1.好みのタイプ
ある晩のことだった。
ヨシダとワタナベは酒を飲んでいた。
小屋に遊びに来た祖父の友人が、お土産と言って高そうな瓶を二本置いて行ったのだ。
庭で取れたハーブで味付けをしたカルパッチョをつまみに、宴を始めたのが1時間ほど前の話だ。
ふたりとも普段から酒を飲む人間ではなかった。
ワタナベはびっくりするほど酒に弱い。ただ弱いのを自覚した飲み方をしているのでヨシダに世話をされるなんてことにはならなかった。
瓶が半分ほど空いた今でも、吐くことはなく気分良さげに酔っているだけだ。
「えへへ、ヨシダさん呑んでるう?」
ヨシダのグラスが空になると、すぐにワタナベによる強制おかわりが注がれる。
飲んでいるし食べているのに「まだまだイケるよねえ」とアルハラが行われるのだ。
「呑んでますよ、何杯目だと思ってるんですか」
普段から人になにかを振る舞いたがるところがあるのだが、酒でソレが加速したのか、まだ空いていない皿を見て「おかわり作らなきゃね!」とキッチンに向かおうとするのが2、3回あった。
今もまたおかわりを作ろうと席を立とうとしている。ずいぶん気前の良い酔い方だ。
ワタナベが立ち上がろうとするたびにヨシダが止め、酒をちらつかせて着席させるというのを繰り返していた。
「ヨシダさん、おれの料理おいしい?」
無事席に座り、酒を一口飲んで上機嫌になったワタナベは目の前の料理を指差して問う。
「美味しいですよ」
「ほんと?」
「本当ですよ、この手の酒には塩気の強いやつが合いますからね。あなたのハーブがいい仕事をしてます」
ヨシダがおだてるとワタナベは満足そうに笑った。
「えへへ、やっぱりね! おれのハーブはおいしいからね」
実際、ワタナベの育てるハーブは美味しい。採れたてなのもあるだろうが、そこらへんの料理屋よりも断然こちらのほうが味が良い。
毎朝ワタナベがクラシックを歌って聞かせてあげているからだろうか?
農薬も使っていないのに立派に育っている。
「あなたの作るハーブも料理もいちばんですよ」
こう言えばワタナベは満足して落ち着く。その効果は長くはないのだが、その間は安心して酒を飲むことができる。
打算的に聞こえるかもしれないが、本心ではあるので良しとしよう。
「じゃあさ、ヨシダさんは料理がじょーずな人が好きぃ?」
「好きですね」
とりあえず肯定しておこうと半ば脳死で頷く。
「自分よりじょーずな人じゃなきゃだめ?」
ヨシダが料理好きであることを踏まえての質問だろう。あいにく、ヨシダの料理好きはあくまで趣味の範疇なので他人と比べようなんて気持ちはミリもない。
「そんなことはないですよ。人が作ってくれる料理は全部美味しいですから」
「じゃあどんな人がすきぃ?」
ワタナベは頬杖をついて首を傾げる。
「どんな人、ですか」
「せっかくの酒の場だからねえ、好みのタイプの一つや二つ教えてくれてもいいでしょお?」
ワタナベは悪戯をする子どものように笑う。
にやりと上がった口角から八重歯が覗いた。
「タイプを答えられるほど人に懐いたことがないので、あなたの望む答えかどうかは分かりませんけど」
タイプが答えられほど人付き合いの統計がヨシダにはなかった。
SNSで連絡を取り合うような相手も両手で数えられる範囲だ。好き嫌いというよりたまたま仲良くなった、というほうが正しい気がした。
なのでワタナベが望むような、好み、というものをあいにく持ち合わせていない。
ただ一つだけそれらしい答えが浮かんだ。
「あなたのことはわりと好きですよ」
ワタナベのことは、好み、に属すると思ったのだ。
大学とかで気がつけば人が寄ってくるような、あいつ一人でいるとこ見たことないよなー、みたいな。
人当たりがよくて、いつも笑顔で、植物が好き。
陽キャの中の陽キャなのに、一緒にいて不快じゃない。むしろ心地よい。
「また来年も庭を見せてもらいたいですね」
「……」
酒を煽る。
ワタナベは目を見開いたまま動かなかった。
しばらくしてから口に出したのは、
「え、ああ。まじ、か……いや、うん。なるほどねえ?」
情けないぶつぶつとした声だった。
「……ヨシダさんが望むんだったらいくらでも見せてあげるよ」
酔いが冷めたのか、落ち着いた口調でワタナベは続ける。
「今年蒔いたばかりの子たちがいてね、来年には立派になってると思うから」
ワタナベはグラスを傾けた。
溶けかけの氷がからりと音を立てる。
「見に来てね、うちの子の成長」
「もちろんです」
卓上のろうそくが淡く揺れる。
しばらくすると、ワタナベは机に突っ伏して寝てしまった。
小さく上下する背中にブランケットをかける。
ヨシダのグラスにおかわりを注ぐものはいなかった。




