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第56話:不穏なる視察者

闇ギルドの拠点を、ハンスの戦術とディエスの筋肉で完璧に制圧した直後のことだ。


その様子を、戦場から遠く離れた丘の上から静かに見下ろす三つの影があった。


中央に立つのは、王国魔法軍の頂点、軍団長ルイス。そしてその左右を固めるのは、軍の中核を担う二名の副軍団長である。 


一人は、凛々しい佇まいで腕を組む男、アレクシス。ディエスの10歳年上で、王国史上最年少で副軍団長に上り詰めた若き天才だ。


もう一人は、派手な装束に身を包み、退屈そうに爪を眺めている**「変幻の麗人」ミスティ**だった。


「あらァ、あの子が噂の『魔法を使わない少尉』? 嫌だわ、軍服があんなにパンパン。重戦車のような肩幅に、岩石を削り出したような巨大な腕……。美しさに欠けるわねェ、アレクシスちゃん」


ミスティは艶然えんぜんとした仕草とオネエ言葉でケラケラと笑い、隣のアレクシスに寄りかかった。


アレクシスは眉をひそめ、冷淡にそれを突き放す。


「ミスティ、ふざけるのはよせ。閣下の前だぞ。……だが、確かに異様だな。あの鋼鉄の甲冑のごとき分厚い胸板から放たれる一撃、あれは魔力による破壊ではない。純粋な『質量』の暴力だ」


アレクシスはかつて学園の記録を塗り替えた秀才だが、魔法を使わない魔法使いなど、彼の常識には存在しなかった。


遠くで豪快に笑うディエスの圧倒的な存在感は、アレクシスの鋭い感覚を逆撫でする。


「閣下、いかがなさいますか。あの男……ディエス・フォン・バルカスをこのまま遊撃小隊に留めておくのは、軍の秩序を乱す不確定要素になりかねません」


軍団長ルイスは、深い沈黙の末、重厚な口を開いた。


「……面白いではないか。魔法を捨てた男が、どこまで魔法の世界を壊すのか、見届けよう」


一方、丘の下。ハンスと談笑していたディエスは、ふと背筋に走った奇妙な悪寒に、鉄板のような腹筋を緊張させた。

(……なんだ? あの視線。……あそこに立ってるの、アレクシスじゃねぇか。ああ、そうだ。あいつ、ゲームのシナリオじゃ確か『ラスボス』だったはずだぞ)


ディエスは、かつてプレイしたゲームの記憶を呼び起こそうと、岩石のような拳で頭をポリポリと掻いた。


(学園を卒業して今は副団長……。面識はねぇはずだけど、あいつ、なんで勇者のアリオスと敵対するんだっけか? 確か深い理由があった気がするけど……ダメだ、最近筋肉のことばかり考えてたから思い出せねぇ!)


アレクシスがなぜ闇堕ちし、勇者と戦うことになるのか。


その重要な動機を忘れてしまったディエスだが、丘の上に立つアレクシスの立ち姿には、記憶の中の「ボスキャラ」としての威圧感が満ちていた。


「……バルカス少尉。あの方々は王国魔法軍の最高幹部、ルイス閣下と副軍団長のアレクシス様、ミスティ様です。不用意に、その山脈のように盛り上がった大胸筋を突き出して挑発しないでくださいよ」

ハンスが低声で釘を刺す。


アレクシスの隣で優雅に笑うミスティからも、形容しがたいプレッシャーが漂っているのを、ハンスの鋭い戦術眼は敏感に察知していた。


「ガハハ! 閣下だかラスボスだか知らねぇが、俺の筋肉は逃げも隠れもしねぇ! ハンス、次の任務の準備だ!」


ディエスは記憶の欠落など気にも留めず、分厚い手のひらでパンと自らの胸を叩いた。


最強の物理と最凶の戦術。その胎動を、物語の終着点であるはずの「ラスボス」が、初めてその目に焼き付けていた。

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