第52話:参謀、現る(※ただし、やる気ゼロ)
ディエス少尉率いる『特別独立遊撃小隊』のキャンプでは、悲惨な光景が広がっていました。
「……ダメです。このままだと、魔法も使えず、かといって筋肉もディエス様ほどには育たない、ただの『疲れ果てたもやし集団』になってしまいます」
漆黒の髪をなびかせる才女リナは、鉄の杖をダンベル代わりにして白目を剥いている5人の部下を見て、頭を抱えていました。
ディエスの野生の勘と筋肉に頼り切った軍運営には限界がある。
今必要なのは、軍の規律を整え、戦略を練る「脳」――参謀役でした。
リナが軍の資料室を漁り、ようやく見つけ出したのが、閑職に追いやられて書類の山に埋もれていた男、ハンス准尉でした。
彼は名家の生まれながら魔力量が極端に少なく、エリート揃いの魔法軍では「使い物にならない知識人」として、この薄暗い資料室へ左遷されていたのです。
「……失礼します。ハンス准尉ですね?」
山積みの書類の隙間から、眼鏡を光らせた無愛想な青年が顔を出しました。
彼は、挨拶に来たディエスの岩石を積み上げたような屈強な体躯と、特注の軍服が今にも弾け飛びそうな分厚い胸板を一瞥すると、心底嫌そうな顔をして眼鏡を指で押し上げました。
「……何ですか。私は今、軍馬の餌の予算を1ギル単位で削るという、魔力の多寡に関わらず遂行できる非常に有意義かつ孤独な作業に没頭しているのですが」
皮肉である。暇を持て余しているといっているも同然だった。
ハンスの声は冷徹で、ディエスの丸太のような太い二頭筋が発する圧倒的な威圧感にも全く動じる気配がありません。
「ガハハ! 野蛮人とはいい挨拶じゃねぇか! だがな、ハンス。そんな場所で埃を被ってちゃ筋肉が腐るぞ。お前みたいなベテランの知恵が必要なんだ。なぁ、もう30代も半ばだろ? 落ち着いて書類仕事するのもいいが、俺と一緒に一汗かこうぜ!」
ディエスが丸太のような腕を組んでガハハと笑うと、ハンスの眉間がピクリと跳ねた。彼は持っていたペンを叩きつけるように置くと、氷のような冷徹な声で言い放った。
「……バルカス少尉。今、何と言いました?」
「ん? 30代半ばのベテランの落ち着きだって褒めたんだよ」
「訂正しなさい。私はこれでも、花の20代前半です」
「……えっ?」
ディエスは岩石のような拳で頭をポリポリと掻き、まじまじとハンスの顔を見た。深く刻まれた眉間の皺、理屈っぽそうな口元、そして何より人生の酸いも甘いも噛み分けたような「老成した雰囲気」。
「……嘘だろ? どこからどう見ても、胃薬を片手に部下の不始末を謝罪して回るベテラン准尉のツラだぜ。苦労しすぎなんじゃねぇか?」
「誰のせいで苦労していると思っているんですか! 貴方のような、力加減を知らない人種の尻拭いをするために、私の細胞は日々老化という名のマッハ走行を強いられているんですよ!」
ハンスは立ち上がり、ディエスの分厚い大胸筋を指差して吠えた。
「いいですか、私は無駄が嫌いです。特に、規律を無視して暴れ回り、私の貴重な20代の潤いを奪うような野蛮人の上司は、私の視界から消えていただきたい!」
「……ハンス准尉。落ち着いてください、お肌に障りますよ」
リナが苦笑しながら間に入った。
「ディエス様は確かに制御不能ですが、その破壊力は本物です。魔法の才能がないと貴方を捨てたこの軍を見返すために、この『筋肉の塊』を王国最強の武器にしてみませんか?」
ハンスは冷めた目で、ディエスの重戦車のような肩幅を見上げた。
「武器? 整備不良の重戦車の間違いでしょう。……いいでしょう。このままここで書類の塵になるよりは、少しはマシな退屈しのぎになりそうだ。ただし、私の指示に従わない場合は、即座に胃薬代を請求して辞めさせていただきますよ」
「ガハハ! 胃薬なんていらねぇ、プロテインを飲めば若返るぜ!」
ディエスが分厚い手のひらでハンスの肩を叩くと、華奢なハンスの体はガクンと揺れた。
「……さっそく整体の治療費を請求したくなってきました。あと、そのプロテインとやらは本当に効果が証明されているのでしょうね?」
こうして、最強の「物理」に、老け顔の「毒舌参謀」が加わることになった。




