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29-ダリラブ


 この世界のギャンブルはここで、一瞬にして進化を遂げた。今の技術で作れるとは限らないが、手本引きや丁半博打、トランプやルーレットみたいなアイディアも束にしてラマールに託す。いずれはこれを基にして、ギャンブルは発展していくだろう。

 プレハブみたいな簡素なものだが、大規模な賭場を設置し、地元民を中心にした従業員やノスの民の私兵を雇い、様々な種類のギャンブルを提供した。概ね、うまくいったと言って差し支えない。ウハウハ笑いながら楽しく金勘定をする毎日。


 なんて、調子に乗っていた時のことだ。

 ラマールがいなくなったのは。


「ラマールさんが行方不明なんです」


 接客担当として雇ったノスの報告に、僕は少し困惑した。

 ラマールの仕事は、雇った人員の管理、賭博の仕切りと倍率計算。それから、僕の教育を受けること。要するに全部だ。仕組みを教えることはともかく、組織運営までは僕の知ったことじゃない。めんどい……じゃなくて、僕はすぐいなくなるのでので丸投げして成長を促すのだ。


「来ないって、寝坊か何かじゃなくて?」

「と思って、従軍商人の組合に行ってみたのですが、昨日の夜から顔を出していないそうです。支配人といるものだと思っていたそうなんですが」


 ちなみに支配人とは僕のことだ。

 従軍商人は、名前の通り軍に引っ付いて商売をする人員である。兵は略奪などで潤っていて、またその財布の紐は緩い。未開の地に脚を踏み入れることで、新たな商売の機会をいち早く見つけることができる。危険はあるが、見返りも大きいのだ。

 無論、商人は軍隊ではないので、軍部の命令に従う必要はない。商人同士、組合を作って自衛をしている。


「そもそもアイツ何処に住んでるんだ?」

「さぁ……」


 この世界の認識などこんなものである。履歴書なんか存在しないからだ。

 ラマールは支配者側であるノスだから、そう危険な目に合っているとは思いにくいが、仕事に来ないのは困る。教えることは腐る程あるのだ。


「しゃーねぇな……」


 僕はいったん宿に戻ると、電紙を起動させた。ラマールを探すと、どうやら教会遠征軍の本部にいることがわかる。

 え、なんで?

 トラブルだろうか。ラマールはノスなので教会の管理下にあるから、病気で運び込まれたとか。もしくは、商売を成功させて今やそこそこ金を持っている部類に入るラマールに接触した? 僕を差し置いて?

 別に心配なわけじゃないが、種銭の半分強はあいつが管理しているのだ。ちなみに残りの半分は僕が管理している。別に信用してない。逃げたら処刑すればいいや。

 本部にいるってことなら、とりあえず犯罪に巻き込まれたって訳じゃないだろう。

 しかしあいつがいないと仕事が回らないので、今日の賭場を開けない。連絡もせずにこちらを疎かにするなど、これはお仕置きだべェ。

 しゃーなし。迎えに行こう。

 歩き出しながら、そう考えた時。


「ふぐっ!?」


 街角で、僕の口に何かが食い込んだ。それは多分ヒモのようなもので、後ろからもたらされていた。あ、背中に胸の感触。僕よりも背が高いから、恐らく犯人はノス。

 この状況で暴れると、歯がダメージを受けると判断。寝る前たまに歯を磨かないという恐ろしい悪のエリートである僕は、良い子のそれよりも歯が弱いのだ。

 なんて言ってる場合じゃない。猿ぐつわ噛ませてからの殺害は勘弁だ。


「ふぁっふ(タップ)! ふぁっふ(タップ)!」


 声が出ない。ペチペチ手を叩いてみるが、もちろん通じない。背中が気持ちいい。

 なにやらゴソゴソと猿ぐつわを動かしたと思うと、腕が僕の首にまわる。つまりこれはあれか。締め技か。最初のヒモは大きな声を出せなくするためのもの? 無意味。最初から首絞めろよ。やだなあ。僕の人生ここで終了? 締め技は気持ちいいと聞いたことがあるけど背中の感触がそれの正体だとするなら相手に胸があることが前提でありむくつけき柔道男子では快感を得ることなど不可能いやデヴならばその条件も満たすのではないかと思うがいや有り得んティーなポルティカルパーイオーツのジャクソンファイブ(錯乱)。

 ケハッ。

 ストンとどこかに落ちる感覚があった。





 目を覚ますと見えたのは暗闇だ。

 喉から変な音がしたまではギリギリ覚えていて、僕は締め技の恐ろしさを体感した。なんだポルティカルパーイオーツって。オチる寸前の暴走した思考に突っ込んでも仕方ないんだけどさ。

 さて、まずはテンプレの確認だ。今の僕は床に転がされている。勢いをつければ身体を起こすことはできるが、手足は縛られていて動かない。なんの美学も無い乱暴な拘束だけど、そんな荒々しさも少し興奮する。うん、嫌いじゃないな。願わくは鬱血しないようにしてほしかった。手が痺れている。

 さてここはどこだろう。室内は真っ暗。ただ、湿度が高く暑苦しい。香辛料じみた匂いがして、倉庫か何かではないかと思われる。しばらくすると薄ぼんやりとした輪郭が掴めてきたが、それだけじゃ何があるかもわからん。

 両手が使えないので電紙は起動できないな。欠陥品じゃないか。元々手の無い人だっているのに。そんなのは予想してしかるべきだろう。顔も名前も知らない神様に悪態をついていると、ギィと音がして、光が刺さった。

 

 が、誰も入っては来ない。しばらく待つと、ほんの小さな人影が、恐る恐る差し出される。

 ピョコリと、顔の半分がこちらを見ていた。その顔に浮かぶのは、まるで寒さを堪えるような表情。ノスだ。


「誰?」


 誰何の声に、そのノスは背筋を伸ばし、歯を食いしばった。


「とっ……!」

「と?」

「とば、賭博という商売を考えたのはお、お前だな。おとっ、大人しくついてこい」


 あら、そこまで把握されてるのね。ラマール、裏切ったかな。


「とりあえず、暴れないから縄解いてよ」

「わ、わたしの権限では不可能だ」


 まぁ下っ端なのだろう。


「ふうん。まあいいや。それじゃ、行こうか」


 サスの手を借りて立ち上がり、ぴょんぴょん跳ねてついていく。

 案内されたのは、そこそこ大きなホールだった。こんな大きさの建物は街に一つしかない。元々はこの街の為政者が住んでいた場所だ。

 中にいたのは、ずらり居並ぶノスの群れ。着ている服の装飾からして、教会のお偉方だろう。軍人らしき奴もいる。この場所において、教会と軍人はイコールだ。

 片隅に、ラマールを見つけた。売られたか? まあ、どっちでもいいや。


「さて、まずは非礼を詫びよう」


 中心の一人が言った。中年に差し掛かったくらいのノスだ。髪が長く、まあ美人と言っていいだろう。


「オイタティオ教会東方布教第三軍司令、ダリラブという。あなたの名前を伺っても?」


 クッソ長え役職だこと。

 名前……名前ね。

 あんまり名乗りたくないなぁ。


「名前の前にさ、縄解いて」

「ああ、失礼した。おい」


 傍らの兵士に言い、僕の縄を解く。えらく警戒されているようで、兵士の動きはぎこちなかった。

 手を振り回し、首を鳴らす。


「ふう、スッキリした。で、なんだっけ? 名前?」

「ああ」


 さて、どうすっかね。

 偽名でもいいんだけど、話の流れ次第で持っていきたい方向がある。


「詐話師、でいいかな」


 居並ぶ面々の顔面がⅩメンのア○スマンみてえな色になった。それぞれの表情は怒り、呆れ、畏れ、綯い交ぜの感情。


「それは……」


 教会の教祖と同じ偽名。なんとも僕にピッタリだと思っていたのだ。だまくらかすのは得意だし。


「……まあ、いいだろう。それで、詐話師」

「おうよ」

「賭博、と言ったかな。働かずに収入を得るというのは、教会としては推奨できない。即刻、中止してもらいたい」


 ぐえあ。

 まあそう来るよね。

 民間のギャンブルと施政者の相性はいつだって最悪だ。のめりこんで身を滅ぼすアホも多いし、元手も掛からないのに莫大な売り上げを誇るからだ。商売は回らず、胴元に金が溜まり続ける。すなわち、貨幣経済において力を持つということだ。だからこそ、公的機関以外が胴元をすることは違法とされる場合が多い。

 中止するのは、正直、かまわない。そのうち僕は城に帰るし、それまでの滞在費くらいはもう稼いである。

 ただ、気に入らない。


「それで、僕の代わりにあんたら……教会が胴元をやるってことかい?」

「……悪いようにはしない。あなたも、もう一人の、ああ、ラマールも、我々が雇おうじゃないか。名誉も与えよう」


 ダリラブは不敵に笑っている。返事はイエスか。この調子だとラマールも丸め込まれてるのかね。隅っこでバツが悪そうに立っている。

 名誉、ね。


「くっだんねえなあ」

「……なに?」


 尻馬に乗るだけの鈍重な組織が。

 自分で切り込んできたラマールのほうが、よっぽど上等だ。


「つまんねえよな、お宅ら。他人の作った物を利用するのは得意みたいだが、自分じゃ何も作らない。詐話師の作った教義に乗っかり、誰かの拓いた土地を切り取り、他の誰かの命を刈り取る。ほんと、笑っちゃうね」


 ああ、作った物もあるっけ。

 恨みとか、悲劇とか、そんなん。

 ダリラブは笑顔を崩さない。


「耳が痛いな。それで、あなたは何を作ったんだ? 賭博は、あなたが作ったものなのかい?」

「違うね。ギャンブルは借り物のアイディアだ。僕は利用しただけさ」

「それを誰が考え付いたのか、教えてくれないかな」


 僕がどこの誰かとか、訊かれなくてよかった。

 ふうむ。

 ギャンブルはこの世界に存在しなかったものだ。しかし、元居た地球では、はるか古代から世界中に存在していたものでもある。こんな簡単なことを、誰一人思いつかないほうが異常なのだ。

 取りも直さず、それは悪意を排除した世界に起因する。他者を貶めることを知らなかった世界では、生まれようがなかった概念だ。

 今、この世界には悪意がある。『相手を認めない』ことを知っている。僕が教えなくたって、きっと誰かが思いつく。

 僕はちょっとしか悪くない。


「何か、勘違いをしているようだけど」


 さあ、ここからが僕の真骨頂。

 だませ、誤魔化ごまかせ、うそぶけ、わらえ。

 いかにも愚鈍で蒙昧で、白痴のような僕だけど。地球で無価値な僕だけど。

 ここでは僕が価値を決める。

 僕が神で、お前は人だ。

 跪け。




間が開いてしまい申し訳ありません。

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