09-五十鈴さん
「ねえ五十鈴ちゃん」
部屋を訪ねると、快く入れてくれた。字面がエロい。
「ちゃんはやめれー」
呆れたように言うのだけれど、口の端に笑いが滲む。多分苦笑いだけど。
「んじゃ五十鈴ん」
「時計のメーカーみたいだねぃ」
「でもイスじゃあ偉大なる種族になっちゃうよ!」
「知らんすよ」
「いっすーさん」
「もーいーよそれで。で、何か用かぃ?」
楽しい会話終了。僕はいっすーさんの部屋を訪ねた。僕がまともに会話できる人なんて、今はこのいっすーさんしかいない。駄目だないっすーさん。
「いっすーさんとか小坊主みたいで可愛くない。五十鈴さんで。でね、五十鈴さん」
「イスズって名前もトラック野郎のイメージだけどねぇ。ほいほい」
五十鈴さんは苦笑いをしてお茶を淹れ始めた。緑茶の匂いが広がる。
「五十鈴さんも最上階のあそこで作業してるんだよね?」
「あー、うん。きみ以外は全員、だいたい全員。週に一度くらいね」
「なにやってるか知らないけどさ、男のいない国だか世界だかを創ろうとしてるわけじゃない?」
「せやな」
「どうやって? 国ったって、この城以外には何があるの?」
「それはあたしから言うことじゃないかな。そのうち説明されるよん」
「そっか、じゃそれはいいや。じゃあ、思ったんだけどさ、五十鈴さん的にこの国ってどうなのよ?」
あくまでマリアの理想だ。
それはたぶん、他とは違う。
「どうなのって言われても。あたしゃ知らんよ。やつがれにゃあ関わりのねェことでござんす」
「関わり無いって。あの国を作るのはこの城の人達の目標とちゃうのん?」
「んー、一部はねェ」
五十鈴は椅子に座ってお茶を飲み始めた。あれ、僕のは?
「ここにいる子ってさ、いわゆる家出少女とか、トラウマ持ち子さんが多いのですよ」
「五十鈴さんも?」
「ん、まあね。聞いたら引くよ」
「引かないけど聞かないよ。知らぬは仏ばかりなりだ」
「なんか違うなぁそれ」
知らぬが仏。あ、ごめん、これ言いたくなった。
「ほっとけ!」
「……でね、そんな子らだから、ほとんどは別に高い志を持って挑んでるわけじゃないんさ。元いたトコから逃げたかっただけとかね」
流された。無理からん。
「まあねえ。男が嫌いってのは理解できるけど」
「マリアちゃんも割と適当だからさぁ、額面通りの男嫌いな子べぇじゃあないんさ」
べえ?
「男のいない国を創るってのに全面的に賛成する子もあんまりいないんじゃないかな。表立って反対なんかしないけど。ま、女子ってのはそこらへんめんどくさいんさ」
「五十鈴さんの意見は?」
「んー、どっちでも。男はいらないけど、将来子供は欲しーいな感じなんさ」
「ぼぼぼぼぼ僕でよよよよけれればばば、お、おおお手伝いしますよよよ!」
「わざとらしい。んー、まーどーしても子供が欲しくなった時、きみがまだ元気でいたらお願いしようかな」
「いいですとも! ヒャッホー!」
どちらにせよ選択肢など無いのだけれど、これで五十鈴が子供を作るとしたら、他の誰でもなく僕の子になることが決定した。動物本来の役割つまり次代へ繋ぐ使命に従うとしたら、五十鈴は僕の子を産む為に生まれたとも言える。それは恋人を作り一通りの儀式を済ませ養う準備を整えて婚約し初夜を迎えたのと同義だ。
今この瞬間、僕は五十鈴とセックスしたのだ。
五十鈴はそんなことを微塵も考えていないだろうが、僕の子を産んでもいいと言うのなら、もう五十鈴は僕の物と言って差し支えないだろう。社交辞令? 知るか。五十鈴は僕のものになったのだ」
「差し支えるっつーの」
脳天にチョップが落ちた。痛くない。
「あれ、声出てた? どこから?」
「出てたよ。今この瞬間くらいから。何気に呼び捨てしくさって」
「すまんかった」
しかし、無理もないのだ。
男には身体だけでなく、心にもチンチンがあるのだ。所有欲、収集癖。何かを自分の物にすることが嬉しい。言い換えるなら支配欲。それは確かに存在する。
なるほど、それがマリアの言う『男』なのかもしれない。僕に言わせれば、ひとつの物に対する執着は女のほうが強いのだけど、多分それは『愛』とかいう都合のいい言葉で説明されてしまう。男と女では『所有』に対するアプローチが違うのだ。男が多くの物を手に入れようとするのに対し、女はひとつの物を徹底的に手に入れようとする。男は多数の女と同時に子供が作れるが、女は一人だけだから。
「マリアの言うこともわかるけどさ、あいつだって正しいわけじゃないんだぜよ?」
「女の子の社会じゃね、誰かの目標に水を差すのはご法度なのですよ」
「はあ。なにやら面倒そうですねェ」
「みんな仲良しこよしなら話も違うんだけどね。所詮は寄せ集めだし。現状、あの人に逆らう子はいないだろうね。ヒエラルキーの一番上だべさー」
「ふむん」
女の子ってえのは面倒だね。
「ねえきみ、なにか企んでる?」
「いや別に。あっしはただ知りたいだけでごさんすよ、お代官様」
「ふぅん。ま、いいや。あんまり邪魔しちゃ駄目だよん」
「いえっさー。んじゃ、ありがとね」
「んー」
そそくさと逃げ出す。追い掛けてくることはなかった。
「一枚岩じゃないのですなー」
切り込むならこの辺りかな。女の子の生態は難しい。とぼとぼと自室に帰る僕だった。