無表情だ。

 犬達を(けしか)けようというのか。

 グウィンが懐疑心をいだいていると、団員の人垣が割れて銀蘭織(ぎんらんお)りの布を巻いた教団内部で高い地位にあると思われる者が姿を現した。


 「やあ。やあ。ようこそ。おいでくださいました騎士団の皆様。カムリの皆様には是非。我々がおもてなしさせていただこうと。まあ。そう思っている所なのです」


 彼が片手を挙げると松明を持つ者達が口々に詠唱を唱えだした。


 「構えろ!」


 グウィンが警戒を呼びかけ、騎士団の空気が緊張を帯びる。


 「ではでは。お楽しみください。ささやかですが我々からの贈り物です」


 男が上げていた片手を下げた。

 瞬間、他の教団員の魔法が炸裂した。

 詠唱していた教団員達は松明に思いっきり息を吹きかけ、まばゆい光を発する極大の火玉を生み出した。

 しかし、炎に備えていても一向に教団員達の前面に浮かんだままだ。

 犬達が狂ったように吠え出して、教会の門前から包囲する騎士団に向けて走り出した。


 「アレは……犬に触るな! 触れてはならない!」


 犬達の様子に気づいたグウィンが全隊に注意を飛ばす。

 そして、ガルバーンも犬達の状態をようやく気づいた。


 「腐ってやがる。犬は禁術に犯されてるぞ! 直接触れるな!」


 そう。

 犬達は黒い毛で隠されているが、肌の爛れた禁呪持ちだった。


 「森で迎えうて! 寄り合って犬に囲まれるな!」


 グウィンが危機感を(つの)らせながら叫ぶ。

 グウィンは教団員達が遁走(とんそう)すると思い込んでいた。信者がどれだけいるかは知らないが、百近い騎士を相手するとは思わなかったのだ。

 ハイレーンズでは混乱を引き起こして、信者の暴動を隠れ蓑に幹部が逃げ出した。

 今回も相手の手はその程度だろうと見積もっていたのだ。わざわざ半円にして退路を開けてやったのもそのため。逃げ惑う教団員を背中から斬って殲滅する狙いだ。

 しかし、教団員は教会から出て来ない。

 ここで騎士団を迎え撃つつもりなのだ。

 犬がいなくなったら次は信者が禁呪を受けて、騎士団に突っ込んでくるのだろうか?


 「槍がある者は槍を持て! 炎の魔術の使える者は下がって、詠唱を始めろ!」


 ガルバーンも必死で命令を飛ばしている。

 全身が(しな)るような獣の動きを全神経を集中して見極める。

 首を飛ばすはずの一撃は、犬の耳を飛ばすだけで終わった。

 魂が削られていては魔力は思うように使えないと思ったのだが、犬達はうっすらと魔力の光を発していた。犬達はまだ禁呪を受けて間もないのかもしれない。

 騎士団の面々も森を(さが)りながら犬達に剣を振るっている。

 どれだけ離れていれば禁呪にかからないのかは不明だ。

 それは相手の間合いがわからないのと同じ。

 苦戦を免れ得ないだろう。


 グウィンは歯噛みしながら教会を睨んだ。

 あそこにウーナが囚われている。

 まさか犬達の次はウーナが禁忌術式に犯されて出てくるのでは……。

 最悪の妄想を振り払いながら二匹目の犬を切り飛ばした。




       **********




 ガチャン。

 ウーナは暗くじめじめした石の床から視線を上げた。

 獄の入り口である鉄の扉が開かれ、太った男が入ってきていた。黒地の修道服似の服の上に金蘭の入った布をギリシア風に巻きつけている。

 身につける金色から見て、教団幹部の人間かもしれない。

 二人の僧兵も連れている。彼らは槍ほどの長さの棍棒を持つ以外は他の団員と変わりない格好だ。入り口の両脇を固めて待機に入った。


 「ご機嫌麗しゅう? 光の乙女。わたくし、フローダと申します。以後お見知り置きを」


 太った幹部男はウーナにそう名乗った。

 ウーナは牢獄につながれていた。壁に鎖で手首を、床に鉄輪で直接足首を繋がれている状態だ。いやらしいことに高さが調節されているのか、ウーナは両手を吊られながら膝立ちの状態でいるしかなかった。

 ウーナを拘束する腕と足首の鉄輪はウーナの魔力を常に吸い取っている。特殊な手錠なのだろう。魔力を腕に通せないおかげで、さしものウーナでも輪からは抜け出せない。


 「ここから解放しなさい。さもなくば、許しませんよ」


 ウーナが太った男を睨む。

 男はウーナの前に片膝をついた幹部男は、ン~フフと気持ち悪い笑いを浮かべながらウーナの顎を持ち上げて顔を押し上げた。


 「誰が許さないというのです? 鎖に繋がれて手も足も出ないあなたですか? それとも神ですか?」


 ンフッフ。

 語尾がつり上がるような喋り方に、ウーナは生理的に受け付けられないものを感じた。

 ウーナは黙っていることしかできない。

 しかし、今は時間を稼ぐことが大切だ。

 ここは大きな教会の中だった。おそらく教団本部だろう。

 ならばすぐに騎士団が到着してもおかしくない。


 「あなた達はキリスト教ではない。キリストを語る邪教。私を離しなさい!」


 男はウーナの顔を眺めながらニヤニヤして言った。


 「ンフフ。私たちは立派なキリスト教ですとも。信仰の形は人それぞれですよ、光の乙女」

 「先ほどから、何なのです? 私は光の乙女とやらではありません。気持ち悪い言葉で私に話しかけないでください!」

 「いいや? あなたこそ我らが救世主! 我らを救い導く『光の乙女』となるのです!」


 太った体でバッと素早く立ち上がって、バンザイするように両手を天へ掲げた。


 「気持ち悪い。意味がわかりません」


 ウーナは唾棄するように言った。


 「光の乙女(あなた)(きた)る大艱難から我々清浄派信徒を救うのですよ! そして我々を天に導く存在」


 ウーナは呆れた。

 まさかそんな世迷いごとがこの教団の教えなのだろうか? キチガイというのは全く理解できない。

 しかし、こいつらの教えなどどうでもいいことだ。大切なのは会話をつないで時間を稼ぐこと。

 胸の奥の焦りを隠しながら質問することにした。


 「なぜ私がその『光の乙女』なのです?」

 「あなたは汚れを払われた。グウィネッズの東端の村で蔓延(はびこ)る病を光の剣で払われたでわありませんか。お忘れですか?」


 フローダは目をまん丸にして驚いた顔を作った。


 「貴様らが撒いた禁忌の術だろう!」


 ウーナは瞬間的に怒気が脳天をついて咆哮した。


 「ンフッ! なぁんのことだか。あの村の連中は汚れた、ボコボコで穴だらけの魂そのものの見た目になって死んだと聞いております。おそらく魂の状態を体に表す病なのでしょう。ああ、魂が汚いとああなるかと思うとーー」

 「黙れッ! その汚らわしい口を閉じろ、下衆がッ!」


 繋がれた鎖を引きちぎらんばかりの剣幕で怒声を張り上げた。ただそんな強烈な感情にも反して鎖も魔力を吸う鉄輪も微塵(みじん)も歪むことはない。


 「ンアッハッハ! 光の乙女たるものそのような口汚い言葉を使われてはなりませんぞ?」

 「私はそんなものじゃない!」


 ウーナは怒りで我を忘れていたことに気づいた。

 しかし、怒気を収めようしてもフーフーと呼気は荒げたままだ。

 ンフフ。

 フローダはガマのような唇を三日月型に釣り上げてネチョネチョした粘着質の笑みを浮かべた。


 「それにしても、お美しい」


 ウーナの髪を一房掴んでさわさわと撫でる。

 ウーナは首を振ってそれを逃れた。

 フローダは気にした様子もなく、次はウーナの首筋に触れた。 

 虫のような嫌悪感が身体中を這い回る。


 「私に汚らわしい手で触るな!」

 「我が教団ではね、生殖が悪とされるのですよ。だって気持ち悪いでしょう? 人が人を作るなんて」

 「お前の方が気持ち悪い!」

 「でもね、生殖に結びつかない性交は推奨されているのですよ。ンフ」


 ウーナは顔を歪めた。

 やはり下衆が考えることは下衆なこと。


 「光の乙女。いつか我々信徒を天に導く前に、あなた()天の心地を教えてもらいたい」


 フローダは右手で自らの股間をさすり始めた。

 そして、左手でウーナの首筋や肩を撫で、鎧の隙間の脇から胸元に手を入れようとしている。


 「止めろ! 触るな! 触るなぁ!」


 ウーナは悲鳴に近い叫びを上げた。

 心臓が強烈な不快を主張しながらバクバクと暴れている。

 ンフフフ、ハッハハッハ!

 フローダの笑いが甲高いものに変わり、突然手を止め立ち上がった。

 ウーナの背中に手を回し、鎧を外すと脇に乱暴に投げ捨てた。

 ガシャンと大きな音を立てながら金属が背筋を寒くする嫌な音を奏でる。

 もう待ちきれない様子でウーナの胸元に両手をかけると、思いっきりシャツを裂いた。

 ウーナの胸元が露わになるとさらに興奮したのか、荒い息を立てながらウーナの胸に手を伸ばそうとした。



 「ふふふ、あははははははははははは!!」



 その時少女が突然笑い声を上げた。

 フローダは少女の気が狂ったのかと、ギョッとして手を止めた。

 少女の宝石のようなスカイブルーの目は床を見ているが、焦点が合ってないようにも見える。


 「いえ、本当に残念でならなくて」


 少女が俯いたまま言葉を吐いた。

 その声色は気の違った人間のものではなく、はっきりとした意識(りせい)をフローダは感じた。


 「何が、残念なのかね?」


 フローダは慎重に訊く。

 まさか騎士団に門を抜かれたのだろうか。

 いや、それならば相当な轟音とともに教会の壁や柱が破られるはずだ。

 そして内側では禁術を持った信者が襲う手はずだ。

 耳を澄ませてもそんな気配はない。まだ騎士達は外で犬畜生の相手をしている時間。


 「私がこの手で貴様に裁きの剣を振るえないことが、です」


 そこで勘違いしたフローダは内心安堵しながら気を大きくした。


 「そうだなぁ! お前も他の騎士も私を裁けない! わたしを裁けるのはーー」


 その時フローダが感じた悪寒はまったく偶然のものだった。

 彼はふと会話を止めて後ろを振り返った。

 鉄の戸口が開かれており、その先の光射さない闇に何かが浮かんでいる。



 ゾッとするほど禍々しい緑色の火の玉。



 否、それは左目。

 戸口の闇の中に黒装束の仮面が立っていた。


 「お、おい! 見張り! 後ろーー」


 ドチャ。

 フローダは見張りに侵入者の存在を示すために上げかけた人差し指を固まらせた。

 見張りについていた二人の首がするりと首からずれたかと思うと、地面に落ちて血を散らせたのだ。

 ドサドサと首を追うように僧兵の体も倒れる。


 「でも、あなたにはぴったりかもしれませんね。私が直接手を下すより」


 仮面の袖口から緑色に鈍く光る鋼糸(こうし)がスルスルと出たかと思うと、一人でに意思を持ったように動いた。くるくるとフローダの周りを回り、腕ごと体を縛り上げる。


 「死神に魂を刈られる方がお似合いです」


 その緑の殺意を帯びた鋼糸はじわじわとフローダを締め上げ始めた。蜘蛛の巣に落ちたイモムシのように鋼糸と鋼糸の間で肉が盛り上がっている。


 「ウグぅぅぁ、ハッ……ハ……」


 どっぷりと贅肉が詰まっているぶよぶよの腹から、空気を搾り取るように息が漏れた。

 息ができずにガマのような口をパクパクさせて空気を仰ごうとする。

 そこに異形の目をした仮面はさらに鋼糸を締め付けた。

 ボドボト、ビチャァ。


 「かはっ、があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 鋭い鋼糸はフローダの腕を切り落とした。

 腕の分だけ余裕ができたのか、息を吸い込むと途端に汚いダミ声のような悲鳴を上げた。


 「ああああああ腕がぁあぁぁぁぁ、ふっ、ふぅッ!」


 先のない腕の断面を見て、油のような涙を流して(わめ)いたフローダだったが、再び鋼糸が締まって喋れなくなった。

 閉まり続ける鋼糸を感じて、止めろ止めてくれと口パクで声なき叫びをあげる。

 そしてついに息の限界を感じたのかジタバタと手足を振り回し始めた。

 腕の断面からぴゅーぴゅーと茶色っぽい血が飛び散る。

 フローダは浮かび上がっていた。

 鋼糸は鳩尾(みぞおち)の周囲をぐるりと巻きつき、どうして細い鋼糸で可能なのか分からないが、吊り上げていた。

 フローダと緑に燃える目があった。

 底冷えするような殺意だけを感じた。

 それが教主フローダの最後だった。




 ドチャ。


 胴が二つに分かれた肉塊が崩れ落ちるのを見届けてから、仮面の暗殺者はウーナに近づいてきた。

 今のウーナに何もできない。

 ウーナは助けに来てくれたこの少年をただただ見つめていた。


 「動かないで」


 彼は聞こえるか聞こえないかという小さな声でウーナに告げると、四肢を束縛する鉄の輪をナイフでいとも簡単に切り裂いた。


 「どうしてここが分かったの?」


 彼は困ったような仕草で顔を傾けた。


 「なぜかな、ここだと思ったんだ」


 彼が仮面の中で照れているのがわかった。魔力や感知能力で分かったわけではない。その仕草、声色で分かってしまうのだ。

 ローナンとウーナが初めて会ったのもハイレーンズだった。

 親元を離れて寂しい思い(ホームシック)をしていた頃、同じく一人でいたローナンと偶然川辺で出会ったのだ。

 あの時もそんな仕草で照れていた記憶がある。


 「ローナン……」

 「行こう」


 彼はウーナの手を取って歩き出した。


 「手を引かれなくても歩けるわ」


 彼が気まずげに手を離す。


 「そう……何か忘れ物はない?」

 「剣を取られた。取り返せないかな?」

 「どこにあるか分かる?」


 そう彼が聞くと、ウーナは探査の魔力をものすごい広範囲に拡散した。

 薄暗い牢獄に青白い光が溢れ出し、ウーナの周りで螺旋(らせん)を描いた。


 「見つけた。二つ隣の部屋にある……どうしたの?」


 ウーナはローナンのポカンとした様子に小首をかしげた。

 隠密を基本とするローナンからしたら、こんな強力で広範囲な魔力の放出は、敵がここにいますと宣言するようなものなのかもしれない。


 「はぁ、すっかりウーナも騎士なんだね」


 彼はやれやれと首を横に振りながら嘆息した。


 「……なんか褒められてない気がする」


 そんなことないよ、と仮面越しにフォローしながら、石床に転がったウーナの白い鎧を手渡した。

 ウーナがそれを着け終わるのを見て確認を取る。


 「じゃあ、準備はいいよね? この聖堂を突破するよ」

 「ええ、ローナンこそ足引っ張らないようにね」

 「フフッ、剣も持ってないのによく言うよ」


 少年と少女は鉄の扉を駆け抜けた。




       **********




 牢獄部屋を飛び出すと、ウーナは迷わず右に走り出した。

 先ほどの感知でこの巨大な教会の構造はあらかた把握済みだ。

 全体がギリシア十字の構造で、下が正門だとすると、今ウーナたちがいるのが右の側廊(そくろう)

 側廊の奥に武器庫があり、ウーナの剣もそこにある。

 十字の交差点から大勢の僧兵たちが押し寄せてきた。


 「僕が時間を稼ぐから!」


 ローナンはそう叫ぶと、仮面を口の上までずらして火を噴いた。

 爆発するような豪火が僧兵を飲み込んだ。

 しかし、信者たちは焼けただれてもなおローナンに突っ込んでくる。

 死をも恐れない教育が施されているのか。

 ただ。

 武器庫の壁を突き破って青い閃光が側廊を横切った。

 一瞬で僧兵たちが斬り飛ばされる。


 「流石だね。飛剣はもうモノにしたの?」


 壁はガラガラと崩れ、中から少女が出てきた。

 青い光のベールが少年の目の中で天女の羽衣(はごろも)のように映る。


 「あなたこそ、翔駆が使えるんでしょう?」


 ウーナとローナンが並び立った。

 白の鎧の騎士と黒装束の暗殺者。

 死を恐れなくとも、攻撃が届かないなら無駄死にだ。僧兵たちは踏み込めずに後ずさりながら構えを固くしている。

 少女と少年は駆け出した。

 間合いに入ると敵も意を決して突っ込んできた。

 ウーナが剣を振るって空いた隙をローナンが暗器の投擲で埋める。

 ローナンの背後に迫る敵の刃をウーナが弾く。

 白と黒が交互に入れ替わり、お互いがお互いをかばい合いながら、足を止めることなく敵を蹴散らしていく。

 ウーナはローナンとの連携に心地よさを感じた。

 少年を守り、少年に守られ、次々迫り来る敵をリズム良くいなして返り討つ。

 これまで感じたことがない感覚だった。

 小気味良いテンポで敵のラッシュを二人が裁いた時、小さな喜び、楽しさがある。

 騎士団にいる時も、戦争の時だって、ここまで心に余裕はできなかった。

 ローナンと二人なら。

 なんでもできる気がする。

 二人はまるで鳥の両翼のように同期し、双子のように分り合い、陰陽(いんよう)の太極図のように補完しあう。

 ウーナの剣とローナンのナイフが敵の群れを切り抜けた時。

 ついに二人を狙う僧兵たちを捌き切り、全員を地に伏せた。

 見回すと教会の中心、十字の交差点だった。正面玄関や窓近くには肌の爛れた人々が集まっている。


 「禁呪に……!」


 ウーナの声を聞くやいなやローナンは炎を吹いた。


 「ローナン!」


 ウーナは禁呪に犯されたものは教団の信者であろうと被害者であると考えた。しかし、その葛藤(かっとう)をよそに、ローナンは一瞬で彼らを焼いた。


 「彼彼女(かれかのじょ)らはもう助からないよ。一気に浄化してあげるのがせめて僕たちにできることだ。どうせここの幹部は禁呪の信者を囮に使う気だろうし」


 ウーナも奥歯を噛み締めそれしかないのかと決断した。

 ウーナとローナンを見た禁呪持ちの信者たちは二人も屍人(しびと)の仲間に加えんと全方位から集まってくる。

 二人は背中合わせで押し寄せる大群を消し飛ばした。

 ウーナは飛剣の浄化で、ローナンは炎で。

 二人が背後を任せあう時、死角など存在しない。


 「バカな!」


 禁呪持ちの哀れな信徒たちを一掃したところで、修道着に銀蘭の布を巻いた男が正門から協会内に戻ってきた。

 そいつはウーナを子供の人質で捕縛したあの男だった。


 「また会いましたね」 


 ウーナは余裕の声を男にかけた。


 「貴様。隠行(おんぎょう)を使える仲間を呼んだのか!」

 「仲間じゃない。ただの友達だよ。……残念ながらね」


 ローナンも()れ言を混じえる。


 「黙れ! 教祖はどうした!?」

 「金蘭織りのデブかな? 彼なら死んだよ? 僕が殺した」


 ローナンが鼻で笑いながら挑発すると、男は顔を真っ赤にしながら喚きだした。


 「クソがぁぁ! 全部台無しだ! かくなる上は。貴様らだけでも道づれにしてくれよう!」 


 ドドシャァッ!

 男は叫び終わった瞬間絶命していた。

 ローナンの投じた短剣が眉間に突き刺さり、ウーナの飛剣が男の右腰から左肩へ逆袈裟の斬撃で胴を両断していた。

 男が崩れ落ちる瞬間、ウーナは斬り払った姿勢で愛剣をもつ右手を前に掲げ、ローナンは短剣の投擲後のまま左手を前に掲げていた。

 ウーナの右肩とローナンの左肩が触れ合い、二人は視線を交わした。


 「さあ、門の向こうには騎士団が来てるよ」


 ローナンが正門へ歩き出した。

 ウーナも隣に並んで歩く。

 見える範囲の信徒たちを倒し終わり、戦いの興奮が冷え始めると、罪悪感のようなものがモヤモヤとウーナの心に広がった。

 父を殺したローナンと共闘し、そこに心地良さまで感じたなんて。

 首都の教会で葬儀を待たせている父に顔向けできない。

 だけどローナンはウーナにとって大切な友人でもある。

 ウーナは隣の親友と会えるのはこれが最後になるような気がした。

 もし次に会う時があるとしたら、その時は親友としてではなく……。


 「……理由があるのよね」


 ウーナがローナンに問いかけた。

 その声は年相応の、不安と、ほとんどないに等しい希望を抱えた少女の声だった。


 「どんなことも、理由にはならないよ」


 ウーナは泣き出しそうに眉尻を下げてローナンを見た。


 「あなたは……!」


 ローナンが正門の方向を指差した。

 ウーナが振り向くと、門は開き、そこからグウィンたち騎士が現れた。

 ウーナが再びローナンのいた方へ振り返った。

 そこには誰もいなかった。

 騎士団の面々から無事を喜ばれる中。

 ウーナは感知能力で、遠ざかる微かな異形の気配を感じるだけだった。


 ファーガス邸を襲ったローナン。父を殺したローナン。ウーナにプロポーズしたローナン。異端の教会へウーナを救いに来たローナン。

 一緒に過ごした日々。

 ウーナの知らない彼の事情。

 少女は少年が分からなかった。

 愛しさと一緒に膨らむ疑念が胸を圧迫する。

 本当に同じローナンなのだろうか。

 結局、彼が仮面を外すことはなかった。


次回、11月17日です。


この清浄派、10世紀半ばに現れた「カタリ派」というキリスト教異端をモチーフにしています。

作中、「生殖に結びつかない性交は推奨されている」とありますが、実際カタリ派はそんなことを中世ヨーロッパでやっていたそうです。ザ・異端、って感じですねw


昨日パリで同時多発テロがありました。

神は偉大なりとか言って、銃乱射とかやってる集団も理解しあえない宗教観念を持っているんでしょう。

遠く日本から自分は冥福を祈るばかりです。


最後に、ブックマークしてくれる方、ありがとうございます。

とっても嬉しかったです。これからも頑張ります(・w・)ノ

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