第55話:信頼の筋肉、戦術の微笑
任務を完璧に遂行し、夕日に染まる廃城の瓦礫を背にしたディエス一行。
ディエスは、返り血を拭うこともなく、分厚い手のひらでハンスの華奢な肩を力任せに叩きました。
「ガハハ! まったく大したもんだ。ハンス、お前の言う通りに殴ったら、本当に指一本動かさずに勝てちまったな!」
「……痛っ……! 肩が外れるかと思いましたよ。
全く、加減というものを知らないのですか、この野蛮人は」
ハンスは痛む肩をさすりながら、忌々しげに眼鏡を直しました。
しかし、その視線はいつもとは違い、どこか落ち着かない様子でディエスの岩石を削り出したような巨大な腕と、鋼鉄の甲冑のごとき厚みを持つ胸板を交互に見ていました。
「……バルカス少尉。なぜ、私の指示に従ったのですか。今までの上官たちは、魔力のない私の戦術など、ろくに聞きもしませんでしたよ。実績のある魔法使いの勘の方が、私の計算より正しいと、誰もが切り捨ててきた」
ハンスの自嘲気味な問いに、ディエスは重戦車のような広い背中を預け、清々しい顔で笑い飛ばしました。
「ガハハ! 当たり前だろ。お前の言う通りにしたら勝てた、それが全てだ! 俺は難しいことを考えるのは苦手だからな。いいかハンス。これからの作戦は、全部お前に任せる。俺は何も考えず、お前が指した場所を全力でブチ壊すことに集中させてもらうぜ!」
ディエスの鉄板のような腹筋が、笑いと共に力強く躍動します。
彼は嘘偽りのない、まっすぐな瞳でハンスを見つめました。
「お前が指した場所なら、天界の門だろうが地獄の底だろうが、この筋肉で風穴を開けてやる。俺を信じるお前を、俺の筋肉が信じる。それで十分だろ?」
ハンスは一瞬、呆気に取られたように目を見開きました。
そして、ふっと視線を落とし、今まで誰も自分の価値を認めなかった軍の冷遇を思い返します。
しかし、目の前の男は、自分の「戦術」を唯一無二の武器として受け入れたのです。
「……そうですか。ならば、せいぜい馬車馬のように働いていただきますよ、少尉。私の戦術を100%の出力で具現化できる駒は、世界に貴方一人しかいませんから」
ハンスの口元には、いつもの皮肉ではない、どこか満足げで、珍しく嬉しそうな微笑が浮かんでいました。
「……ディエス様。……ハンスさんも、悪い顔してる。……でも、二人とも意外と相性、良いかもね」
銀髪の従者エルザが、ディエスの丸太のような太い二頭筋をうっとりとマッサージしながら呟きます。
「……全く。脳筋と毒舌戦術家が意気投合しちゃうなんて、この部隊の未来が怖いわね」
漆黒の髪を揺らす才女リナは、呆れながらも、夕闇に消えていく凸凹コンビの背中を、穏やかな表情で見守るのでした。




