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旧約 ヨブ 1:21  作者: 享庵
第一編
16/29

16、大鷹の知らせ

 ウーナとジュディカエル、エドゥの三人は、ディナス・ファラオンに近い原っぱに来ていた。


 「まずは足捌(あしさば)きから」


 エドゥがウーナに剣を教えるのに、場所を変えたのだ。

 この原っぱは牧草地であるようで、羊たちが遠巻きにウーナたちのことを窺っている。ジュディカエルも直接教える気はないのか、離れた所で腰を下ろして傍観を決め込むようだ。

 牧草は少し湿っている気がするが、ジュディカエルは気にせず座ったようだ。空は曇っていて、いつか雨が降った後なのだろうと思わせる。


 「お願いします」


 ウーナが頭をさげると、エドゥは柄を向けて木剣を差し出した。


 「打ち合いながら見よう。かかってきなさい」

 「はい!」


 木剣を受け取って、距離を取る。

 足捌き。

 デガンウィの砦の下では、イセルに対して緩急を付けたステップで背後に抜けてからラッシュで押し切った。

 今回もあの時と同じように行こう。

 エドゥの間合いを見極め突進する。

 エドゥは緩く剣を垂らし、左手を柄頭に添えているだけの片手剣のスタイルに見える。

 集中力を研ぎ澄まし、間合いギリギリで速度を落とすステップを踏む。

 エドゥの剣が跳ね上がった。まるで剣道の面打ちのように脳天を狙う打ち込みのようだ。

 全力の魔力で大地を蹴って彼の後方に抜けようとした。

 しかし、彼の剣が振り上がった勢いのまま後ろに倒れ、胸の前で手首をひねって切っ先を下に垂らすような構えになった。しかもウーナの走り抜けにも対応して、ウーナを正面に見据えたまま旋回してみせた。

 後で聞くことになるが、この構えは『吊り構え』という防御に秀でた構えなのだそうだ。 

 エドゥはもう六十歳の届く老人という話だったが、このフットワークの軽さは若者顔負けだろう。

 それともこれも修練の為せる技なのだろうか。

 ウーナは見たことのない構えを正面から相手することを嫌い、常に側面に回り込みながら攻撃することにした。

 時計回りに足を運びながら激しく攻め立てる。

 しかし、エドゥはウーナに合わせてその場で回りながら、剣の小さな動きだけで攻めをいなした。

 隙がない!

 焦れたウーナが一旦冷静になろうと退()がりながら突きを放った瞬間。



 喉元に切っ先を突きつけられて負けていた。



 彼はその時、ウーナの剣の切っ先を、(つば)で絡めとるように剣の手元で持ち上げたのだ。

 同時にウーナの懐に踏み込こんでいる。

 ここで。

 彼は剣の手元の方でウーナの剣を受けながら、切っ先をウーナに向けたまま動かさなかったのだ。

 自然、踏み込めば切っ先が彼女に突きつけられた状態となる。

 とても自然な動きだった。

 彼は一歩踏み込んだだけだ。

 守りも攻めも最小限の動きだけでウーナを封じた。


 (うま)い!


 木剣の切っ先をあごの下で感じながらゴクリとツバを飲んだ。

 これが戦場だったら。

 ウーナは訳も分からないまま殺されていただろう。


 「……参りました」


 剣の攻防の奥深さをウーナはまだ知らない。




 パチパチとジュディカエルが拍手を送った。


 「流石。俺の師匠だっただけはありますね」

 「()かせ。ジュディ坊とて、ついこの前までこんなんだったろ」

 「老人の『ついこの前』って何十年前のことなんです?」


 ジュディカエルとエドゥはニヤつきながら掛け合いを始めた。


 「どうです、ウーナは? 忌憚(きたん)ない意見を聞かせてあげて下さい」


 そうジュディカエルがエドゥ爺に聞くと、爺はもじゃもじゃの顎髭(あごひげ)を触りながら今しがたの打ち合いを思い返しているようだ。


 「ふぅむ、素振りをしたことのない小娘が棒っ切れを振り回しているようじゃったな」


 片方のフサフサした困り眉が上がって、その下からエドゥの瞳がしげしげとウーナを眺めた。

 ウーナは俯いた。

 実際、ついこの前まで剣を握ったことがなかったのだ。そう言われても仕方ないのかもしれない。


 「だが、一際輝くような才能がある。間合いの取り方は非凡なセンスがあるようじゃな。魔力の扱いも相当なもの。何より魔力は質がいい」


 一転、褒め言葉が並んでウーナは顔を上げた。

 ジュディカエルは娘の褒め言葉にそうだろうそうだろう、とニヤつきながら頷いている。


 「ウーナよ、お前さん何か特別な魔法の訓練でも積んできたのか?」

 「いえ、魔法に関してはからっきしで」

 「それにしては凄まじく強大な魔力じゃな……」


 エドゥは彼の眉で目元が隠れているので表情がいつも柔和に見える。しかし、この時何かに気づいて驚いたような気配をウーナは感じた。


 「おぬし、その服の内にとんでもない魔法晶石を持っているのではないか?」


 ウーナは言われて首元からカイヤナイト晶石を出した。


 「おお……」


 エドゥが嘆息した。

 爺はウーナが手に持つ宝石を顔を近づけてまじまじ見ているようだ。


 「ジュディ坊が与えたものなのか?」

 「いや、実はその子が拾ってきたものなんですよ」


 父は困ったような笑みで言った。

 エドゥはジュディカエルを見て、再びウーナに目線を戻した。


 「こんなもんどこに落ちてるっていうんだ?」


 ウーナは苦笑しながらこの石の経緯を話した。

 するとエドゥは考え込むように、


 「そうか……」


 とだけ呟いて黙ってしまった。




 「ジュディカエルさん、こんなところにいたんっすか」


 ガルバーンがウーナたちのいる牧草地にやって来た。


 「よう!」


 ジュディカエルは手を上げて体育会系っぽい返事で返した。

 グウィンも後ろから付いてきていた。


 「ウーナ、エドゥ爺に稽古をつけてもらっていたのか?」

 「ええ、剣がまだまだだって言われちゃいました」


 グウィンがエドゥに非難するような目を向けた。

 ただ、騎士になったからには未熟の言い訳は通用しないことも心得ているようだ。何も言わずにウーナのフォローをするに留めた。


 「仕方ないさ、これから学べ」

 「はい、精一杯励みます」


 そんな兄の様子を見てエドゥはグウィンに一つ提案した。


 「グウィン、妹が大切ならお前も稽古をつけてやればいいだろう? わしもウーナと一緒にお前の成長を見てやろう」


 グウィンがウーナの様子をみるような素振りをした。


 「ウーナ、いいか?」


 ウーナは真っ直ぐ答えた。


 「そういえば、お兄さまとはデガンウィでもお相手してもらう機会がありませんでしたね。是非、お願いします」


 ウーナにとって二回戦目。しかし疲れも何もない。相手が兄ならリラックスできるというものだ。

 グウィンと木剣を構えて向かい合う。


 「グウィン、妹に負けたら恥ずかしいぞ~!」

 「我が息子よ、負けても俺は責めんからな! ただ、酒の肴に一生語り継ぐぞ!」


 外野のヤジが騒がしい。

 グウィンは余裕のある笑みでヤジを聞き流しているようだ。


 「用意はいいか?」

 「はい」


 グウィンも頷く。


 「来い!」


 兄妹での手合わせが始まった。



 「ウーナよ、剣の(やいば)には『強い部分』と『弱い部分』がある。持ち手に近い場所が強い部分。持ち手から遠く、切っ先に近いところが弱い部分。剣の耐久性の話ではないぞ。まずはグウィンの剣を受けるときは持ち手に近い場所で受けるのだ」


 エドゥがアドバイスを伝えてきた。

 グウィンを見据えながら考える。

 『強い部分』と『弱い部分』。

 とにかく打ち合ってみよう。

 先ほどはエドゥに小さな動きだけで、ウーナの大きな動きは対応された。

 無理に側面に回り込まず真っ向勝負で行くことに決めた。

 切っ先をウーナに向けて構えたグウィンの剣を弾こうと、まずなぎ払った。

 しかし、グウィンが一歩踏み込んで、柄に近い刃で受けた。

 つまり『強い部分』。

 カッ。

 ウーナの剣は簡単に受け止められてしまった。

 それどころか、グウィンがウーナの剣の先を押しのけてしまった。ウーナがどれだけ魔力で足元を固めても、どれだけ剣に魔力を込めてもだ。


 梃子の原理。

 持ち手を支点と考えると、支点から力点が近いと大きな力をかけねばならず、力点が遠いと小さな力で十分対象を動かせるようになる。

 グウィンの横薙ぎをかがんで避けると、大きく跳躍して距離をとった。

 なるほど。

 エドゥは常に持ち手に近い『強い部分』受けていた。

 だから動きが小さくて済むし、ウーナの遠心力の乗った斬りつけも簡単に受けられたのだ。


 ウーナは剣の真髄が見えた気がした。

 『強い部分』は守りに向くのだ。

 ならば『弱い部分』は攻撃用。

 先ほどのエドゥの決め技を思い返す。『強い部分』で敵の攻撃を逸らしつつ『弱い部分』たる切っ先は敵へ向かう。

 グウィンが再び横薙ぎを仕掛けてきた。

 ウーナは剣を後ろに倒すように180度回転させて『強い部分』で横薙ぎを受ける。そして、そのまま背負い投げのように肩上からグウィンに振り下ろしを見舞った。

 グウィンはすんでのところで回避した。

 しかし、今の感覚だ。

 相手の攻撃は『強い部分』で受ければ非常に小さな負担で止められる。

 そうすればカウンターも放ちやすい。

 グウィンとウーナはしきりに剣を打ち合い、簡単にお互いの攻撃を弾きあった。

 そして剣の攻防の駆け引きを知った。

 『強い部分』で受けさせない隙をつく。

 それが剣術最大の有効打に違いない。

 ウーナは剣を正面に構えながら待っていた。

 そしてその時が来た。

 グウィンが振り下ろしを仕掛けようとしたのだ。

 振り下ろしには振り上げて、降ろす、という二つの動作が必要。

 振り上げを追うように突きを放てばいい。

 全身の魔力を余さず使って、フェンシングのような突きをグウィンの喉元めがけて繰り出そうとした。


 ズルルッ!


 ウーナの足元が土ごと滑った。

 踏み込み浅くグウィンに突きは届かない!

 ヒュン!

 そして次の瞬間ウーナの頭上に寸止めされたグウィンの木剣があった。



 ぐぬぬ~!

 という顔でグウィンを睨む。


 「お兄さまズルい! あれは魔法でしょう!」

 「ははは、ズルくはないさ。それに魔法といっても詠唱も必要ないくらいの小規模なものだ。あんなのは魔力操作の内だよ」


 グウィンが涼しい顔で微笑みながらウーナの追求を躱す。

 でもでも~!

 と納得いかない様子のウーナにエドゥが声をかけた。


 「ズルくなどない。ウーナ、お前が足元に魔力を注げば封じることもできたのだ。剣に気を取られ過ぎたのだ」


 そう言われてウーナはショボンとした。


 「ううぅ、連敗」

 「最初から勝てるわけがなかろうて」


 それは彼女も分かってはいるが、悔しいものは悔しいのだ。


 「ウーナ、一足飛びに強くはなれない。だが間合いの測り方はすでに一流と言っていいほどのものだ。騎士に成りたてのウーナがそれほどのものを持っている。それを武器(アドバンテージ)として戦えばいい」


 ウーナはフォローしてくれたグウィンを見て、コクリと頷いた。


 「しかしよぉ、ウーナちゃんはどうしてあんなに間合いの取り方が上手いんだろうな?」


 楽な体勢で原っぱに座るガルバーンが不思議そうに言った。


 「それはウーナの魔力に(きも)があるんじゃろう」

 「確かにとても純粋な感じがしますが、稀に同じような魔力を持つ者もいるはず。それだけで間合いの取り方が上手くなりますか?」


 エドゥの言葉にグウィンが疑問を呈した。


 「いいや? ウーナの魔力は特別じゃろう」


 そう言うとエドゥは自分の手を背中に回して、ウーナから隠した。


 「ウーナ、わしが何本指を立てているか、分かるか?」


 そう聞かれてウーナは気配を探るように集中した。

 ウーナの輪郭からユラリと漏れ出した魔力が煙のように揺れた。


 「……右手が三本、左手が四本?」


 アンヴァルが両手を前に出す。


 「正解」

 「「……おお」」


 ジュディカエルとガルバーンが驚きの声を上げた。グウィンも目を見開いている。

 アンヴァルが再び両手を後ろに隠す。


 「次、これならどうかな?」


 エドゥは魔力を壁のように展開してウーナが直接魔力で探れないようにした。


 「爺さん、それはいくらなんでも……」 

 「魔力で探らせないのならどうやって感知するっていうんだか」


 ムリムリ、分かるワケないだろ、爺さん耄碌(もうろく)したか? みたいな素振(そぶ)りでガルバーンとジュディカエルが嘆息する。



 「……5本。右手二本、左手三本」



 ジュディカエルとガルバーンが、二人揃って目を見開きながらウーナに顔を向けた。「な、なぬッ!?」みたいな表情だ。


 「正解」


 ジュデイカエルとガルバーンがまたまた二人揃って顔をエドゥに向けた。

 エドゥは頷きながら両手を前に出していた。

 ジュディカエルとガルバーンはポカーンという顔をしている。


 「しかし! 何故(なぜ)!? 魔力で隠したのならどうやって本数を探り当てたというんです!?」


 グウィンがやや興奮不気味に爺に詰め寄った。


 「ウーナの魔力はただ純粋なだけではない。おそらく、水に対する親和性が極めて高いんじゃろう」

 「水に対する親和性……」


 グウィンが呟く。


 「つまり、水に対する干渉力が誰よりも強いってことか?」


 ジュディカエルが自問するようにエドゥに聞いた。


 「左様、わしはわしの魔力で壁を張った。しかし、空気中には霧の粒のような水が含まれておる。ウーナの魔力はわしの壁の魔力を上回る干渉力でその水に干渉し、水の分布で指の本数まで感知して見せたのじゃろう」

 「そんなことが……」


 可能なのだろうか?

 エドゥを除く皆が驚愕して考え込んだ。

 しかし、ウーナには心当たりがあった。

 『精霊様が教えてくれる』

 ウーナは物を、人を、空間を視覚や魔力による感覚以外で感じているような気がすることがしばしばあった。

 幼い頃からそれは『精霊様』がウーナに(ささや)いてくれているのだと思っていたのだ。


 「ブリテンは昔から南西から湿った空気が流れ込む。湿度が高いことも幸いしておるんじゃろう」


 エドゥはそう付け加えた。


 「すげぇ、すげぇよウーナちゃん! 俺と結婚しよう!」


 ガルバーンが叫んだ。

 ジュディカエルがガルバーンの頭に拳骨(ゲンコツ)を落としながらエドゥに質問した。


 「しかし、純粋だということはデメリットもあるのでは?」


 エドゥも頷く。


 「そうよのう、純粋であるということは他の物に……鉄や土に、干渉がしにくいということ。素の質の高さで対抗しているようじゃが、気を抜いたら足元を盗られるかもしれん。ただ水の魔力は浄化の魔力。いずれその純粋さしか成し得ないことが現れるやもしれぬな」


 その後もアレコレ言い合う男たちの話を聞きながら、ウーナは自らの特別さに強い喜びと神への感謝を感じた。




 そんなウーナの様子を見てエドゥは、あれこれ言い合って雑談しているジュディとガルバーンに声をかけた。


 「そこの二人、ここはお前たちが騎士の先輩として、強者のなんたるかを見せてやるのもいいと思わんか?」


 二人は強者という言葉に反応した。


 「強者? まあ、それは俺を指す言葉だしな、ここは二番隊隊長の実力を披露してやるのもやぶさかではないか」


 ガルバーンが調子に乗った言葉を吐いてニヤリとした。


 「ふふん、強者としてはあまり実力を見せびらかすのはどうかと思うが、この際仕方ない。ウーナ、父のカッコイイとこ見逃すなよ?」


 腰に片手をあててズビシとウーナを指差し、ポーズを取った。

 ジュディカエルは娘の前でカッコつけたくて仕方ないようだ。

 エドゥは心の中で乗せられやすいヤツら、と呟き、ウーナはガルバーンって二番隊の隊長だったんだ、知らなかったと顔に出さないように内心驚いた。




 「実剣でやるのですか?」


 対峙したジュディカエルとガルバーンを見てウーナが(じい)に聞いた。


 「使い慣れた得物(えもの)なら寸止めも容易。まあ、見ておれ」


 ジュディカエルは幅厚な大剣、ガルバーンは先が十字の刀身のついた槍を使うようだ。大剣からは、力の象徴のような無骨さに圧迫感すら感じる。ガルバーンの槍は、青に染め抜いた馬の尾のような飾り紐の槍印(やりじるし)が、オリエンタルな格好良さを出している。

 二人が構えると空気が変わった。

 ただの印象の話ではない。

 二人が魔力を放って大気の干渉を奪い合っているのだ。

 チリチリと鉄と鉄をこすり合わせて火花が散るような、気の抜けない緊張感。

 ジュディカエルは肩上に大剣を立てるように、ガルバーンは左手を突き出し、後ろで槍を隠すように持っている。


 「そういえば最近手合わせしてませんでしたね、団長」

 「そうだな、しばらくの成長、見てやろう」

 「案外その余裕、続かないかもしれないっすよ?」


 そう言った瞬間、二人は衝突した。

 ドッッ!

 衝撃波がウーナの髪を激しく揺らした。

 二人の周囲の空間はそれぞれ色が付いているように見えた。

 ジュディカエルの周りは銀に煌めき、ガルバーンの周りは赤く燃えているようだ。

 ガンッ! ドンッ!

 武器を打ち付けるたびに巨大な質量のあるものがぶつかるような音がする。

 相当な魔力を注いでいるのか、彼らの得物は周囲の空間の色と同じく、尾を引きながら光っている。

 なんて激しい打ち合いなのか。

 素人が見たら手合わせには見えないだろう。

 決闘か殺し合いでもしている勢いだ。


 エドゥに師事していただけあってか、ジュディカエルの剣術は大剣を用いていながらとてもコンパクトな守備で、一向に崩れそうにない雰囲気だ。

 対照的にガルバーンの槍は苛烈に攻め立てて、反撃の糸口を与えさせない剛の方術のようだ。

 それにしてもガルバーンの槍の取り回しは上手い。

 ウーナの素人目にも分かる。

 ガルバーンは一般的な槍の間合いよりずっと短い間合いで戦っている。それは非常に高度な槍の扱いが出来てこそ可能なのだろう。

 ジュディカエルが左手を離し、大剣が片手剣になった。

 その瞬間。

 ガルバーンがクルリと長い槍を回し、石突のほうで(したた)かにジュディカエルの剣を打ち上げた。

 ズガッッ!!

 ガルバーンはこの一撃に全力の魔力を注いだのか、これまで以上の大きさの衝撃波がウーナを襲った。

 反射的に腕を前に出しながらも、この戦いの攻防を見逃すまいと懸命に目を開いて刮目した。

 ジュディカエルは仰け反るくらいに剣が上方に流れ、胴が大きく開いている。

 そして、

 ガルバーンが後方に莫大な魔力を噴出しながら槍を突き出した。

 ウーナはその光景を、時間が止まったようにすら感じた。

 ガルバーンの背中から不死鳥(フェニックス)の翼が生えている。

 荒々しくも荘厳で、絵本の中の光景のようだ。


 「翔駆(しょうく)


 エドゥが(つぶ)やくのが聞こえた。

 ただの踏み込みなどではない。

 これまでとは段違いの速さで地面の(わず)か上を飛んでいる。

 『飛剣』に並ぶ、最高の戦士の、ここぞという時の技。


 ガルバーンの槍がジュディエルを貫いた。



 そう思った瞬間、ジュディカエルの輪郭がブレた。



 槍が貫いていたものは魔力の幻影(かげ)だった。

 ジュディカエルはたった半身になっていただけだった。

 しかし、それで槍撃を躱すには十分。

 振り上げていた大剣がガルバーンの首に振り下ろされた。

 『翔駆』は全身に帯びた魔力を放出する。

 魔力を纏うにも時間が掛かる。

 『翔駆』の連続使用はできないのだ。

 ガルバーンは回避できない。

 ジュディカエルは寸止めで勝負を決した。




       **********




 「まさか、片手剣になったのは誘いだったんすか?」


 二人が武器を収めると、ガルバーンがジュディカエルに尋ねた。


 「分かるか?」


 ジュディカエルは片方の眉を少し上げて得意げに言った。


 「はぁぁ、いい線いってたと思ったんだけどなぁ」


 ガルバーンがため息を吐く。


 「いいや、お前は本当に成長したさ。少なくとも今の戦い、余裕のあるものじゃなかった」


 ジュディカエルが手を差し出した。


 「ありがとうございます」


 ガルバーンが握手すると、ジュディカエルはガルバーンの背中をポンポンと叩いて励ました。



 「今のは?」


 ウーナが呆然と呟やくようにエドゥに質問した。


 「今の父が使った幻影のような技はなんなのです?」


 エドゥは微笑んだ。


 「あれも『翔駆』じゃよ」

 「あの幻影も……」


 そこにグウィンが補足を入れてくれた。


 「翔駆は体に纏う魔力を引き剥がすように噴出して推進力を得る技だ。父さんは小規模な翔駆で回避しながら、その場に残した魔力を自身に似せて輪郭を置いて(・・・・・・)いったんだ」


 小規模な翔駆。

 小さく、そして決定的な回避。

 ウーナは圧倒されていた。

 この半刻の中で、ウーナの沢山の常識が覆されていた。

 剣と言えば攻撃のためのもので、守りは盾や回避によって行うものだと。しかし、実際には剣はそれ自体がとても守備の硬い装備だったと知った。

 剣戟の真っ最中に行う小さな魔術。

 短い間合いで巧みに振るう槍術。

 翔駆とその応用。

 どれもがウーナの知らないとてつもない技だった。


 「お兄さま、もしかして先ほど相手してもらった時、本気ではなかったのですか?」


 ジュディカエルは総指揮を執る団長。ガルバーンは二番隊隊長。そしてグウィンは一番隊隊長。

 ジュディカエルは戦場では騎馬隊を率いるので、一番隊隊長のグウィンが前線を支える役目を務めるのだ。

 役職は単純な強さとは限らないが、弱いものが成れるポジションではない。

 ウーナの問いに、グウィンは困ったように苦笑しただけだった。

 やはりウーナに合わせて手加減していたのか。

 デガンウィでもハイレーンズでも、ウーナはそれなりにやれると思っていた。しかし、ウーナのまだ知らない技術やもっと強い(つわもの)たちが世の中にはいるのだ。

 そのことを今回、思い知らされた気がした。




 ジュディカエルはウーナのそんな様子を見てエドゥに目配せした。


 「そういえば、あの(・・)馬は今どうしてる、エドゥ爺?」


 エドゥはふむ、と頷いた。


 「あの(・・)馬か。わしもウーナには合うかもしれんと思っとったところだ」


 ジュディカエルの意図に乗って、口角を上げた。

 ウーナが関心を持った。


 「あの馬、とは?」


 ふふんとジュディカエルがスマイルをウーナに見せる。


 「お前と同じ、特別(・・)さ」


 エドゥがそれを尻目に見ながら、牧草地の奥に向かって最初持っていた杖のベルをカラン、カラン、と鳴らした。

 するとしばらくして馬の家族らしい一群が、ウーナたちの側まで駆けてきた。


 「よーし、よーし、どーう、どーう」


 エドゥが赤ん坊をあやすように馬たちを迎える。

 黒いヤツや赤っぽい茶色のヤツや、色々いるようだ。

 この馬たちが特別なのだろうか?


 「ほれっ、ほれっ」


 エドゥが愉快なかけ声で周りの馬を除けると、一群の中央から立派な、灰色の毛並みをした雌馬が現れた。

 しかし、エドゥはその灰色の雌馬に隠れるようにいた純白の子馬を連れて出てきた。灰色はこの子の母親なのだろうか。


 「こいつじゃ」


 その子馬はまだ人が怖いのか、それとも人見知りなのか、ウーナたちに近づこうとしない。


 「ウーナ、何かを感じないか?」


 父にそう言われ、娘もその馬の特性に気付いた。

 ウーナに似ている。

 清廉で純粋な魔力の波動。それは魂が似通っている証拠なのだ。

 ウーナは白の子馬に近づいた。

 子馬は最初後ずさるような気配を見せたが、子馬もウーナの特別(・・)に気付いたのだろう。興味を持ったように首を伸ばした。


 「名前は何というんです?」


 ウーナが子馬の目を見ながら言った。


 「名はまだない。そうじゃな、ウーナが決めてみるか?」

 「良いのですか?」


 それにはジュディカエルが優しい目線をウーナに送りながら答えた。


 「もしかしたら、その馬は将来ウーナのものになるかもしれない。お前が決めるのもいいんじゃないか」


 この馬が、わたしのものに。

 ウーナは子馬のたてがみを撫でながらしばし考えた。


 「そうね、では、アンヴァル! あなたはアンヴァルよ!」


 ウーナが呼びかけると子馬アンヴァルは喜んだように、ウーナの周りをトテトテと歩いた。




       **********




 それからしばらくアンヴァルと戯れたり、最強の剣士とはいかなるものかなど大人たちと語り合ったり、ウーナはゆるりと時間を過ごした。

 他の馬の背に乗せてもらったりもした。

 馬に乗ったのは小さいころアルフォンの実家で乗せてもらって以来だ。

 あの頃は父上にのせてもらったっけ。

 そんなことを思っていた時だった。

 ヒューン!

 細い何かが空気を切り裂くような音が原っぱに響いた。

 大鷹だ。

 南の空から一羽の大鷹が飛んできたのだ。

 馬たちが怖がって、中には暴れだしそうな馬もいた。


 「どう、どう。大丈夫(ダイジョーブ)だ、大丈夫(ダイジョーブ)


 エドゥが馬たちを(なだ)める。

 ジュディカエルはその大鷹を厳しい目で見つめていた。

 すると大鷹はジュディカエルの上に降りてきた。

 ジュディカエルが鷹が止まりやすいように片腕を上げると、そこに大鷹が止まった。

 馬たちも人間たちも大鷹と大男を見守っている。

 この大鷹は足に手紙をつけていた。

 肩に登ってきた大鷹をよしよしと撫でながらジュディカエルが手紙に目を通す。

 すると騎士団長は瞑目して言った。



 「戦争だ」



 男たちの目が鋭くなった。

 その言葉、そのフレーズだけで心臓がドクンと脈打つようなものがある。


 「コーンウォールがマーシアから宣戦布告を受けた」


 ウーナは、緊張で全身の筋肉が固まった気がした。

 カッと目を見開いたジュディカエルが叫ぶ。


 「お前たち! 支度をしろ! 明朝、ディナス・ファラオンを発つ!」


 とうとう恐れていたことが起きたのだ。

 南。ブリストル海峡を越えた先にウーナの初めての戦場がある。


次回、10月28日です。


西暦700年頃のコーンウォールは実際には「ドゥムノニア」と呼ばれていたようです。でも、コーンウォールって響きを気に入っているので、作中ではブリテン島南西のあの地域は「コーンウォール」で行きたいと思います。


11月8日

エドゥ爺の発言

「ただ水の魔力は浄化の魔力。いずれその純粋さしかなし得ないことが現れるやもしれぬな」

を加筆しました。

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