29 巨星墜(お)つ
今川義元と太原雪斎は、混迷の美濃から、長良川を下って尾張へ出て、そこから興津家(雪斎の母方の実家)水軍が用意した船に乗り換え、途中、津島湊へと密かに立ち寄り、駿府へと戻った。
時に、弘治元年閏十月十日。
のちに太原雪斎の命日として知られる日である。
「さすがに……少々疲れたのう」
そう零した雪斎を、義元は自らおぶって、長慶寺まで運んだ。
だが雪斎は以前に洩らしたとおり、己の命数を図っており、それが美濃行きから帰った時と見定めていた。
「やれやれ……どうやらお呼びがかかったようだわい」
「……師よ」
雪斎はどうしても斎藤道三に会いたかったらしく、それがかなって、非常に満足だと告げた。
「いろいろと……やり残したことはある……道半ばだとは思う……思うが……栴岳承芳よ」
「はい、師よ」
いつの間にやら、雪斎と義元は、出逢った頃のような気持ちで、口調で、会話していた。
「すまんの……おぬしは……仏僧のままでおった方が……幸せだったやも知れぬ……」
「いえ、師よ」
義元、否、栴岳承芳は頭を振った
「この栴岳承芳、弟の氏豊が、生まれが良いということで、尾張那古野城主に成るのを見て、非常に羨ましく思いました。さらに」
その今川氏豊が、織田信秀と平手政秀に城を盗られるところに、非常に痛快さを覚えた、とも言った。
「自分もまた……ああいうことをやってみたいと思うようになりました。師は、それをかなえてくれました」
花倉の乱という、今川家の長兄・次兄が病に斃れたのちの動乱。
その動乱の中を、三兄・良真を打倒して、栴岳承芳つまり義元は今川家の家督を、駿河という国を盗った。
「あの……得も言われぬ悦び。何物にも代えがたし」
義元もまた、国盗りの梟雄であった。織田信秀という梟雄の壮挙を知り、己もまた梟雄であるという目覚めを得たのだ。
雪斎は義元の頬を撫でた。
「ならばよし……拙僧は逝くが……おぬしが……後の世の……語り草となるのを……あの世で、祈って……」
何かの唄が聞こえたような気がした。
「法蓮坊……その小唄……もっと……」
雪斎の手が力なく落ちた。
「師よ? 師よ! 師よ……」
太原雪斎、逝去。
享年六十歳。
今川義元の覇業を助けた黒衣の宰相として、あるいは海道に冠絶する智将としてその名を残す。
その最期には、ある小唄を聞こえたというが、定かではない。
――死のふは一定 しのび草には何をしよぞ 一定かたりをこすのよ
*
豪胆にも尾張国内をすり抜けて、美濃から駿河へと帰った今川義元と太原雪斎。
だがこの時の織田信長と帰蝶に、注意が足りないと責めるわけにはいかない。
この時。
この時こそが、のちの桶狭間の戦いへと至る、艱難辛苦が始まっていたからである。
清州城。
「那古野の城に、林秀貞を入れる? まことですか、信長さま」
「……まことじゃ」
信長は大根をぽりぽりと齧りながら答えた。
あきれたと言いながら帰蝶が椀に飯を盛る。
すまぬと答えて信長が手を伸ばす。
「林秀貞どのなら、例の村木砦の時の離反行動」
「知っておる」
ほかならぬ帰蝶が那古野の城を守った一件、信長は当然耳にしている。
「……じゃが、守護どのが言うておるのじゃ」
「斯波義銀さまが?」
斯波義銀。
父・斯波義統が守護代・織田信友らに追われた時、信長の元に逃げて来た男。
信長はこれを奇貨として、旗頭に戴き、織田信光、織田信行ら弾正忠家を糾合し、織田信友を倒してこの清州の城を手に入れた。
「その信行のところの柴田勝家が、安食で守護代家の軍を破ったじゃろう」
「はい」
信長配下の前田利家を差し向け、共に守護代家の軍を撃破した「安食の戦い」。
これにより、信長と守護代家の力関係は徹底的なまでに、信長有利となった。
「……であるから、信行の方にも何か報いてくれ、と」
「はあ……」
織田信光が生きている頃は、信光を城主として据えていたから良かった。
さすがに信光を城主から下ろしてまで、信行の方の誰かを城主に、とはすまい。
「信光叔父が亡くなって、誰かを城主に……という問題はあるにはあるんじゃが、まさかこんなかたちでとは……」
最初、義銀は信行自身か勝家を推薦していた。
だが、信行は末森城を保持したいらしく、勝家もまた、その信行の宿将ということもあって、末森から動かない。
となると。
「……消去法で林秀貞どのですか。まあ、弟御の通具どのよりはマシですが」
通具は好戦的で、信長に対する敵愾心を隠そうともしない。
こんな話がある。
ある日、信長が林秀貞と通具のいる城へやって来た。
実は秀貞は、平手政秀とならんで信長の後見役であったため、その訪問自体は何らおかしいことは無かった。
ところが、その訪問に際して、通具は信長に迫って切腹させようと秀貞に談じたという。
その目論見は、秀貞が「三代にわたって仕えて来た主に切腹をさせるなど、できぬ」と断ったため、立ち消えとなったが。
「……まあ良いではないか」
信長のその気楽な返事に、帰蝶は彼女らしくもなくいらいらとした。
「何を悠長なことを。うかうかと信行さまの手中に、那古野の城が落ちるのですよ」
「だからいいのよ。信行だからいい」
「……何をおっしゃりたいのです」
「……美濃はどうなってる」
その言葉は電光のように帰蝶を打った。
美濃。
美濃は今、斎藤道三と斎藤義龍(この時点ではまだ一色范可と称していない)の対立が過熱し、ついに道三が稲葉山城を出たという。
「……このままではまずい。いずれ、美濃へ兵を出す時が来る」
信長のいくさへの読みは天賦の才だ。
何かの嗅覚が働いているとしか思えない。
その信長にそうまで言われては、帰蝶としてもうなずくしかない。
「だからこその林秀貞の那古野入りよ。それを認めてやったのじゃ。認めたからには……こちらが美濃へと出兵する旨、黙って見送ってもらおう」
元々、那古野を信光に譲るつもりで動いていたため、今さら那古野の兵を出せとは言わぬ。
だが、敢えて那古野を信行側に差し出したのだ。
信長が、おそらく全軍で美濃へ向かうこと、そしてそれを指をくわえて見守ることを……約束してもらおう。
「……そういうお考えですか」
「それだけではないぞ。岩倉織田家のこともある」
岩倉織田家。
「織田」の乱立する尾張、織田大和守家(守護代家)が滅びた今、まだ命脈を保っている「織田」である。
この岩倉織田家は尾張の上四郡を支配する「織田」であり、当主の織田信安は、織田信秀の妹、つまり信長の叔母を妻としているため、信長とは仲が良かった。
しかし、信秀の弟の犬山城主・織田信康と領地問題を起こし、信長との仲はそれきり冷めたものになっていた。
「あ、そうか」
帰蝶は信長の狙いに気づいた。
「信行どのと……岩倉織田家ににらみ合いをしてもらうんですね」
「そうよ。そのための那古野よ。せいぜい、そのために那古野の兵を使ってもらうとしよう」
信長はにやりと笑って、帰蝶に「おかわり」と椀を差し出した。
……こうして信長は、那古野を「駒」として、信行の動きを封じ、岩倉織田家の動きをも封じようとした。
その策謀は当たり、後世、長良川の戦いという道三と義龍の戦いに信長は出陣することに成功するが、だがその戦いのあと、何者かの策略によって、信行と岩倉織田家が結んで、信長を攻めてくることなるとは、この時は考えつかなかった。




