第63話:少尉の拳、死地を砕く
「無駄だと言っている。貴様の命が尽きるのが先か、我が軍勢が尽きるのが先か……答えるまでもない!」
四天王アルゴスが杖を振ると、霧の奥からスケルトンアーチャーの一団が姿を現しました。放たれた無数の矢が、雨のようにディエスへと降り注ぎます。
「ぐっ、おおおぉッ!!」
回避など考えもしない。ディエスは岩石を削り出したような剛腕で顔面だけを保護し、肉の壁を突き進みます。
矢がその丸太のような太い脚に、鉄板のような胸板に次々と突き刺さりました。
一本、また一本と、深々と肉を穿ち、鮮血が飛沫となって霧を赤く染めます。
「ディエス様……っ!!」
岩陰から見守るエルザが悲鳴に近い声を上げました。彼女の目には、無数の矢が刺さり、血塗れになった主の姿が、まるで憤怒に燃える不動明王のように映っていました。
「ガハハ! 効くぜ……だが、これくらいの『刺激』がなきゃ、筋肉は目覚めねぇんだよ!」
ディエスは突き刺さった矢を一本、力任せに引き抜き、それを投げ捨ててさらに加速しました。
傷口が開き、意識が遠のきそうなほどの激痛が全身を駆け巡ります。
心臓は、生まれつきの弱さを抱えながらも、極限の負荷に耐えて激しく鼓動を刻んでいました。
「なっ、馬鹿な!? 矢を受けてなお速くなるだと……!? 貴様、死を恐れぬ狂人か!」
アルゴスが初めて恐怖に顔を歪めました。
彼は知りませんでした。
ディエスにとって「痛み」とは、己の筋肉が限界を超え、成長するための「対価」に過ぎないことを。
「死ぬわけねぇだろ……! 俺にはまだ、やらなきゃならねぇ『筋トレ』が山ほど残ってんだよぉッ!」
ついに、ディエスはアンデッドの壁を突き破り、アルゴスの懐へと飛び込みました。
「しまっ……! 『沈黙の盾』!」
アルゴスが咄嗟に魔力の壁を展開します。
しかし、魔法を無効化するはずのその盾は、一切の魔力を持たない純粋な質量の塊――ディエスの岩石のような右拳を止めることはできませんでした。
「全筋肉……駆動ッ!!」
ディエスが全霊を込めて放った一撃が、アルゴスの腹部を捉えました。
ゴォォォォォンッ!!
寺院の鐘を叩きつけたような凄まじい衝撃音が森に轟きました。
アルゴスの髑髏の仮面が砕け散り、その背後の大樹までもが衝撃波でへし折れます。
術者であるアルゴスの意識が断絶した瞬間、森を覆っていた「沈黙結界」がガラスが割れるように崩壊しました。
「……あ、が……は……。なぜ……物理……ごとき、で……」
アルゴスが血を吐きながら崩れ落ちると同時に、周囲を埋め尽くしていたアンデッドたちが、糸の切れた人形のようにただの骨へと戻っていきました。
静寂を取り戻した森の中で、全身に矢が刺さったまま、血塗れのディエスが仁王立ちしていました。
「……見たか、ハンス。これが……最強の……『物理的浄化』だ……」
その言葉を最後に、ディエスの巨体がゆっくりと地面へ傾きました。
「ディエス様!!」
絶叫と共に、エルザが血の海へと駆け出しました。




