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22-神足る象徴


 それから僕は、アイキアを教育する工程に入る。

 僕の立てた作戦。その有効性は、元いた世界で実証済みだ。

 北の種族は何故侵略をするのか。僕が注目したのはそこだった。あいつらが声高に叫ぶ、「神の望むままに」という言葉。要するにあいつらの侵略行為は、信仰に依るところが大きい。

 オイタティオの教義で推奨されることは、全て神が望んだことだ。教義で禁じられていないことは、全て神に許されたことだ。神は言っている。信じ、祈れ。広がれ。


 教えを信じぬものは邪悪であって、やがて地獄に落ちるだろうと。

 異教徒、イコール、邪悪。

 邪悪、イコール、敵。

 敵、イコール、奪う、殺す。

 誰か、また、何かによる許可があれば、簡単にタガが外れる。

 なんて酷い。笑ってしまう程に、世界は同じ道を行く。

 だから、僕はこうするのだ。




「はい、今日はここまで」


 僕の声で、アイキアが筆記用具を置く。顔には疲労の色が濃いけれど、最初に比べれば格段に健康的だ。痩せ痩けていた頬は丸みを帯びて、少し朱が差す。スルメみたいに干からびていた肌はあの頃の潤いを取り戻し、パサパサだった髪も本来の艶を纏っていた。


「お疲れ様。何ページまで進んだ?」

「二十八……」

「遅い。暗記はできてるんだろうな」

「大体……」


 どういう原理なのかは全く分からないが、言葉は翻訳装置に頼ることができる。しかし、文字の翻訳は不可能だった。

 図書室からこっそり持ってきた本の内容を僕が読み、アイキアが現地の文字に起こす。文盲の可能性もあったが、住んでいた村では偉いさんの子だとかで、意外にも読み書き程度の教育を受けていたらしい。


「写すのはいいけど……ねえ、これ、本当なの?」


 アイキアは小学校で学ぶような内容の理科の本をひらひらさせた。天候の仕組みや植物の絵なんかが載っているものだ。


「神様の言うことを信じないのか?」

「そういうわけじゃ……」

「とにかく複写。それが一番記憶できる」


 ついでに後で役に立つ。

 アイキアは筆記用具を片付けると、ベッドに倒れ込む。


「飯は?」

「食う」


 僕の、元の世界の人が持つような知識をこいつに叩き込むのは、野性児に言葉を教えることに似ている。なにせ下地が無い。元いた世界では小学生でも知っているようなことを知らず、元いた世界で役に立たないどころか邪魔になることを知識として、当然の教養として身に付けている。


 部族特有の祭事の手順なんて文明社会では役に立たないのと同じように、幼稚な宗教観と道徳なんて、知識を身に付ける助けにはならない。

 信じなくても構わないのだ。知識として吸収するだけでいい。それで十分役に立つ。

 こっそりとマリアに見つからないよう、アイキアに知識を叩き込む。なんたって、僕のしていることはマリアの否定だ。あいつの描いた理想を、僕の理想で塗り潰す行為だ。

 だから何? って話なんだけどさ。あいつ、もう世界を放棄してるしな。

 なら、それなら。どうなったって構わないだろう?

 このまま気付かずに僕を放置するようならば。

 支配者は、僕だ。




 そうして、アイキアは受験勉強をする学生なんか目じゃない程に知識を吸収し、書き写した紙はうず高く積まれていった。僕はその紙に劣化を抑える加工を施していく。写し間違いを検査していたアイキアが、加工された紙を振った。


「ねえ、これはどういう意味?」

「どれだ? ……わからん」

「神なのに?」

「僕に任意の点Pがどんなやつかとか訊くんじゃない。たかしくんがどうして兄と一緒に家を出ないのかもだ」


 作者の気持ちなら任せろ。締め切りヤバい、だ。

 しかし、ここでは悲しいくらい文系学問が役に立たないな。

 このへんまで来るともう、僕にも理解はできない内容だった。それでも複写はやめさせない。


「ふう……」

「疲れたか? 寝るならその前に風呂行ってこい。くせえぞ」

「ああ……」


 嫌いじゃない。けっして嫌いじゃないのだ。汗の匂いや皮脂の匂い。ツンと香る中にある、仄かに甘い、動物的なあの匂い。何度でも嗅ぎたくなるほどに魅力的だけれど、だからこそマズい。例えば僕がアイキアに欲情したとしても、穴が無い。産道はあるが、そこは男を受け入れる形をしていない。


 僕の小さな彼が、天に還る時が来たとばかりに手を挙げた。

 アイキアが出たらとりあえず僕も風呂に入ろうと服を脱ぐ。そわそわ。

 そわっそわ。ポッケからサイコロを取り出し、手に持つ。

 電紙を起動。アイキアの故郷の服でも取り寄せようかしらん。今アイキアが着てるのは僕の服だし、どうせなら故郷の服を着せてみたい。

 検索しながら腰を前後に振る。

 ううむ。

 なかなかの開放感だけど、どうにも落ち着かない。とりあえず踊ろうか。

 スリラーのPVのごとく、右に行ったり左に行ったりしてみた。方向転換の度、太ももにビタンビタンと当たる。


 検索とか後回しだ。

 ホッハッホホハッ!

 はは、コレ楽しい。


「んちゃっちゃすりーらー! すりーらーなーい! ふっふんふっふ」


 そこだけしか歌詞がわからないのであとは鼻歌。

 リズムなんてものは無く、ダンスの作法なんか知りゃしない。

 しかしここには、本物のヴァイヴスがあるのだ。

 踊り踊る。

 撒き散らせ。


「何やってるんだ?」


 バスタオルを肩にかけたアイキアが踊る僕を見ていた。堂々たる立ち姿。呆れたような眼差し。くらくらする。


「ええっと、儀式」

「神の力はそういうことじゃないと教えてくれたのは、あなただろう?」


 アイキアの視線が、天を衝く僕の小さな彼を捉えた。


「それが、大きな種族の言う神の象徴か。やはり神なのだな」

「うむ」


 見られて恥ずかしいものではない。性別というものがないので、アイキアも隠すようなことはしない。


「触ってみてもいいか?」

「ええよ! ……はっ」


 頭で考えるよりも早く返事をしていた。

 アイキアは僕の前でしゃがみこみ、目線をソコに合わせる。


「うわ……」


 あ、ダメだこれ恥ずかしい。

 むんずと右手で鷲掴まれる。僕のファイアー・ビーが灯る。何を言っているのか自分でもわからん。


「……硬いような、でも柔らかさがある。それに、熱い」


 スンスンと匂いを嗅ぎながら、ぐにぐにと手を動かす。ぐにぐにと潰せ。あ、いやダメ困る。それ大事。

 ただ確かめるように触るだけ。それでも、自慰とはまるで違う快感があった。

 シチュエイションに酔うとはつまり、このようなことを言うのだ。


「これは玉、か? 外皮は柔らかい。中は何が……」


 左手が僕の生産工場を転がした時。

 濁流のカスピ海ヨーグルトが。

 比較的悪質なコンデンスミルクが。

 一斉に、出荷を待ちきれなくなった。


「あ」


 腰に衝動。ケツには熱情。威風堂々ヨーク侯。突撃を敢行する我が軍勢。

 ガチャリと音がして、扉が開いて。目を向けて。

 号令一下、彼の山の頂が吐き出したそれは、せめて重力に逆らうと、美しく空高く舞い上がり。


「なにを……しているの」


 アイキアの顔やら髪に着弾した。

 マリアの目は、およそ考えられる最悪の色を僕に向けていた。




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