04-部屋
「とにかく、今はここの生活に馴れて」
「馴れろと言われましても」
「話は終わり。部屋は用意してある。五十鈴、あとは任せるわ」
マリアは玉座から立ち上がって部屋を出る。まるで逃げるようだった。入れ替わりに一人の少女が入ってきた。どこにでもいそうな女子。ショートの髪が割りと可愛い。僕と同じくらいの背丈で、Tシャツに短パン。じろじろと僕を見る。
「ほう、きみが」
「へ?」
「唯一の男かい。見た目はまあまあかな。ちみっこいけど」
変なしゃべり方。どんなキャラ付けなのだろう。
「はあ、そうすか」
「あたしは渦潮五十鈴。一応きみの世話係兼対処係だよ」
「僕は及月クヂオ。一応ここで唯一の男らしいよ」
「ぬはは。きみの部屋はこっちだよ」
廊下に出る。黙ってついていく。
「きみ、学生?」
「一応」
「どこ中?」
「いや、高校生だけど」
「まじかよ」
「まじだよ」
「彼女いる?」
「今んとこいらない」
「わはは」
「彼氏いる?」
「とりあえずいらないかなー」
マリアの話から住民はどんな男嫌いなのかと思いきや、意外と普通に会話できる。歩きながらの雑談は思いのほか盛り上がり、少しだけ元気になった。
長い廊下。ホテルみたいだ。時折すれ違う人が、僕を見て嫌な顔をしたり、複数の場合はヒソヒソ話をしていた。
五十鈴は苦笑する。
「気にしないで。って言っても無理だろうけどさ」
「んー?」
「まだ慣れてないだけだから。許してあげてねん」
「気にはなるけど、別に嫌じゃないよ」
「そかそか」
事情は把握している。男がいないってことは。
あまり、いい意味でないのは確かだ。
駄弁りながら廊下を進む。どこまで行っても絨毯が敷かれていた。所々にある扉は重厚かつ煌びやかで、調度品も豪華極まりない。極まりないが、趣味がいいとは思わない。あまりに華美だ。
階段がある。手摺りが金色で、豪華というよりも豪奢だった。
五十鈴はそこで立ち止まる。
「ここだよ」
「ん?」
「きみの部屋」
手の向いた方を見る。階段があり、その下には小さな扉がついていた。
示したのは、階段の下に設えられた物置だった。
「僕はどこの壺職人だよ!」
「急げ壺職人?」
「やかましい。いいから僕の部屋に案内しなさい」
まったく冗談が好きなんだから。
…………。
五十鈴を見る。何か? という様子で小首を傾げた。
「え、ここ、僕の部屋?」
「そうそう」
「冗談とかじゃなくて?」
「冗談とかじゃなくて」
「冗談じゃないよ」
「冗談じゃないってば」
うそやん。
だってこれ、物置じゃん。
「じゃあね。何かあったら呼んで。階段上がった一番手前の部屋にいるから」
くるりと踵を返して、立ち止まる。
「あ、そうそう。忘れないでね」
「何を」
「きみは何もしない。それが約束だよ」
五十鈴はそれだけ言うと、とっとと階段を上がっていった。残された僕は廊下に立ち尽くす。
「うそーん……」
呟いてみても反応はない。しょうがないから物置のような部屋に入る。さすがに掃除用具が詰まっているようなことはなかったが、狭い。布団が敷かれ、裸電球が一つぶら下がっていた。電気通っているのか怪しかったけど、電気のツマミを捻れば点灯した。発電機がどこかにあるのだろうか。
とりあえず布団に入ってみる。
傾斜のついた天井にぶら下がる電球は手を伸ばせば届く位置にあり、どうにも明るすぎた。容赦のない眩しさっつうか熱いわコレ。近すぎて熱い。
この物置のどこにでも、寝転がったまま手が届く。大の字になることがまず不可能だった。
「待遇の改善を要求する」
階段を駆け上がり一番近い部屋をノックして開口一番そう言うと、五十鈴はすっと目を細めた。さっそく寝入り端だったのか、少し不機嫌な表情。内装が少し見える。うわ、天蓋付きのでかいベッド。僕の部屋が素泊まり二千円くらいなら、この部屋は2食付き八万円くらいだ。
「気に入らないかな」
「気に入るもなにも、あれ物置じゃないか。僕はペットじゃねーんだぞぉ」
ぷりぷりと怒ってみせる。我ながら気持ち悪い。
「失敬な。ペットなら外か、部屋で一緒に暮らすさね」
ぷりぷりとわざとらしく怒る。僕と違って可愛い。ずるい。
「この国はマリアちゃんだけ特別で、あとはみんな平等ってのが理念の一つだから」
「僕は?」
「きみは例外」
「差別だ!」
「その通り。何か問題が?」
「僕も平等にしろよぅ」
「あっはっは」
「笑うな!」
最初の要求は大きなほうが有利な譲歩を引き出せると本で読んだと誰かが言っていたとクラスメイトの友達が言うのを午睡の夢で聞いた気がした。もちろん嘘だ。友達などいない。
「まあ、どっちにしろ明日だよ。思いの丈をぶつけるがいいのさ」
「へーい……」
会議は明日。つまり、どのみち今日のところはこのままで我慢、か。
「ちょい待ち」
肩を落として階段を下りようとすると、五十鈴に手を掴まれる。うわーやらけー。
「なんじゃら」
「この部屋に泊まるなら、別にいいよ」
「なんですと」
「あたしは気にしないし。何もしないって約束だしね」
思わずルパンザサーのように飛び掛ろうとして、ふと思った。
試されている、のだろうか。
多分五十鈴は、この国の中では男慣れしている部類なのだろう。いやまあ、男に抵抗が無いという意味でね。だから僕の世話役なのだ。
「で、どうする?」
「いやまあ、やめときます」
何もしない自信が無い。微塵もない。
「そ。じゃ、おやすみ」
扉が閉まる。僕は大人しく、階段下の物置に戻った。