20-挫折
管理室にはマリアしかいなかった。
マリアははしたなく頬杖をつき、電紙の画面を見ている。精根尽き果てたという表情で、まるでやる気が感じられない。
「マリア」
「んッ……ああ、何かしら?」
それでも外面は取り繕う。つくづく劇場型の典型だ。
「他の奴等は?」
「やる気が無いなら帰っていいと言ったら、全員帰ったわ」
「……お前、人望無いの?」
誰もいない。春までいない。五十鈴もだ。
僕でさえ、近所一帯の作業を一人で分担した時には二軒隣のじいさんが最初だけ手伝ってくれたのに。分担の定義が乱れる。
「そうかもしれないわね。緊急時だから当直の時間を四倍にしただけなのに」
「明らかに原因ソレだろ。何やってんだ……」
「私はそうしてるもの」
事も無げに言う。多大な能力のある人間とまるで無い人間には、通常どれだけの作業をこなせるかがわからない。
マリアの場合はわざとだろうが。
「そうしてるのとそうさせられるのは、まるで違う話だろ」
「解っていて言ってるの。この世界は私の理想であって、あの子達の理想ではない……いえ、あの子達は、そこまでの理想を描いていないって」
「だろうね。きみは理想主義が過ぎる」
それでいて完璧主義なのだろう。世界造りなんて意味不明なことを、十代の女の子がほとんど一人でこなしているんだ。
勿論、他の子達も木偶ではない。それなりに理想はあるのだろうし、努力もしている。それでも、マリアの理想を下地にしているのは確かだ。
共に歩む。
それは素敵な言葉なんだろうが、それは自らの理想を放棄しているということ。理想とは本来、もっと我が儘なものだ。
人の理想に乗っかっただけの人間に、最高のパフォーマンスなど期待できるわけがない。マリアは王でもなんでもないのだ。
「私の理想は、争いの無い世界を作ること。その為に女だけの世界を作った。でもそれはダメだった。私は、失敗した」
マリアは画面に表示されている、緊急事態の発生を告げる警告を手で示した。
「もう起きている戦争は一つではないわ。北の大陸は戦乱の中にある。地方は侵略を防ぐ為に国を作り、オイタティオは武力による侵略をしないかわりに布教を受け入れさせ、今ではほとんどの地が実質的に支配されているわ。残ったのはオイタティオ教会の総本山と、半ば支配された小さな国々。国々は、今度は領土争いをしているわ。オイタティオに支払う貢ぎ物の為にね」
僕が背景を知っていることを前提にした事情説明。僕が知っていることを知っているのか。
僕は答えず、ニヤニヤと笑ってみせる。内心はバックバクだった。ええい黙れ心臓。あ、タンマ黙っちゃマズい。
母性は容易く敵になるという僕の意見は、あながち間違いではないはずだ。母性は支配欲の変形で、奴等は性欲を持たないかわりに、支配欲がとても強い。自分の正義を成すことに迷いが無いのだ。
「北の大陸の争いはもう止められない。そして、争いは他の大陸にまで飛び火した……どうしようもないわ」
諦めて同期を解除したのか、表示された世界地図の右側、東の大陸。そこにも警告が発生していた。南と西に行くのも時間の問題だろう。いつの間に航海技術まで得ていたのか。
戦争は技術のカンフル剤というのは本当らしい。
「もう、無理。お告げをしてみたり、天候を操作してみたり、出来ることは全部やったけれど、戦争を止めることはできなかった」
そこで強硬手段を採らないのが、天罰を降さないのが、理想主義者であるマリアの限界だ。僕らに許された範囲内のことすらせずに、出来ることは全部やっただって?
笑わせちゃってくれちゃうぜ。
「なんだかもう、疲れちゃった」
マリアはフラフラとした足取りで、僕の横をすり抜けた。
「おい、管理は?」
マリアがいなくなったら、ここには誰もいなくなる。
「ああ……やっておいて。戦争は放置。天変地異の解消だけすればいいから……」
「へェ」
あれだけ警戒していた僕に管理を任せるとは。これは相当な落ち込みようだ。マリアは部屋を出ていった。僕は知らず、笑みを浮かべた。
かはッ!
恐らく僕の暗躍を知りながら、それでも責めることはしない。ものごとの責任を全て自分に被せている。健気で一途。時々見せる弱さ。本当に、主人公に相応しい。そういうキャラクターを演じている。
ならば脇役たる僕は、危機に瀕した主人公を助けるべきだろう。マリアは暗に、それを期待している。
そうすべきなのだろうけど。
僕はあんまり、マリアの理想ってやつに興味がないんだ。
この世界の中で。
すべきことは一つ。したいことは一つ。
同時にこなす必要があるのが、僕には難儀なことだった。