第53話:最悪の相性と、理不尽の受注
「——全員、鉄の杖を置け。その非効率な重しを持ち上げても、君たちの乏しい魔力回路が太くなるわけではありません。それは単なる自虐行為です」
ハンス准尉がキャンプに足を踏み入れるなり放った第一声は、部下たちへの「筋トレ中止命令」でした。
「おい、ハンス! 何を勝手なことを! 筋肉は裏切らねぇんだぞ!」
ディエスが山脈のように盛り上がった分厚い胸板を揺らしながら詰め寄ります。
岩石のような巨大な拳を握りしめ、丸太のような太い首筋に血管を浮かせて抗議する姿は、まさに憤怒の巨神です。
しかし、ハンスは眼鏡の位置をミリ単位で直すと、冷徹な声で一蹴しました。
「ディエス少尉。彼らの筋線維と貴方のそれは構造からして別物です。無理に鍛えれば明日の任務を前に全員が筋断裂を起こし、戦力外となる。それは軍リソースの『無駄』です。……貴方たちは杖を持ち直し、私の計算した『最小魔力による効率的術式』の予習を。早くしなさい」
地獄の筋トレから解放された5人の部下たちは、救世主を見る目でハンスに従いました。
「ガハハ! 理屈っぽいやつだ。だが、部下の体調管理も副官の仕事か。リナ、こいつは意外とマメだな!」
「……マメというより、ディエス様のやり方が無茶苦茶すぎるだけですよ」
漆黒の髪をかき上げる才女リナは、ようやく部隊に「正気」が持ち込まれたことに安堵のため息をつきました。
その横では、銀髪の従者エルザが無機質な視線でハンスを観察しています。
「……ハンス。……ディエス様の、筋肉を、否定した。……万死に値する、けど、事務能力は、認める」
「……エルザさん、物騒なことは言わないでください」
リナがエルザをたしなめていると、ハンスが軍から届いたばかりの指令書を広げました。
「さて、少尉。感傷に浸る時間は終わりです。司令部から『遊撃小隊』としての初任務が下りました。王都近郊の廃村を拠点にする闇ギルドの『隠密摘発』です。被害を抑え、迅速かつ静かに包囲を完了せよ、とのことです」
「隠密だと? 闇ギルドを根こそぎブッ叩けばいいんだな!」
ディエスがはち切れそうな軍服の袖から、丸太のような太い二頭筋を盛り上げて拳を鳴らしました。
「話を聞いていますか? 『隠密』と言ったはずです。……全く、貴方のような理不尽な破壊衝動を抱えた上官を持つと、報告書の偽造技術ばかりが向上しそうで嫌になりますね」
ハンスは深く溜息をつき、ディエスの鋼鉄のように硬そうな広背筋を一瞥して、冷たく言い放ちました。
「せいぜい、その岩石のごとき拳を無駄に振り回さないように。……いいですね、現場での指示は全て私が行います」
「ガハハ! 面白い、ハンス。お前の『戦術』とやらが、俺の『筋肉』にどこまでついてこれるか見せてもらおうじゃねぇか!」
こうして、魔法軍の常識を無視した「筋肉」と「知略」の凸凹コンビが、初めての任務へと赴くことになりました。




