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第68話:心臓と肋骨、そして旧き壁


司令部の廊下にジョエルの重苦しい殺気が渦巻く中、その様子を階上のバルコニーから見下ろす二つの影がありました。


魔法軍団長ルイスは、不快そうに顔を歪めて手元の扇子をパシャリと閉じました。


「アレクシス。見たかね、あの無様な帰還を。手柄を立てれば何をしても許されるという、野蛮な傭兵風情の考えそうなことだ。魔法軍の品位が泥にまみれていくよ」


ルイスは伝統と序列を何よりも重んじる保守派の権化です。


彼にとって、規律を無視し、あまつさえ魔法を使わず物理的な暴力で問題を解決するディエスは、自らの権威を脅かす「異物」でしかありませんでした。


「……閣下の仰る通りです。軍の規律は魔法の術式と同じく、一糸乱れぬものでなければなりません」


傍らに立つアレクシスは、表情一つ変えずに答えました。その瞳は冷徹に、玄関先でジョエルに「ガハハ!」と笑いかけているディエスを観察しています。


「ジョエルに『再教育』を許可しました。明日の演習場で、個人の武勇など組織の魔法システムの前では塵に等しいことを、全兵士の前で証明してみせましょう」


「よろしい。アレクシス、君のその冷徹な判断力は信頼しているよ。あの筋肉ダルマを徹底的に叩き潰し、二度と組織に泥を塗らぬよう骨の髄まで教え込んでやりたまえ」


ルイスが満足げに立ち去ると、アレクシスは静かに手袋を締め直しました。


「(……ルイス閣下は、ディエスを単なる『秩序を乱す愚者』だと思っている。だが、ジョエルにすら物怖じしないあの男……果たしてどこまでが計算で、どこからが本能なのか)」


アレクシスにとって、ルイスはすでに「使い古された旧い部品」に過ぎません。


今回の演習は、ディエスを排除するためではなく、その底知れぬ実力を測るための「試験」であり、同時にルイスの目を曇らせ、自らが実権を握るための布石でした。


その夜。ディエス中隊の宿舎では、二日酔いで死にそうなリナと、淡々と肉を食らうエルザ、そして上機嫌なディエスの姿がありました。


「リナ、そんな顔すんな! 明日はジョエルが大地魔法で全身を揉んでくれるっていうんだ、最高のリカバリーになるぞ!」


「……もう、無理……。リカバリーどころか、物理的に埋められちゃいますよぉ……」


リナが机に突っ伏す横で、エルザがボソリと呟きました。


「……大地魔法。……土、重い。……ディエス様、潰れたら、エルザがハムにする」


「ガハハ! ハムになっちまう前に、大地を押し返してやるぜ!」


ディエスが鋼鉄のような上腕二頭筋を誇示して笑う影で、アレクシスが放った密偵たちが、その一挙手一投足を闇の中から記録し続けていました。


軍の「心臓」を自称するルイスと、その「肋骨」として振る舞いながら獲物を狙うアレクシス。


二人の思惑が交錯する中、明日の演習場は、ただの教育の場を超えた「処刑場」へと変貌しようとしていました。

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