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59.5話傲慢なる大佐と忘却の森

王国軍司令部の作戦会議室。重苦しい空気の中に、一際高く不快な声が響き渡った。


「――以上の通り、今回の四天王『サイレント・アルゴス』討伐の主攻は、我が第一魔導大隊が務める。異論はないな?」


声を張り上げたのは、ベネット大佐。


金髪を華美に整え、勲章をこれ見よがしに飾った彼は、名門貴族の出身を鼻にかけ、実力よりも「魔力量」こそが正義だと信じて疑わない男だった。


「待ってください、ベネット大佐。今回の敵『サイレント・アルゴス』はその能力の全容が一切不明です。

加えて、潜伏先である『忘却の森』は、本来は強力な動物系や植物系の魔物が多い豊かな土地ですが、最近になってそれらが姿を消し、生態系に異常な変化が起きているという報告があります。攻撃魔法に偏った布陣では、万が一の際に詰みます」


ハンスが冷静に、しかし鋭く指摘する。だが、ベネットは鼻で笑ってそれを切り捨てた。


「ふん、准尉風情が。生態系の変化だと? 臆病風に吹かれた学者の戯言だろう。魔物が減っているなら、それだけ私の高火力の魔法で掃除がしやすいというもの。魔力のない貴様の『小賢しい戦術』など戦場では無価値だ」


ベネットの蔑みの視線が、ハンスの隣に立つディエスへと向けられた。


「そこのバルカス少尉。貴様のような魔法も使えぬ『軍の汚点』を遊撃として組み込んでやっただけでも慈悲だと思え。精々、我ら高貴なる魔導士の邪魔をせぬよう、最後方で荷物持ちでもしていろ」


「ガハハ! 荷物持ちとは光栄だ。おかげでこの岩石を削り出したような広背筋に、さらに負荷をかけられるぜ、大佐どの!」


「……少尉、あまり煽らないでください」


ディエスが丸太のような腕を組んで豪快に笑う横で、リナが小声で釘を刺す。


しかし、リナの瞳には拭いきれない不安が宿っていた。


「ハンス准尉、この作戦、やはり嫌な予感がします。ベネット大佐は手柄を急ぐあまり、未知の事態への備えである聖職者クリニックの随行を、足手まといだとして全て却下したそうですわ」


「……戦術ではなく、ただの博打です。魔物が消えた後の森に『何が入り込んだのか』を想像もできないとは。慢心は死を招きますよ」


ハンスが冷ややかに眼鏡のブリッジを押し上げた。

翌朝。朝靄あさもやを切り裂き、第一魔導大隊を主力とする討伐隊が王都を出発した。


先頭を行くベネット大佐は、自慢の魔力を誇示するように周囲に威圧的なオーラを放っている。


対して、最後方に追いやられたディエスたちは、重い荷物を背負いながら、静かに森へと足を踏み入れる。


森が深くなるにつれ、報告通り、本来いるはずの魔獣の気配が全く感じられなくなっていった。


「(……生き物の気配がねぇ。代わりに、ひどく不快な、湿った死臭が立ち込めてやがる。生態系が変わったんじゃねぇ……『喰い尽くされた』んだな、これは)」


ディエスは、はち切れそうな軍服の下で、重戦車のような肩幅を緊張させた。


魔法至上主義に酔いしれるベネット大佐の「華麗なる凱旋」が、凄惨な「死の行進」へと変わるまで、もはや時間は残されていなかった。

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