第59話:酒場に響く二つの噂
ところ変わってここは王都の酒場。
溢れんばかりの酒が注がれたジョッキが、あちこちで威勢よくぶつかり合います。
「おい、聞いたか? 今日もアレクシス副軍団長が孤児院へ支援物資を届けに行ったらしいぞ。あんなに若くて美男子、そのうえ情け深い。まさに魔法軍の鑑だ」
一人の兵士が熱っぽく語ると、周囲からも賛同の声が上がります。
「ああ、現軍団長のルイス閣下も立派だが、次期軍団長は間違いなくアレクシス様で決まりだろうな。あの完璧な魔法のキレと、隙のない立ち振る舞い。彼がトップに立てば、この国の魔法教育もさらに向上するに違いない」
カウンターの隅では、市民たちが「理想の指導者」としてアレクシスの名を称え、将来への希望を語り合っていました。
その一方で、酒場の中央に陣取った別のグループからは、全く質の異なる、どこか馬鹿げた笑い話が漏れ聞こえてきます。
「——なあ、信じてくれよ! 今日、巡回中の軍人の中に、とんでもない化け物がいたんだ!」
話し手は、今日ディエスの巡回を目撃した下級役人でした。
彼は震える手で、空中に巨大な円を描くように身振りを加えます。
「いいか、背丈は二メートルを優に超え、肩幅は馬車の車輪ほどもある。腕なんて、そこらの丸太より太いんだぞ! まるで、軍服を着たオーガが歩いてるみたいだったんだ!」
その言葉に、酒場全体が爆笑に包まれました。
「ハハハ! おいおい、飲みすぎだぞ! ここは王都だぜ? そんなオーガみたいな軍人がいるわけないだろ!」
「そうだぜ。魔法軍ってのは、アレクシス様みたいにシュッとした、綺麗な魔法を使うエリートの集まりなんだ。そんな、筋肉だけで軍服を突き破るような野蛮人がいるはずがねぇ」
「いや、本当なんだ! 隣には眼鏡をかけた神経質そうな副官がいて、『無駄のない一撃を』とか不気味な指示を出してたんだって!」
「ガハハ! 余計にありえねぇ! そんなの、酒飲みの作り話か、場違いな傭兵の見間違いだろ!」
人々はジョッキを煽り、それを「愉快な冗談」として片付けました。
表舞台で輝くアレクシスへの揺るぎない称賛と、現実離れした「筋肉の怪人」への嘲笑。
しかし、その「オーガ」と呼ばれた男が、間もなく軍の常識を文字通り物理的に叩き潰していくことになるとは、この時の酔客たちは知る由もありませんでした。




