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05-M

 床に転がり目を閉じる。寝るったって、携帯電話を信じるならまだ六時だ。早寝早起きにしたって限度がある。ちらっと見た感じ、五十鈴の部屋にはノートパソコンとか本とかがあった。持ち込んだものだろう。僕もそれくらい欲しいな。退屈だ。愚痴っても仕方ないので、とりあえず考えることにする。


 わからないことが多すぎた。この城はどこにあるのか。近隣の住民は? 土地の権利者はいるだろう。食糧は? 暮らすったって、生活必需品はどうする。女しかいないってマジかよ。僕がいなきゃいけない理由は?

 わからない。が、説明はあるはずだ。考えるのはそれからでもいいだろう。考えたってわかるわけがないのだ。情報が足りなすぎる。寝よう。目を閉じた。


 時折、部屋の前を誰かが通る。僕がここにいるのを知っているのだ。少し歩調を弱めては、油みたいなねばつく気配を残す。

 ちょっとハーレム気分だったが、一気に醒めた。歓迎されていないのはわかっていたけど、どれだけ警戒されているのやら。

 意識すれば眠ることはできる。電球のスイッチみたいに、僕は意識の電源を切った。




 翌朝。朝?

 ノックの音に気付き、僕は意識を向けた。


「ヘロー、ヘロー。もしもし、ご機嫌いかがです?」

「オー、イエスマム」


 五十鈴が返事を待たずに扉を開けていた。薄暗い階段下の物置に光が差す。


「朝礼の時間さね。それが終わったら朝食だよ」

「オーライベイビー」


 のそのそと立ち上がる。狭い場所で寝ていたせいか、どうにも身体の挙動が鈍い。関節がびきびきと音を立てる。


「ハキハキ動く!」

「サーイエッサー」


 無理してハキハキ動く。まず洗面所まで引っ張られた。顔を洗う。備え付けのタオルで拭いた。新品の歯ブラシを渡され、ガシガシと粉もつけずに磨く。


「目ぇ覚めた? んだば行くでよ」

「アイサー、マム」


 敬礼し、ついていく。サーなのかマムなのか。いやマムだけどさ。手を前に出してゾンビのように歩いてみたが気付いてもらえなかったのでやめた。実に無駄の無いきびきびとした動作で横に並ぶ。無駄のなさには定評があるのだ。


「朝礼とはなんでありますか、サー」

「定例会みたいなもんだよ。一日に一度、決まったことをするのは、最低限文化的な生活に必要なのであるのさ」

「なのであるますか」

「あるますのだよ」


 笑う。いやあ、なんて意味も無く楽しい会話。


「きみのお披露目も兼ねてるからね。ほら、寝癖。直して」


 ひょいと手を伸ばし、僕の髪を鋤く。風呂入ってないけどいいのかな。昨日は熱かったし、天然のワックスがついてるぜ。


「おっけー。ヒゲは……ないね。目やにもなし」

「あのあの、異性の髪の毛を触るのはオーケーのサインだと聞いたことがあるます!」

「迷信だ! 可及的速やかに忘却しろ!」

「忘れました! 他にはどんなサインがあるますか、サー!」

「無い! サインを感じ取るのが男の甲斐性だ!」

「無理であるます!」

「って、きみねえ……」


 呆れたようにこめかみを押さえる。さっきまでノリノリだったくせに。


「いい? あたしはいいけど、他の子にそんなこと言っちゃダメだかんね」

「やだなあ。僕が誰にでもそんなことを言う男に見えるのかい?」


 ウインクをしてニヒルに笑う。ニヒルってどういう意味だっけ。


「色男みたいな台詞だね。愛してるとかならキマるんだけど、下ネタじゃいかんよ」

「あ、はい」

「ん、わかればよし。じゃあ行くよ」


 いつの間にか、昨日の玉座の間についていた。五十鈴が扉を開け、僕も続く。

 そこにはたくさんの女子がいた。30人ってとこか。年齢は近いが、全員私服なので修学旅行の朝みたいな妙な感じ。僕は常時保健の先生といて遠くから見ていたからわかる。

 人垣の向こうでマリアが玉座にいるのが見える。脚を組んだ無駄に偉そうな座り方。


「及月クヂオ」


 妙に重々しく、低い声音。似合わない。マリアが僕を呼ぶと女の子の群れは二つに割れ、玉座までの道を作った。

 僕はまっすぐそっちに向かう。

 わーい、女体ロードやー。駆け抜ける。世界がスローに見えた。この時の僕はアイドルのように女に囲まれていた。


「みんな、紹介するわ。及月クヂオ。見ての通り男だわ」


 マリアが言うと、たくさんの視線、都合六十を越える瞳が、僕の全身を嘗め回す。ん、それって素敵じゃないか。


「挨拶」

「あ、はい」


 咳払いを一つ。視線が刺さる。


「えー、只今ご紹介に預かりました、及月クヂオです。不束者ではございますが、皆様におかれましては。末永くご指導ご鞭撻いただければ幸いに存じます」


 見れば、ほとんどがポカンとした様子で僕を見ている。

 いかん、これじゃ政治家だ。

 気を取り直して、まずは食いつきそうなところ。それから、平和主義者アピールして、ええと、そんくらいか。


「えっと、及月クヂオです。十六歳のO型で、誕生日は一月一日。好きな鳩はシラコバトで、嫌いなものは凶器です」


 ペコリと頭を下げると、まばらな拍手が巻き起こる。

 せつねー。

 平和主義者アピール失敗。


「見ての通り」


 マリアが繋ぐ。


「あまり頭は良くない。身体も小さくて貧弱。平日の昼間に公園で寝転がっていたわ。適当に捕まえたにしては、大体みんなの希望通りの人材だと思うのだけど」


 頭は悪いけどさ。そこまで小さくねえやい。

 つうか捕まえたって。


「これが嫌だと言う人は、挙手を」


 顔を見合わせ、そこここで小さく話し合っている。

 手は挙がらない。


「では、及月クヂオを……ん」


 何かに気付いたように言葉を切った。僕はマリアの視線を辿る。

 見落としてしまいそうなくらいの、小さな挙手があった。


「春。それは挙手しているのかしら?」

「っ!」


 しゃっくりのような返事。感じられるのは、怯え。

 小さな、年齢的にじゃなくて体格的に小さな子だ。痩せぎすで、少し骨っぽい。服装や髪型は判で押したような女の子なのだけど、どこかちぐはぐな印象を受ける。なんだろ、少し僕っぽい。最低に失礼な感想じゃないかこれは。


「どうしても、ですか」

「何が? こういう場での発言は、もっと主旨をわかりやすくして」

「……どうしても、男の人がいなくちゃ駄目なんですか?」

「伝えたでしょう。どうしても必要なの」

「なら、その……仕方ないです」


 目が合うと即座に、庇うように頭を抱えた。ヒッと息を飲む声。


「ごめんなさい、ごめんなさい、あなたに問題があるからとかじゃないです私の我が儘なんです嘘です」

「いや、別にいいんだけどね」


 ええと、笑顔笑顔。


「ヒッ……」


 僕の弥勒菩薩もビックリなアルカイックスマイルをちらりと見て、異常な怯えを見せた。

 不愉快だ、とは思わない。あまりにブサメンすぎたから、ではないだろう。さすがに。なんとなくわかっていたけれど、『男がいない』の方向性が見えた。僕の体格や性質、それに駄目人間。


 なにかをやらかそうとしても、何もできない状況。

 野心なんて、別に無いのだけどねえ。


「んー……」


 こりゃ重症だ。立場が危うい。

 少し考えて、壁まで歩く。皆が視線で追ってくる。春もちらりと見ていることを確認。マリアが怪訝な視線を向ける。


「何をする気?」

「僕はさ、基本的に口先だけなんだ。だから、わざわざ他人に何かをするのが好きじゃないんすわ」

「それで?」


 笑顔を作る。少しの緊張。心臓がばっくんばっくん音を立てた。息を吐いて、大きく頭を振りかぶる。


「てゃ!」


 ゴっと重い音がして、視界に火花が飛んだ。鼻にツンとした痛み。首がばね仕掛けになったみたいに頭が回った。床に倒れる。大の字になった。目に赤い物が落ちてくる。しみる。いてえ。


 後れ馳せながら悲鳴が聞こえた。


 世界が回る。動かしてないのに、首をぐるぐる回しているようだった。数人の女の子が駆け寄ってくる。頭上の子のスカートの中が見えた。視線を動かす。中にはズボンの子もいたし長さと角度的に見えない子もいたが、スカートの中が見放題だった。つまりここが天国。ああ遥かなるパライソ。


 ふおお。

 意識が飛びそうになるのを根性で堪える。


「それで、これは何の真似?」


 マリアが腰に手を当て、僕を見下ろしていた。僕が見下ろし返すと、やはりスカートの中が見えている。


 三角形に顔を覗かせる、ツヤツヤした光沢のあるピンク色の生地に黒いフリルのついた下着。何製なのかもわからない。絹や綿ではなさそうだ。ひょっとすると原料は石油なのではないか。何万年も蓄積されたプランクトンを下着として纏うなんてどこか背徳的だ。僕の死後に誰か僕の身体を原料とした下着を使ってくれないかな。それは煙や土になるよりも間違いなく幸せだ。そんな物より脚だ。すらりと長いが、肉付きが悪いということもない。太股に筋肉の筋が走る。案外鍛えているのだろうか。それにしたって柔らかそうな曲線。脚線。固さと柔らかさ、一見矛盾する要素を兼ね備えているではないか。その大元はきっと骨格だ。しなやかな骨を持っているんだ。それは弄りようのない、持って生まれた才能の一種だ。美だ。脚線美がここにある。素晴らしい物だ。普段は見えない場所に隠れていることが冒涜的であるとすら思える。世の人々はどうも勘違いをしているのだけど、こういう綺麗なものは必ずしも生足である必要はない。スカートではなく、脚のラインが見えるピッタリとしたズボンのほうが似合うのではないか。いや、隠されているからこその趣というものもある。そうだ、スパッツもいい。悩ましい。どれも等しく素晴らしい物だ。あひん、痛い。


 ここまで約一秒。


 目を閉じ思い浮かべて脳裏に焼き付けたことを確認し、僕は口を開く。


「Mアピール?」

「……馬鹿なの?」

「あ、飛ぶー……」


 くるんと眼球が回る感覚があった。がくがくと目蓋が暴れる。

 そこから先は覚えていない。




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