表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/30

02-ワープ

「約束、確認ね」


 マリアはしつこく念を押す。


「あなたには何もしないでいい生活を提供する。日常の範囲から外れることは何一つしないでいいわ。だから、あなたは何もしてはいけない。むしろ何かしたら、それなりのペナルティがあるわよ」

「それでいいよ。で、これ何の勧誘なの?」


 金は無い。家にも僕にも。むしろ安心。


「新しい世界」


 吹き出したいのを堪えて、僕は神妙な顔を作る。


「世界ぃ? きみってドヴォルザーク?」

「星、でもいいわ」


 爆笑したいのを堪えて、僕は怪訝な顔を作る。星だってさ。なにかの比喩的表現? それとも新一?


「あはは、バッカみてえ」

「納得しなさい」

「はい」


 納得した。

 新しい世界だか、星。イエー。素敵だね。

 せっかく納得したというのに、なぜだかマリアは眉をひそめた。


「では、行きましょう」

「どこへ?」

「私達の国へ」


 基地にでも連れていかれるのか。楽しそうではある。どこぞの金持ちにでも売られるのだろうか。それはそれでいいのかもしれない。相手を選ぶ権利さえあれば。無さそうだな。それとも国家転覆を企むテロリストだったりするのだろうか。


「今すぐ? ああ、じゃあすぐに荷物をまとめて来るよ」

「必要ないわ」


 マリアが僕に手を伸ばす。と思ったら躊躇するように一度引っ込め、それから意を決したように、僕の腕を掴んだ。


「どうしたの?」

「立って」

「なんでさ」

「立ちなさい」

「はい」


 立った。

 なんとなく気を付けの姿勢になる。背を反らして空を見る。


「目を閉じなさい」

「はい」


 目を閉じた。

 頭皮に日射しの暑さと、腕にマリアの手。

 風が吹いた気がした。頭皮から熱が消える。





 目を開けた。

 ばっちりと、目と目が合う。

 えらく目力の強いマリアの瞳。人の多い場所で全裸になった時みたいな視線を感じる。いい年こいて女湯に入った時よりも多い。


「質問です」

「何?」

「ナニコルレ!?」


 思わずいらないルが入る。

 眼前にあるのは壁だった。異様な偉容。煉瓦造りの壁。隅には尖塔。格子の嵌まった窓がちらほら。

 なんかとにかくでっけえの。

 端的に言えば洋風の城、だ。もしくはラブホ。


「ラブホ?」

「違うわ」


 振り向きもせず、マリアは城門をくぐる。確かに料金表は無い。駐車場も入り口の暖簾も、跳ね橋も堀も無い。城門の鉄柵の尖ったギザギザが、頭上で僕を威圧していた。恐る恐るついていく。


「ここが新しい世界よ」


 馬鹿げたことを、とは笑えない。


「今のなんすか。パネエっすね」


 思わず若者敬語になった。


「ワープ? ねえ今のワープ?」

「不快だから、その言葉遣いやめて」

「ってもマジパネエっすよコレマジベェわ。マジベェわ」

「やめなさい」

「はい」


 やめた。

 あれだと思考に言葉が追い付かない。何も考えないで喋れるのが利点。

 思考思考。


「さあ、行きましょう」


 くるりと僕に背を向けた。


「ちょま!」


 マリアはまず顔だけで振り向き、それからめんどくさそうに身体を向けた。


「何?」

「えと、疑問がとりあえず二つ。いい?」

「許可します。ただし手短に」

「一つ目は、ええと、どうやったの、今の?」

「今の、とは?」

「一瞬で移動、した?」

「ええ、そうね。したわ。方法の説明はしないけれど」


 考えられるのは、僕を何らかの方法で気絶させてここまで運んだか、もしくは本当にワープの類いか、だ。前者なら、もしかすると麻酔を使えば常識的に、じゃないか。現実的に説明できる。後者なら僕の知らない新技術が……思考破棄。もしそうなら考えるだけ無駄である。


「ああそう……それで二つ目は、ええと。ここ、どこ?」


 マリアの返事は、どうにも要領を得ないものだった。


「ここは私達の国よ」


 質問二つは、それで終わってしまった。

 どこかに向かって歩き出す。僕もとぼとぼと後に続いた。

 大きな観音開きの扉を開けて、城の内部に入り込む。足拭きマットを越えると、床には赤い絨毯が敷かれていた。ふと、誰かが僕を見ていることに気付く。廊下で何人かの女の子が僕の顔を見てヒソヒソ話をしていた。

 真っ直ぐ迷いなく進むマリアについていくと、広いホールに出た。そこには三段だけの階段があって、その上に一つの玉座があった。


 うわ、馬鹿だ。

 RPGの城みたい。

 何の躊躇もなく、マリアは玉座に座った。

 僕はポツンと、異邦人に相応しい位置に立つ。

 マリアは僕をじっと見て、小さく口を開いた。


「まずはようこそ。名前を教えてもらえるかしら?」

「フーテンの」

「真面目に」

「はい」


 真面目にする。

 ん? それって無理じゃないか?

 ええと、僕のプロフィールね。


「及月クヂオ。十六歳の高校二年生。趣味は」

「ようこそ、及月クヂオ。ここは」

「はい、質問」


 遮られ、仕返す。


「……許可します」


 元気よく背筋を伸ばして手を上げ言うと、マリアは鷹揚に頷いた。


「これ、ファンタジーか何か? 僕はファンタジーでメルヒイェンなワアールドゥにワープでもしたの?」


 中世欧州風の城といえば、つまりそういうイメージ。そうじゃなければゴシックホラー。

 化け物とか魔法使いとか出てきても、次は驚かない所存。


「いいえ、違うわ」


 命令する時以外、マリアの声はあくまで平坦だ。だいたいのキャラクターを把握すると、なんだか突然愛おしくなった。


「ここは城? 舞浜とラブホ以外で、日本にこんなの知らないよ」

「そこから離れて。不快だわ」

「いや外観の話であって別に」

「離れなさい」

「はい」


 ラブホから離れる。


「ええっと、それじゃあ、その、なんこれ? どこここ」


 疑問を一言で要約するとそうなった。しすぎた気がしなくもない。


「ここがどこか、という質問だけど、答えはわからない、よ」


 いきなりの頓挫。わからない? そんなことがあるのか? GPSでも使えばすぐにわかることだ。


「圏外よ」


 ポケットに手を突っ込んだ僕を見てマリアが言う。携帯確認。つながりやすさが売りの携帯だ。まさか圏外なんてことが、あった。


「この城に住むのは、あなたを入れて三十三人。全員が女の子よ。あなたは約束通り、誰に対しても何もしないこと」


 ああ、そういう意味か。

 てっきり、住人は欲しいが詮索は無用、という意味だと思ってた。


「つまるところ、女の子に手ぇ出すなってことでいいのかな」

「その通りよ。あなたは何もしない。それが約束」


 マリアはホームに帰って少し落ち着いたのだろうか、饒舌になっていた。

 だからだろうか、感じとる。さっきまでは感じなかったもの。

 足首にかけた一滴の香水みたいな、ほんの少しの敵意。いや、害意?

 初対面なのに、もう僕は彼女の敵になってしまったのか。


「その、この城について」

「うん」

「最初――うん、最初。最初にここに来た時から、ずっとあったわ」

「最初、ってーと?」

「もう二年前、ね。色々あって家出したんだけど。でも行く当てもなくて、公園の遊具の中で。冬だったから、寒くて震えてた。でね、気が付いたらここにいたわ」


 意味不明、故に訳不明。説明になんかなってねえ(ラップ調で)。

 ズンドコズンドコ。


「わたしは喜んだわ。きっと神様とかそういうのが助けてくれたんだって。ここは誰もいないし、食べ物もいっぱいあって、いつも清潔で、何故かわたしの着ていた服と同じものがたくさんあったわ。どこだかわからなかったけど、逃げ場所には最高だった。しばらくここで暮らしてたんだけど、ある日ベッドで眠っていたら、目を覚ました時、公園にいたわ。最初にここに来た時と同じ公園」


 夢でも見てた……わけじゃないだろう。

 非現実的なんて今更だ。現象は観測してしまえば事実でしかない。それを疑っても仕方ないのだ。


「時間はほとんど経過してなかった。夢だと思った。でも、ここに来たいと思ったら、また移動できた」

「だから、きみが主?」

「そう。だからその力で、いろんな人を助けようと決めた」


 思考回路ショートカット。泳ぐのが得意だからプロ棋士を目指そう。そんな説明。


「それでわたしは、現世……元いた世界で、家出した子とか探して、仲間に入れることにした。もちろん誰でもってわけじゃなくて、一緒にやっていけそうな子だけ」


 博愛かと思ったらそうでもなかった。取捨選択って怖いよね。自覚が無いのが最悪に近い。

 知らぬが華とかそういうことか。


「そんな具合に、この国では人を増やしていたの」

「アー、ソッスカ」


 今ので話が終わりだとしたら、結局何一つわからない。要するに、なんだ。このどこかすらわからない場所で、国を作ることが目的なのか。


「で」


 僕は鼻をふくらませてみた。


「なにしたいんすか、アンタ」

「世界作り」


 マリアが言って、それからにまりと笑った。それは茎を排除した切り花のような、不安で不安定な笑みだった。


「わたしはここで、理想の世界を作る。それだけよ」

「ア、ソッスカ」


 それきり言葉が続かない。マリアは見下ろし気味に目をすがめる。ゾクゾクする。


「……何か質問は?」

「ん?」

「無いの? ほら、聞きたいこととか。何でも答えるわ」

「ねッス」


 説明したがっているのが目に見えて、なんだか意地悪したくなる。


「……もう質問は無いの?」

「ウィッス。疲れたんでもう寝るッス」


 ジト目には気付かないフリで。


「じゃあ最後に、この国の理念について教えておくわね」


 あ、それでも語るんだ。

 めげない子。


「女の子だけの世界。それが、わたしの理想の世界よ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ