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07-電紙

 五十鈴が春を連れてどこかへ行き、マリアと二人、部屋に残される。冷たい目は物理的な圧力すら持っているように僕に刺さった。


「春に何をしたの?」

「話をしただけだ」

「何故泣いていたの?」

「僕にもわからん」


 実際、わからん。泣く要素があったようには思えない。知らない内に彼女のトラウマスイッチでも踏んでいたのだろうか。きみのはどこにあるんだろー。


「傷付けるようなこと言ったんじゃないでしょうね」

「わからんよ。直前までは楽しく話してたんだけどね、ドMについて」

「……まあいいわ。あんな真似をしておきながら、わざわざすぐに泣かせるようなことをするとは思えないし」


 それ正解。

 身体を張って信用を得てからすぐに裏切るとか、馬鹿かと。いや馬鹿だけどさ。


「朝のこと。もうあんな真似はしないでちょうだい。段取りが台無しだわ」

「ういさー」


 あんなのどうせ最初だけだ。継続してたら頭が割れる。


「さ、て。とりあえず用事を済ませるわ」

「あいさー」


 マリアが右手の人差し指と親指を広げ、顔の前で動かした。指の軌道に合わせ、薄い膜が現れる。それはパソコンのディスプレイのように、一定のフォントで次々と文字が浮かんでいた。そして何より、浮いている。よく僕がなっている状態の話ではなく、物理的に。


「すげえ、なにそれ」

「電紙、というらしいわ。実体の無いパソコンみたいなものよ」

「らしいって」

「私もよく知らないのよ。口開けて」

「なにすんの?」

「開けなさい」

「あい」


 口を開けた。金属のヘラみたいなものを突っ込まれる。それは頬の裏側を引っ掻いていった。地味に痛い。マリアはヘラを正方形の箱に差し込む。


「なにしてんのそれ」

「検査と登録。遺伝子の」

「なんだと……」


 電紙とやらに文字が流れる。アルファベットに数字に日本語、記号まで入り混じった文字列が流れていく。

 結構な時間を掛けてから文字列は途切れ、画面が切り変わった。


「遺伝的な疾患は無し。肉体的な不調は無し。血液型はO+。血圧正常値、ストレス率正常値、っと。健康ね」

「健康診断? そんなちっさい箱で?」

「健康診断よりも詳しくて正確よ」

「それがあれば、外でも働かないで食っていけそうだけど」


 電紙といい携帯人間ドッグといい、そもそもこの城といい、なんなんだこれ。

 技術を売ってもいいし、特許でもいい。それか、人間ドッグを開業するか。あれは金になると聞いたことがある。


「ここからは何も持ち出せないのよ。それに、あっちにはウジャウジャ男がいるわ」


 なんだ無理なのか。せっかく不労収入の当てが出来たかと思ったのに。

 それにしても、持ち出せないとはどういう意味だ? ここで服を着てワープすると全裸になるってか。超見てえ。靴下だけは持ってきたものを用意せねば。


「次に登録。指を出して」

「ほい」

「この四角いところに触れて」

「ほいな」


 電紙の右側に四角いスペースがある。僕はそこに人差し指を乗せた。


「登録って、なんの?」

「参加者として登録するわ。本当は朝礼の時にするはずだったのだけど」

「はあ、それは申し訳なかとぅーや」

「もう離していいわよ」


 電紙には、僕の指紋の形が残っていた。


「どうすんのさ」

「これで登録完了の、はず」

「はずって」

「難しいのよ、これ」


 なにやらぐりぐりと操作をしている。傍目にはテレビの録画予約にでも悪戦苦闘しているようにしか見えない。

 テレビあるのかな、この城。そう言えば今日は観たかった映画がロードショーするはずだ。


「よし。無事に完了したわ」


 マリアは電紙を僕に見せた。文字列の一番下に僕の名前がある。


「これで僕も参加者ってことでいいのか?」

「ええ。最初の男。そして、最後の男よ」

「最後?」


 まだわからんではないか。


「いいえ、最後よ」


 電子には、『実行しますか?』の文字がある。マリアは『はい』を押した。


「今この時をもって、現世への帰還能力は失われたわ」


 マリアは酷薄な笑みを浮かべた。

 それは下手糞な笑みだった。





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