66話:湯煙に消える階級と、驚愕の将軍
激戦の傷を癒やし、溜まりに溜まった乳酸を散らすため。ディエスは王都にある巨大な公衆浴場「軍神の湯」へとやってきました。そこは、兵士から一般市民までが利用できる、王都随一の社交場でもありました。
「ガハハ! 湯船の深さが、この丸太のような大腿四頭筋にちょうどいいぜ!」
ディエスが脱衣所で服を脱ぎ捨てた瞬間、周囲の空気が凍りつきました。包帯を解いた跡に残る、数えきれないほどの裂傷。そして、それを圧倒する圧倒的な「質量」。
もはや人間というより、岩山をそのまま男の形に削り出したような巨躯が歩くたびに、板張りの床が「ギィ……」と悲鳴を上げます。
浴室に入り、ディエスは一番大きな湯船の隅に、ゆったりと腰を下ろしました。
「ふぅぅ……。筋肉の芯まで熱が染み渡る……。ハンスの小言も、これなら洗い流せそうだ」
ディエスが鼻歌を歌いながら、鉄板のような胸板をお湯で流していると、隣で静かにお湯に浸かっていた、短髪に白いものが混じったガッシリとした体格の男が声をかけてきました。
「……驚いたな。君、本当に人間かね? その体、まるでゴーレムを鋼鉄でコーティングしたようではないか」
男は呆気にとられた表情で、ディエスの山脈のように盛り上がった広背筋を凝視しています。
「ガハハ! よく言われるぜ、おっさん! だがこれは全部、日々のスクワットと鶏肉の賜物だ。あんたもなかなかいい体してるじゃねぇか。何かスポーツでもやってるのか?」
ディエスは、目の前の男が王国全軍の要職にあるジョナサン将軍であることなど、微塵も気づいていません。一方、ジョナサン将軍もまた、普段の厳格な軍服を脱ぎ捨てた「ただの裸の男」として、目の前の化け物のような若者に興味を惹かれていました。
「スポーツ、か。……まあ、昔から体を動かす仕事をしていてね。だが、私が見てきた数万の兵士の中でも、君のような『密度』を感じる男は初めてだ。魔法で強化しているわけでもなさそうだが?」
「魔法? そんな小細工、筋肉の純度を下げるだけだぜ。おっさんも、もっと大胸筋を意識してお湯に浸かれ。血行が良くなって、筋肉のキレが変わるぞ!」
そう言って、ディエスはおっさんの肩を、親愛の情を込めてバチン! と叩きました。
「ぐふっ……!?」
一国の将軍が、ディエスの岩石のような手のひらの一撃で、お湯の中に半分沈みそうになります。
「おっと、悪いな! つい力が入りすぎちまった。ガハハ!」
「……はは、は……。愉快な男だ。君、名前は?」
「俺か? 魔法軍に所属してるディエスだ。今日から大尉になったばかりの、しがない筋肉野郎だよ」
ディエスがニカッと笑って湯船を立ち上がると、抜けたお湯のせいで浴槽の水位が数センチ目に見えて下がりました。
「……ディエス・フォン・バルカス……。あの『沈黙』を砕いた男か。なるほど、理屈ではないわけだ」
ジョナサン将軍は、去りゆくディエスの地平線のような背中を見送りながら、赤くなった自分の肩をさすり、静かに笑いました。
「……あの才気溢れるアレクシス副軍団長が、君のような異端児をどう扱うか、楽しみになってきたよ」




