24、炎
音がよく響く石造りの伽藍堂にもかかわらず、聖堂では大勢の人々がほとんど物音を立てず、一人の男の語りに耳を澄ませていた。
誰も彼もが黒を基調とした修道者のような服の上に、ギリシア風の大布を巻いている。
「……よく聴くがいい。来る大艱難はすぐそこだ。我々は天災人災問わずあらゆる苦痛に見舞われる。この地上が地獄ではないかと見紛うほどの惨憺を目にすることとなるだろう」
男の朗々たる声だけが静かに伽藍に反響する。
この堂には窓がなく光がほとんど入ってこない。
まだ日の沈む前だというのに暗い堂内には松明が焚かれている。
香のついた聖油で浸された松明は、濃厚な香りを堂内に満す。
男の顔は松明の影になって見えない。
男は壁際の壇上に立ったまま語り続けた。
「しかし。何も案ずることはない。地上が闇に覆われ大艱難の訪れる時。教えを信じる者の元に光の乙女が現れ。我らを救うだろう。我らが光の乙女に選ばれし時。神の国は近づく。悔い改めるのだ」
いちいち区切りを入れるおかしな喋り方の男だ。
男の背後には巨大な壁画があった。
そこには男が言って聞かせているような宗教画が描かれていた。
地べたを這って苦しみもがく人々と、ここに集った人々と同じ格好の者たちが輝く女性に導かれ天に昇っていく様子だ。
「皆も聞いていよう。あの悍ましい病を。もうすぐそこだぞ! 大艱難は近い。祈れ! 祈るのだ!」
道内の人々は壇上の男が説く「大艱難」を想像して震え慄く。そして、熱心に口の中で祈り始めた。
道内にザワザワと祈りの小声が重なり合う。
その時、バンッ! と扉が勢い良く開かれ、気の急いた男が強い風と共に入ってきた。
堂内全て松明の火に風が吹く。松明のオレンジと陰の黒のコントラストが、建物全体を揺さぶるかのように揺れた。
「司教! 司教!」
声が裏返りそうな男は壇上の指導者にすり寄った。
「教えを説いている最中に何事だ」
落ち着き払った様子で壇上の男はすり寄った男に言った。
「騎士たちが来てます!」
その言葉と同時に、開け放たれた扉からグウィネッズの騎士たちが突入してきた。
「王命をもってこの聖堂を封鎖する! 団員はおとなしくしろ! 抵抗しなければ痛い目にはあわんぞ!」
堂内にいた人々は驚愕にどよめき始めた。
「控えよ! 無粋な騎士たちが何の権利で聖堂に土足で踏み込む!」
「貴様らには禁忌術式の使用が疑われている! 全ての物品を押収しろ!」
騎士がそう叫ぶと、他の騎士たちは迅速な動きであたりを探り始めた。
「騙されるな! 無垢なる信徒たちよ! こいつらは悪魔の手先! 人災の前触れ! 何としても抗え!」
壇上の指導者が叫ぶと、堂内はドッと悲鳴で溢れかえり、大混乱に陥った。
人々は騎士たちのいる扉の方へ殺到し、騎士たちは止むを得ず剣を抜く。
「動くなッ! 動くなぁッ!」
騎士たちが場を収めようと叫ぶも、恐慌した人々の悲鳴に重なってさらなる混乱を助長するだけだった。
無手の人々を切るのに抵抗を持つ騎士が手を広げて、扉の前に立ちふさがる。人々は体当たりするように騎士にぶつかり、扉の外へ逃れようと暴れ出す。
「ぐああッ!」
人々の波に押される騎士が突然苦痛に叫んだ。
無手の者たちの中に短剣を所持するものが紛れていたのだ。
それを見た騎士が叫ぶ。
「こいつら無手じゃない! 短剣を持っているぞ!」
そして騎士たちも半ば狂乱に陥り、近づく者に剣を振り回した。
堂内の天井には悲鳴と怒号が耳が痛くなるほどに反響し、床には大量の血が散った。
ウーナやグウィンが聖堂に踏み込んだ時、そこはすでに阿鼻叫喚の地獄だった。
全ての人が目を血走らせて必死に攻撃しあっている。
ある者は燭台を振り回し、ある者は隠し持つナイフで近づく者を刺し殺し、騎士たちは入り乱れ、暴れまわる人々を切りつけている。
「これは……」
グウィンはこれ以上醜悪なものはないとばかりに顔を背けた。
ウーナは惨劇に絶句した。
しかし目的を思い出すと誰にともなく叫んだ。
「首謀者は!?」
混乱を引き起こした壇上の男は、すでに逃げ去った後だった。
**********
四時間前。
ハイレーンズ村の広場近く。
「マーシア側から来て、ポウィスとここで共通するもの……。それに一つ心当たりがあります」
確信はない。しかし奇妙な確信がウーナにはあった。
「動物やマーシア兵の他にか?」
エドゥが訊ね返した。
「はい……」
ウーナが深刻な表情で頷く。
「清浄派。最近来たキリスト教分派を名乗る者たちです」
エドゥが思い返すように顔を上げる。
「確かに、流行り病の発生場所はポウィスとハイレーンズ。どちらにも其奴らはいるが……」
「まさか、あの狂信者たちがこの病を引き起こしたというのですか!?」
村長は語気を強めた。
この病が天災ではなく、誰かが起こした人災ならば、決して許されることではない。
「禁忌術式が用いられたとしたら、使用を裏ずける物はあり得ませんか?」
ウーナがエドゥに目で尋ねると、爺はヒゲを触りながら思い出すように答えた。
「ふむ、禁忌の術は高度な術式が必要。魔法媒体があるはずじゃ」
「きっと清浄派の教団にはその媒体があるはずです。彼らの持っている物を検めさせましょう」
エドゥは考えを巡らすためか一度黙考したが、やがて得心がいったのかすぐに顔を上げた。
「良し、ウーナ。早馬で王に知らせに行くぞ。禁術の可能性を具申し、清浄派の教団に対する物品の押収の許可を得るのだ」
「はい!」
**********
約二時間前。
ロドリ王は禁忌術式の言葉を聞いて身じろぎした。
「それは……誠なのか、エドゥよ?」
「残念ながら、否定できませぬ。直ちに教団内の捜索をしたほうが宜しいかと」
ウーナとエドゥの二人は、馬を駆って、首都デガンウィまでの約七十キロメートルを2時間で走破した。
そして今、ロドリの前で膝をつきながら考えを述べている。
「禁呪に犯された人々は、治る見込みがあるのか?」
そう言われてエドゥは黙り込んだ。
ウーナもエドゥに聞く。
「流行り病ではなかったのです。何か治療の方法はないのですか?」
「……あれが禁呪だとしたら、おそらく魂に自己増殖術式を転写する類の物だろう。そして、転写の際にも魂を消費する……」
魂は情報の刻まれたエネルギー体だ。
その情報はその個人の人生や命の情報。
人が触れてはならない領域。
そこに術式の記述が刺青のように外から上書きされる。
その術式はさらにその魂を削って転写する。
魂の内側は意味のない術式で埋め尽くされ、人生や命の情報は消えて無くなる。
「……わしには治療法に思い当たる物はありませぬ」
沈痛の面持ちでエドゥは言った。
「そんな……」
ウーナは両膝をつくと顔を両手で覆った。
「ならば仕方あるまい。表を上げよ。清浄派教団内部を徹底的に捜索し、必ず証拠となる禁忌術式の媒体を見つけ出すのだ!」
そして、追い打ちをかけるような命令が下された。
「もし病の正体が禁呪と分かれば、教団を即座に壊滅させ……その一帯を焼き払え」
「そんな! まだ、エドゥ様が知らないだけで、治療法があるかもしれないのですよ!?」
ウーナが即座に顔を上げて反論した。
「いや、犯された者は夜な夜な徘徊するのだろう? もしこれが禁呪の効果だとしたら……」
「まさか、知らずに禁忌術式を人に移し回ってるというのですか!?」
ロドリの顔も凍結したように固かった。
眉間に皺が寄り、苦渋に満ちた顔をしている。
「分かってくれ、ウーナよ。これ以上禁忌の被害を広めるわけにはいかないのだ」
「そんな、でも!」
再び反論しようとしたウーナの手をエドゥが掴んだ。
「術式の内容とてはっきり分かった訳ではない。他にも何かあるやもしれん。できるだけ速やかに禁忌を排除するのが、為政者として当然の決断。ウーナ、堪えるのだ」
あの村の人々は、心穏やかで、優しく……。
「ウーナ、苦しんでいるのだ。村人は魂が削られることに苦しんでいるのだ。治療法はいつ見つかる? 明日にでも見つけられるか? その間に、魂が擦り切れれば彼らは天へ帰れなくなるぞ」
そんな。
ウーナは地面に手をついた。
「酷すぎる……」
「ウーナよ、この惨たらしい人災を引き起こした清浄派を私は許さない。お前も許せないだろう?」
厳しいままの表情のロドリがウーナに言った。
「当然です!」
ウーナは目に涙が溜まるのを感じた。
「ならば奴らを放っておく訳にはいくまい。すぐに……」
そこでロドリはウーナを見ながら一度口を閉ざした。
「……エドゥよ、すぐにハイレーンズに舞い戻り、命を果たすのだ。だが、ウーナ。お前はここに残りなさい」
ウーナにかける言葉が優しい気遣いのものになった。だが、ウーナにそれは納得のいくことではない。
「なぜです!? 私にも行かせてください!」
ウーナは頑なだ。自らも行くことを主張した。
「ウーナよ。今我はそなたも彼の地に赴かせようかと思った。ただ、私には分かる。お前の魂は禁術なぞに犯されてなくてもすり減っている。お前には精神を休めることが必要だ」
「お言葉ですが王よ! ここで休んでいては私の魂は死ぬのです! 禁術だとしたら私の育った村を壊した輩に自ら裁きを下すことができなくなるのです! 例え魂が磨り減ろうとも、どうか私からその機会を奪わないで下さい!」
ロドリ王はエドゥを見ながら細く長い溜息を吐いた。
エドゥは王の視線を受けても反応を返さなかった。
「……そうか。そこまで言うのなら私が口出しすることでもない。よかろう、エドゥと一緒に村へ行って命を果たせ」
王は痛々しさを隠すような言い方だった。
「ハッ。命は必ず果たします」
そう宣言するとすぐにその場に背を向け、デガンウィ砦の出口へ歩み出した。
清浄派が禁忌を破ったのなら、必ず報いは受けさせる。
「なんと過酷な運命でしょう」
エドゥが呟く。
爺は少女の振り返り際、目に溜まった涙が瞬きで小さく弾けるのが見えた。
「全く。折れてしまわないか、心配だ」
出口の光を見ながらロドリ王も少女の未来を案じた。
「分かっております」
**********
「争いを止めろ!」
グウィンが叫んだ。
薄暗い聖堂の中で騎士と教団員の間に割って入り、騎士の剣を剣で受け止め、団員を離れた場所に蹴り飛ばす。
ウーナも同じように騎士と団員を引き離すべく人々の間で体を張る。
「皆さん落ち着いて!」
そこにエドゥも現れた。
爺は杖に魔力を集めて強かに地面を打った。
ガァン!
空間に振動が広がる。
魔力は魂から発せられるもの。また逆に魂にも魔力は影響を与える。魔力の波動に驚いたその場の人々がエドゥに首を向けた。
「落ち着きなさい。騎士は剣を納めよ。そしてお前は」
そう言うと、爺が団員の一人の前にスッと進み出る。
団員は後手に隠し持っていた短剣を腰だめに構え、エドゥ目掛けて突き刺そうとした。
ドッ!
そして次の瞬間には短剣を持つ団員は組み伏せられていた。
爺は半身になって短剣を持つ腕を引きながら捻り取り、勢いに泳いだ相手の上体を上から掌底を打つように、地面に押さえ込んだようだ。
流れるような一瞬の技だ。
「騎士と団員は距離を取れ」
エドゥが静かに言うと場は収まり、狂乱は収束した。
残った団員を捕縛し、聖堂の探索が続けられていた。
「見つかるでしょうか?」
ウーナは不安になっていた。
指導的立場に立っていた男は、混乱の中で逃してしまった。
「逃げ出した者が証拠となる物を持ち出していたら、難しくなるじゃろうな。ただ禁術ほどの複雑な魔法ならその媒体も自ずと大きくなるものじゃが」
ウーナもエドゥも堂内にある蝋燭立てや何かが書かれた巻き物などに目を通しながら、会話していた。
「エドゥさん!」
騎士の一人がエドゥに壇の下を指し示した。
木の板がどけてあり、地下へと続く隠し階段があった。
皆が集まりその穴に松明を翳す。
地下は深いのか、松明の火は地下の闇へと吸い込まれるだけだ。
「下には誰もいません。行きましょう」
ウーナが松明を受け取り、下へ降りた。
地下特有の籠った黴っぽい臭いの中に、香のようなムッとする香りが混ざっている。
地下の床に足をつけると、その床全体に魔法陣の描かれた敷物が敷かれているのが分かった。
もともとは金箔が貼ってあったのかもしれないが、見る影もなくはげ落ちて、線のような記号がびっしりと書かれている。
「これは……ルーンか」
降りてきたエドゥは線のような記号を見ながら言った。
ルーン。
北欧から流れてくるゲルマン系民族の古代文字。
「間違いない。これが禁呪の媒体。この場が禁呪の執り行われた儀式の場じゃ」
ウーナたちが聖堂を後にする頃にはすでに夜の帳がかかっていた。かつての村なら夕餉を終えて明るい窓から談笑が聴こえてくる頃だっただろうか? 今となっては、人気のなくなった村に不気味な静けさが漂うだけだ。
村のはずれの聖堂は、倉庫のように窓が少ないからか、こじんまりとしているが堅固な印象を与える建物だ。その入口の石門を、恨めしげに騎士たちは見た。
「禁忌術式であることは確かになった。王命を遂行せねばならん」
エドゥが感情を殺した声で言った。
「ええ、分かっています」
ウーナが沈痛に頷く。
「ウーナ、つらい仕事だ。お前は焼き払いに参加しなくていい」
グウィンが半ば命令するようにウーナに言った。
「いえ……私も参加します。お兄さまだっておじさんとおばさんには面識があるでしょう? お兄さまが参加するのだから、私も参加します」
「ウーナーー」
グウィンの言葉は遮られた。
「グウィン隊長!」
咳を切らして通りの向こうから一人の騎士が走ってきた。
皆が振り返る。
グウィンが先を促す。
「何だ」
「禁忌術式に犯された患者たちが……」
騎士は言い淀んだ。
「どうした!」
グウィンが先を急かす。
「起き上がって徘徊しだしました!」
**********
「これは……」
その光景は、地獄だった。
広場では肌の爛れた者たちが呻き声と掠れた呼吸を漏らしながら、それぞれ歩き回っている。乾いた目がギギギとオイルのなくなった機械のように動きいている。
腐乱した生ゴミのような匂いが、ムワッとした湿気となってウーナたちを迎えた。
まるで死者が黄泉の国から蘇ったかのようだ。
白濁した眼の者は壁に当たっても進もうとしている。他の者もフラフラと行ったり来たりと目的なくさまよっているようだ。
知能の低い屍人の様ですらある。
いや、実際そうなのかもしれない。
禁忌の術に犯されて長い者は、もうほとんど魂が残ってないかもしれないのだ。
魂が術式に食い尽くされ、心も知能もなくしたのなら、それはもうただの動く死肉。
心臓すら動いているのかどうか。
騎士たちは十字を切って加護を祈っている。
「この場から離れた患者は?」
グウィンが先ほど伝令にきた騎士に聞いた。
「何人か。しかし、我々は触れることが……」
その場で斬り殺すしかないかもしれない。
「炎」
エドゥがこの状況でも冷静に呟いた。
「炎を避けているようじゃ」
皆が広場に眼を向けた。
確かに炎の周りから距離を置く様に患者たちはうろついている様だ。
「または光を避けるのかもしれん。昼間活動が低いのもそれなら説明がつく。……いずれにせよ炎の光で退かせて、またここに集めればいいじゃろう」
それを聞いて数人の騎士たちが松明を手に離れていった。
「ウーナちゃん?」
ウーナが再び凄惨な広場の方に眼を向けると、禁忌に犯され蠢く人々の中にウーナのおじさんおばさんが立っていた。
昼間にはなかったあざの様な爛れが頬や首筋に見えた。
「おじさん……おばさん……」
ウーナが震える声で呟く。
「隣にいるのは、グウィンかい?」
「はい……ご無沙汰してます」
グウィンも苦痛の面持ちだ。
「大きくなったねぇ」
おじさんおばさんは二人をまぶしそうな目で見つめた。
「……ここのみんなは、ダメなんだね?」
おばさんが言った。二人とも離れた距離のまま、こちらと会話する。
騎士たちは誰も答えられなかった。
おじさんが諦念と恐怖を隠しながら、朗らかそうに言った。
「いいんだ。心を痛めないでくれ、騎士の皆さん。病だか禁忌の術だか知らんが、このままいたら被害が広がるかもしれんのでしょう?」
「……誠に申し訳ない。王命なのです」
エドゥが苦しみながら言葉を吐き出した。
「そうですか。では、一つだけお願いを聞いていただけませんか?」
「被害が拡大しないものなら、なんなりと」
おじさんとエドゥのやり取りを聞いて、おばさんがウーナに言った。
「ウーナちゃん、コーンウォールの戦場で大活躍したって聞いたよ。私ら自分のことの様に喜んだんだから。なんでも光の斬撃を飛ばして見せたとか。それでね、最期に、私らに見せて欲しいんだ。ウーナちゃんの成長を見て、逝きたいんだ」
ウーナの目元にシワが寄った。
「まさか飛剣でおばさんたちを斬れとは言いませんよね……?」
おじさんが涙を溜めて言った。
「頼む、ウーナ。この苦痛を、一瞬で終わらせて欲しい。お前の清らかな魔力の中で最期を迎えたいんだ。今は……炎が怖いんだ」
ウーナの涙が頬を伝う。
こんな、なんて残酷なの?
この村で過ごした日々が思い出された。
村に来たばかりの小さい頃は、おじさんに連れられて「魔法の森」でかくれんぼをした。
ローナンと一緒に木漏れ日の下でおばさんに本を読んでもらった。
川に流されたり、迷子になった時はおじさんおばさんだけでなく村の人たちが総出で捜索してくれた。その時ウーナがひょっこり帰ってきた時見せられた気の抜けた安堵の表情は、ウーナの網膜に焼き付いている。
いたずらして叱られたことも、料理を褒めたら鼻を高くしていたことも、みんな全部大切な時間だった。
「……離れてください」
俯いているウーナが小さく呟くと、グウィンは聞き返した。
「ウーナ?」
「離れてください。飛剣を使います」
「ウーナ……」
グウィンをエドゥが手で制した。
「清靭なる水の魔力は、時に汚れを払う」
グウィンは項垂れて黙ると、ウーナから離れた。
グウィンとエドゥと一緒に、他の騎士たちもウーナの周りから距離を置いた。
ウーナが愛剣を鞘から引き抜く。
夜の闇から、少女に光が集まってくる。
青白い光。
ウーナの体が輝き出し、その周りで風が逆巻く。
金髪が無重力のようにふわりと浮かんだ。
ゴオオッ!
勢いを増し、ヒュルルと風を切る音も混ざり、松明が揺れる。
もはや直視できない程の輝きに、禁忌に体の犯された者たちがよたよたと逃げていく。
おばさんはまぶしそうに目を細めてウーナを見つめている。神よ恐怖から守り給えとばかりに両手を組んで力を入れている。そこにおじさんがおばさんの肩に手を回して抱きしめた。
ウーナは涙を振り払うように顔を上げると悲鳴のように叫んだ。
「お覚悟!!」
居合のように刀身を体に寄せたような構えから、一気に横薙ぎを振り抜いた。
光が広場を満たした。
その青い輝きは、清麗なる色、淀みを払う浄化の色、そして悲しい涙の色。
広場を満たした光が収まった時、そこには何も無くなっていた。
見ると、光に触れた者は、いかなる法でか灰になったようだ。
ウーナは一番近くにある二つの灰の山に近づいた。
膝を折って座り込むと、一掴みの灰を手で掬う。
他の騎士たちが火を放ち始めた。
炎の煙が天を焦がしたかのように、空に雲がかかっている。
そよ風が吹くとウーナの手からサラサラと灰が散っていった。
少女の目は虚空を見つめていた。
その瞳に映るのは今や遠い過去の……。
禁忌の汚れが青の光で拭い去られる時、その光景を遠くの高台から大陸産の望遠鏡で見ている者がいた。
彼は十字を切って天を仰ぐと、口の中に唾液の糸を引かせてニタリと笑った。
次回、11月13日です。