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08-ファンタジー時空SF仕立て

 それから。

 僕の質問を全て無視して、最後に「ここはあなたの部屋として使っていいわ」と言い残し、マリアは部屋を出ていった。

 現世への帰還能力。

 失われた。

 要するに、もう帰れないということ。

 へーそうなんだー。


「ちょっ、待てよ!」


 モノマネ芸人のごとくベッドから出てマリアを追う。基本的に流される質の僕だけど、今のはさすがに聞き流せない。

 廊下に出て、マリアの肩を掴もうとした。


「触らないで!」


 手を叩かれる。行為自体よりもマリアが声を荒げたことに驚く。根拠もなにも無いのだけど、なんとなくそういうものとは無縁であるような気がしていた。


「……何かしら?」

「何じゃねえよ。帰還能力を失ったってどういう意味だよ」

「ええ。ここは閉じた空間。そうなる前に必要なものは溜め込んだわ。それが今朝の朝礼の議題。忘れ物は無いか」


 閉じた空間? 異次元空間的なことか?


「僕はそんなの聞いてない」

「言ってないもの」


 悪びれる様子も無い。

 意味わかんね。


「男に時間を与えたら、何をするかわかったものではないから」

「…………」


 絶句する。あーとかうーとか唸って、自分の頭を殴る。ケミカルに怒りを噛み殺した。

 ここは異次元空間で、帰る手段はもうないと、こういうことか。馬鹿げてると一笑に付すのが正解だろう。でも、あのオーバーテクノロジーを見た後だから、それが嘘だと思えない。戻ることは不可能なのだろう。

 一生帰れないって。

 僕の生活どうなんのよ。残してきたものがいっぱいあるぞ。

 ええと、公園におきっぱなしの原付とか。あと、ペットのドラちゃんとか。図書館で借りた本とか。

 続き読みたい漫画とかいっぱいあるし。

 ええっと、あとは無いか。


「僕が世話しないと僕の大事なセナちゃんが死んでしまうんだぞ!」

「ペットか何か?」

「鉢植えだ。毎日話しかけないと寂しがる」

「……根暗なの?」

「ぶっ殺すぞテメエうちのドラちゃんバカにすんじゃねえ写メ見っかコラ」

「セナちゃんじゃなかったの? 鉢植えじゃなくてあなたをバカにしたのよ」

「ならいい」


 よくねえか。

 ああ、僕の愛しいドラちゃんとセナちゃん。普通のドラセナとミリオンバンブーで2ついるのだ。そのうち枯れてしまうだろう。世話をする人がいないのだから。

 何の覚悟もさせずに家族と引き離すなんてひどいやつだ。

 あんまりだ。


「初めからそのつもりだったのか?」

「どのつもり?」

「僕を引き入れて、説明もせずに閉じ込めるつもりだったのか?」

「ええ。あなた以外の全員が了承済みよ」


 全員グルで僕を騙したのか、それとも今日から帰れないことを知っていただけなのか。

 多分、後者な気がした。


「説明を要求する」

「何について?」

「全部だ」


 わからないことだらけで、何がわからないのかわからない。どうせ何も教えちゃくれないが、聞かれなかったからと言われるのはもう御免だ。


「説明は、あるわ。だから、それまで待っていて」

「いや、今……」

「待っていなさい」

「……はい」


 こいつの説明通りだとしたら、逆らうだけ無駄なのだろう。

 言葉に強さがなくなっていた。


「信用しろとは言わない。でも、待って」


 マリアは言い残して部屋を出た。僕は呆然と見送るしかなかった。




 部屋がなんとも華美で落ち着かない。ゴテゴテしたベッドに、ソファと机、事務机。窓からは空と一面の森が見えるが、どこに続いているのだろうか。タンスには僕のサイズの着替えが詰まっていた。トイレ風呂完備。風呂はファンタジーでお姫様が入っているような猫足のバスタブで、石鹸やシャンプーも多数配備されている。カミソリや歯ブラシ、タオルはもちろん、バスローブまであった。


 怖いくらいに整っている。


 ところで僕の部屋には鍵が付いていない。鍵穴はあるからどの部屋もって訳じゃないと思うのだけど、内側からも鍵を使わなければ施錠できない型のようで、僕はその鍵を渡されていない。チェックした時に気付いてはいたのだけど、別に泥棒なんているはずもないので気にしてはいなかった。僕の私物なんて呼べる物は来た時に着ていた制服と、ポケットに入っていた財布と原付の鍵、それに携帯電話くらいしかないのだ。


 携帯電話は当たり前に圏外で使えないのだけど、元々誰からもかかってこないから関係なかった。メモ帳兼カメラ兼時計にはなると思っていたら、充電器が無いことに気付いた。電池は既にレッドゾーン。もう駄目だ。

 電源を切って枕元に放ると、腕を枕にして寝転ぶ。腹立たしいくらいにフカフカの布団。つるりとした肌触りの良いシーツに、頭に密着する枕。寝具の質はきっと良いのだろうけど、清潔感も過ぎれば煩わしい。折りたたんだ座布団や小汚い毛布に自分の匂いが染み付いたくらいのほうがぐっすり眠れる。


 というかこのシーツとかタオルとか、誰がいつの間に変えているのだろう。誰かが掃除しているふうでもないのに、出掛けて帰ってくると綺麗に整えられている。これでは匂いが染み付くこともない。


 この城、なんなんだ? どうして僕はここにいるのだろう。マリアは何かをやっているんだ。その何かを知るにはどうすればいいのか。

 知る必要があるのだろうか? 僕は何もしないことを条件にここへ来た。探るのは約束破りだ。


 何もしないというのは、要するに女の子達に手を出さないって意味なんじゃなかったか? この城は未知の技術で満ちている。探らないでいるなんて、胃に穴が開いてしまうんじゃないか。

 それに、あいつは僕をだました。


 言い訳を積み重ねた末の結論としては。

 この城の中だけでも探ることに、些かの躊躇もなかった。





 どうやらこの城は三階建てで、一階と二階は居住区になっている。玉座の間は一階にあって、他には食堂や倉庫があるようだ。飯は大きなホールで食った。一人寂しく。自販機みたい機械にたくさんのボタンがあって、押すとクリームパスタとサラダが出てきた。味はまあ普通だった。二階はみんなの寝室がある。三階には三つの大きな部屋しかなく、その全てが施錠されていた。一階二階は人の出入りが多い。三階に行く人も見掛けるのだけど、比較にならないくらい少なかった。


 まず怪しいとしたら最上階だ。マリアもそこらへんは注意しているだろうし、不用意に扉を開きはしないだろう。一時間ほど観察していたが、その間に出入りはなかった。僕はとりあえず自分の部屋に戻る。


 最初に調べる場所として最上階は駄目だ。全ての、つっても三つしかないけど、全ての扉に鍵が掛かっているし、うち一つからは確かに人の気配がするのだけど、誰の出入りも無い。何かやっているのは確かだ。僕だけ締め出してパーティーでもやってるのか? 女子同士による酒池肉林な……よし、中を確認することが目的だ。最優先だ。ふんふんと鼻息も荒く僕は行く。


 僕が接触できそうなのは、マリアをいれても三人しかいない。マリアと五十鈴と春。他は接点が無い。一番チョロいのは春だろうな。でも泣かせてしまった理由がわからないのでなんか怖い。泣いた理由を訊くってことで口実は作りやすいけど。


 となると、残るはマリアと五十鈴。五十鈴は手強い。僕と楽しく会話ができるくらいだ。ルール内のことなら融通はきいてくれるだろうけど、ルール違反に利用するのは難しい。あとはマリアだ。


 マリアの頭は悪くないが、意思は弱い。だからこそ偉そうに振る舞っている。あいつの感情は一番わかりやすい。責任感が強いから、弱いくせに強く見せようとする。穴だらけの身体を触らせないようにしている。最初に触れるまでは面倒だけど、触れてしまえばあとは楽だ。責任者だからこそ、握る情報も多いはず。


 決定。五十鈴だ。

 間違ってないよん。




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