60話:死地への行軍と、驕れる指揮官
王国軍司令部で発令された、四天王「サイレント・アルゴス」の討伐作戦。
それは、ディエスにとって過去最高に「胸糞悪い」布陣となった。
「いいか、貴様ら。今回の主役は私、ベネット大佐率いる第一魔導大隊だ。バルカス少尉、貴様のような魔法も使えぬ『軍の汚点』は、最後方で荷物持ちでもしていろ」
金髪を華美に整えたベネット大佐は、名門貴族の出身であることを鼻にかけ、実力よりも「魔力量」を至上とする男だった。
彼はディエスがこれまで挙げた武功を「泥臭い下行」と蔑み、自らの華麗な魔法で四天王を討ち取る功績に飢えていたのだ。
「……少尉、あまり煽らないでください。……ハンス准尉、この作戦、嫌な予感がします。ベネット大佐の布陣は、あまりに攻撃に偏りすぎていますわ」
リナが不安げに呟くと、ハンスは冷ややかに眼鏡のブリッジを押し上げた。
「同感です。この『忘却の森』は魔力が乱れやすい地形。にもかかわらず、ベネット大佐は『最大火力こそが最大の防御』と豪語し、アンデッド対策に必須な聖職者の随行を、足手まといだとして全て却下しました。戦術ではなく、ただの博打です」
行軍が始まって数時間。
深い霧が立ち込める森の中を、ベネット大佐は「照光魔法」を無駄に放ちながら進む。
「ハハハ! 四天王などと、恐れるに足らん! 私の魔力があれば、森の闇など一掃してくれるわ!」
しかし、その傲慢な光が逆に「最悪の事態」を招き寄せた。
ズズ……ズズ……と、湿った土を掻き分ける音が響き渡る。
「(……来るな。魔法の気配じゃねぇ。ひどく不快な、死臭の匂いだ)」
ディエスが重戦車のような肩幅を緊張させた直後、霧の中から無数の青白い手が突き出した。
かつてこの森を支配していた大型魔獣たちの成れの果て――アンデッド(不死者)の群れだ。
「う、動く死体だと!? ええい、汚らわしい! 焼き払え!」
ベネット大佐の命令一閃、魔導士たちが一斉に火炎魔法を放つ。
轟音と共に劫火が渦巻き、アンデッドの肉を焼いた。大佐は勝利を確信し、勝ち誇った笑みを浮かべる。
だが、そこが四天王アルゴスの狙いだった。
「な……なんだと!? 炎が……消えないどころか、アンデッドと同化しただと!?」
アルゴスの呪いによって強化されたアンデッドは、火炎魔法のエネルギーを自らの動力源へと変換していた。
燃え盛る火達磨となりながら、速度を落とさず突っ込んでくる死体の山。
理屈では分かっていても、自らの最強魔法が「敵を強化した」という事実に、ベネットの精神は脆くも崩壊した。
「魔法が……私の魔法が、効かない!? 馬鹿な、そんなことが……ッ!」
動揺し、次の詠唱を血迷った大佐の足元。
地中から音もなく現れた大型のアンデッドが、その足を掴み引き倒した。
防御結界を張る余裕すら失ったベネットの喉笛を、腐敗した牙が食い破る。
「ひ、ひぎいっ! あ、足が、私の足があああ!」
指揮官が呆気なく絶命し、大隊はパニックに陥り四散。ディエス率いる遊撃小隊は、森の深部へと孤立させられた。
「……リナ、足止め。……エルザ、斬る」
「わかったわよ! 『氷華の牢獄』!」
リナの氷結魔法が地面を凍らせ、アンデッドの動きを鈍らせる。
そこへエルザが神速の剣筋でその首を跳ね飛ばした。
「ガハハ! まとめて叩き潰してやる!」
ディエスが丸太のような太い腕を振り回し、アンデッドを次々と粉砕する。
しかし、砕けた骨や肉は土を吸い、森に満ちる呪いの魔力を受けて再び蠢き、再生を始めた。
「少尉、まずいです。大佐が聖職者を蔑ろにしたせいで、我々の隊には浄化の手段がない。魔法でも物理でも、これではキリがない……!」
ハンスが冷徹に告げる。
霧の向こうからは、さらに数千というアンデッドの足音が響いてきた。
弱点である炎系の魔法にも何らかの対策がされているようだ。
魔法も物理も効かない「不死」の理不尽に対し、ディエスは鋼鉄の甲冑のごとき胸板を鳴らして笑った。
「ガハハ! 面白い。再生が追いつかねぇほど、微塵に粉砕してやるだけだ!」




