03-アマゾネスの国
意外に思われるかもしれませんが、僕はこれでもそれなりに、我が人生を謳歌しています。ゆったりと空を眺めている時や、川辺で魚の跳ねる音に少し驚いた時。レンジでチンしたパスタが値段の割に美味しかった時や、子供が奇声を上げて走り回る姿を見た時。
ささやかな、でも大切な、とても意味のある時間。
同時に、その全てが一瞬で消え去る姿を想像することもまた幸せで、表裏一体の出来事なのでした。
相対的に幸せだからといって、絶対的に不幸ではないとは言えないのさ。ちゃんちゃん。だから僕はこう言います。
「マーヴェラス」
素晴らしい、みたいな意味の言葉だったはずだ。うろ覚え。
女だけの国。
世界に数ある理想の中でも、格段に古い部類のもの。
そんなものは国として成り立たないと少し考えれば解るのだけど、大発見時代の船乗りは本気で信じていたらしい。
アマゾネスの国、だったっけ。
世界のどこかにあるはずだという、頭の悪い男の妄想。少しの真実味も無いのに、それに騙されるアホは多い。嫌だわ、男っていつもそう。
「君達はあれかな、片方のおっぱいを抉りとる覚悟なのかな」
「なんでも下ネタにもっていくのはやめてくれない?」
マリアは不愉快を隠そうともしない。
アマゾネスは矢を番えるのに邪魔になる乳房を落とすと言われている。僕に言わせれば勿体無い、じゃなくて、そんなものが当時の男の理想になりえたという事が信じられない。男にとって理想の女を妄想するのは日常だが、片方のおっぱいを切り取られた女が理想だとは。上級者すぎてついていけない。
貧乳設定であれば万事解決なのに。
おっぱい星人は昔からいたということか。
「おっぱいって下品なものだったのか。それは知らなかった」
「これだから……」
これだから僕は嫌われる。
わかっちゃいるけどやめられねえのさ。
「女だけの国で思い浮かべるのは、まずアマゾネスっしょ」
「ええ、そうでしょうね。ここに弓矢は無いけれど」
マリアは老人みたいに息を吐いた。目蓋が動く。ぴくぴく。
「なんでまたそんな国を? 確かに女の子がいっぱいいたら、それって幸せだと思うけどさぁ」
それはゆるぎない正論だ。
誰だって幸せ。僕だって幸せ。なるほど、そんないい場所であれば男が居つかないはずがない。もちろん意図的に男を排除しているという設定なのだが、アマゾネスの国の住民は残虐でおっぱいを切り落としているというマイナス要素を付加することで、男がいない説明にしているのだ。
設定上可愛いとされる萌えキャラに彼氏がいない理由と同じ。暴力的であるとか、変わり者であるとか、排他的であるとか。なにか欠点があるほうが彼氏がいないことに納得できる。安心して萌えられるのだ。
「よくわからないけど、つまりどんな世界なのさ」
少し言い換えれば、それは男のいない世界。世界ったって、この、どこだかもわからない城の中の話だろう。女の集団のドロドロ具合は男の比じゃない。それとも男のいない場所では、女の子はそれなりに仲良くなれるのだろうか。
「戦争が無くならないのは何故だと思う?」
マリアが言う。質問に質問で返s以下略。
戦争ねえ。人間だからじゃねえの?
でも動物だって、餌場を巡って争ったりするのです。
「欲があるからかな」
「男がいるからよ」
断言する。いっそ気持ちいい。
男ねえ。人類の半分くらいは男のハズなのだけど。
「戦争は男が起こすのよ。そして、犠牲になるのはいつだって、女」
「そらおめえ、戦いの時に武器が重くて持てないとか、今日は生理だから無理とか言えねえでしょうよ」
「そうね。命を奪うのが男の仕事なら、命を創るのは女の仕事。これだけでも、女のほうが生産的だという証拠だわ」
あらまあ。
「だから男はいらないって?」
「男がいなければ、傷付く子もいない。女だけならうまくいく。男って馬鹿しかいないのだから。あなたみたいにね」
男がいなくちゃ子孫は残せねえよ。なんの恨みがあるのか。いやまあ、あるんだろうけど。
男として、ここは反論せざるを得ない。
「失礼な。確かに僕はバカだけどさ、世の中にはたくさん頭のいい男がいるよ!」
なんてこった。反論になってねえや。
マリアはそれでも、僕に言い聞かせるように言葉を返す。
「ええ、いるでしょうね。でも才能の話じゃないの。男だという時点で馬鹿なのよ。脳みそがどんなに優秀でも、下半身はまるっきり動物なんだから。この国はね、そんな男っていう生き物に嫌気がさした女の世界なの」
「オー、ノー」
困ったぞ、あんまり否定できない。
「そ、それはさ、女が生理の時にイライラするからって、女は常にイライラしてるって言ってるのと同じだよ。どうしようもないことなんだ」
「確かに、月に一度、二、三日くらいはそうなるかもしれないわね。でも男は常時じゃない」
「あうん」
駄目だ。マリアの固定観念を崩せる力が僕にはない。
EDならいいってのか。お前の理想の男はインポなのか。少女マンガの王子様みたいに。
エロに無関心な男は男じゃねえ!
あ、じゃあダメじゃん。男はみんなエロい。エロいのはダメ。イコール男はダメ。納得した。
「わかった。男は馬鹿だから、女だけの国を作る。それは理解したよ」
「それはとても嬉しいわ」
目を瞑ったまま答える。とても嬉しがっているようには見えない。
それなら。
「それなら、僕はどうしてここに連れて来られたんだ?」
僕を選んだわけでもないだろうけど。
男がいらない世界なら、僕だっていらないはず。
「駄目人間だから」
「ほわっつ?」
「駄目人間だからよ。昼間っからぷらぷらしてるような男なら、大それたことは考えないでしょう?」
まあ自覚はあるけども。
だって学校つまんねーもん。
「そういやそんなこと言ってたね。でも」
それは質問の意味が違う。どうして僕が? ではなく、どうして男を? だ。
「僕、男だよ」
「そうね。背が低くて童顔。無駄毛が薄くて男性ホルモン少なそう。それも理由の一つ」
「じゃなくてさ」
泣くぞおい。
わかっててはぐらかしている。隠し事は下手らしい。
「女だけの国に、どうして男である僕を招いたんだってこと?」
「必要だからよ」
ん、まあ。そうね。
男いないと一代で終わりだし。まさかのハーレム?
たぶん、良くて歩く雄しべ。
「必要だから、それだけよ。そういう条件なの。必要条件。忌々しいけれど、一人は男がいなければならないの」
「交尾に必要?」
「だから下ネタは」
「下ネタ違うし。まっじめえーな生物学的お話。交尾がないなら繁栄なんてできないっすよ。男と女が必要なことってほかにある?」
「アマゾネスは、時にはそこらで男を捕まえてきて、用が済んだら殺すこともあるっていうわね」
「ひい」
こーろーさーれーるうー。
「殺さないわよ。言ったでしょう? 必要なの。あなたが死んだら終わり。そういう条件なの」
「そのさ、条件ってなにさ」
「……私にもよくわからないわ。後でまた説明の機会がある。その時まで、それで納得しておきなさい」
「はい」
納得した。