第61話:物理。それは沈黙を切り裂く轟音
「逃げろ! 貴様ら、後ろに下がれッ!」
ディエスの怒号が、混乱の極致にある森に響き渡りました。
指揮官のベネット大佐を失い、魔法も効かぬ不死者に囲まれた大隊の兵士たちは、もはや統制を失った烏合の衆と化していました。
「……ハンス、こいつらの退路を作る。……リナ、全力で凍らせろ。……エルザ、漏れたやつを仕留めろ」
ディエスは、重戦車のような肩幅をさらに怒らせ、迫り来るアンデッドの波の前に立ちはだかりました。
「バルカス少尉、無茶です! 孤立すれば、いくら貴方の岩石を削り出したような肉体でも、物量に飲み込まれます!」
「ガハハ! ハンス、俺の筋肉を信じろ! 兵士たちを逃がした後、俺たちは俺たちの戦いをやるぞ!」
リナが涙目で最大広域の氷結魔法を放ち、エルザが死角を埋める。
その中心でディエスが丸太のような剛腕を振り回し、群がる死体を引き剥がす。
その捨て身の足止めにより、生き残った大隊の兵士たちは辛うじて霧の向こうへと逃げ延びていきました。
しかし、その代償として、ディエスたちは四方を完全にアンデッドに包囲され、森の最深部へと孤立してしまったのです。
「……ふふ、愚かな。自ら死地に残るとは、救いようのない獣だ」
不意に、森の全ての音が消え去りました。
霧の中から現れたのは、漆黒の法衣を纏い、顔を髑髏の仮面で隠した男。
魔王軍四天王の一人、「静寂の執行者」サイレント・アルゴスです。
彼が杖を掲げた瞬間、リナが悲鳴を上げました。
「ま、魔法が……魔力が、体から引き剥がされるみたい……っ!」
アルゴスの固有魔法『沈黙結界』。
その範囲内では、全ての魔術式が分解・無効化されます。
リナの氷結魔法が霧散し、森は完全な闇と静寂に支配されました。
「(……クソ、魔法が使えねぇ。アンデッドは再生しやがる。どうすりゃいい……)」
ディエスは、鉄板のような腹筋を緊張させ、必死に前世の記憶を掘り起こしました。
ファンタジーRPG『エターナル・キングダム』の隠しルートの魔王軍編……。
「(思い出せ……。アルゴスのアンデッド軍団は、確か『供給元』があったはずだ。あいつは操り人形師。なら、浄化できなくても……)」
記憶の断片が繋がります。
不死者を操る術式は、術者であるアルゴスの魔力を核にしている。つまり、ゾンビを千切っては投げても意味はない。
「(そうだ、思い出した! アンデッドの群れはただの壁だ! 操ってる四天王本人を物理的にブチのめせば、術式は崩壊して全部ただの骨に戻るんだ!)」
ディエスは鋼鉄の甲冑のごとき胸板をパンと叩き、隣のハンスを見ました。
「ハンス、作戦変更だ! 目の前の腐れ死体は無視して、あそこの髑髏仮面の野郎に、俺を『最短距離』で叩き込め!」
「……なるほど、核を直接破壊すると。少尉、その山脈のように盛り上がった広背筋を貸してください。魔法が使えないなら、私が貴方の『質量』を戦術で加速させます」
静寂の中、ディエスの岩石のような拳が、初めて四天王アルゴスへと向けられました。




