49話:上官の苦悩(※筋肉は魔法か?)
王国魔法軍、第三部隊の詰所。
そこでは、先ほどの演習を見ていた上官のロジャー大尉が、眉間に深いしわを寄せて唸っていました。
「……ありえん。あんなことがあってたまるか」
バルトスは、先ほどディエスが放った「大胸筋バリヤー」の光景を反芻していました。
「魔法障壁……だと? 冗談ではない。私の目には、奴が自分の胸板を岩石のような拳でブッ叩いた瞬間に、ロベルト教官の魔法がぶつかって砕けたようにしか見えなかったぞ」
現場にいたロベルト教官は、自慢の氷魔法をあっさりと「筋肉(と本人が言い張る何か)」に防がれ、あまりの衝撃に今も演習場で呆然と立ち尽くしています。
「ロベルトの氷魔法は、並の騎士なら鎧ごと貫く威力がある。それをあいつは、魔力の壁どころか、はち切れそうな軍服のボタン一つ飛ばさずに防ぎ切ったんだ……」
そこへ、部屋の扉がノックされ、黒髪のリナが、少し控えめに銀髪のエルザを伴って入ってきました。
「ロジャー大尉、お忙しいところ失礼します。ディエス・フォン・バルカスの従者として、本日の演習に関する補足と……その、謝罪に参りました」
リナは、手元の報告書をロジャーの机に置きました。
「リナくん、君からも言ってくれ。あれを『魔法』として認めるわけにはいかんのだ!」
「私に言われても困ります! 彼は敗北感に打ちひしがれているロベルト教官に向かって、『教官、魔力が足りないんじゃないですか? 筋肉がついてないからですよ!』とか言って、無理やりスクワットをさせているんですから……」
「……ロジャー大尉。……考えすぎ。……ディエス様は、ただ硬いだけ」
リナの後ろで直立していたエルザが、感情を抑えた声でボソリと呟きました。
「エルザさん! 余計なことを言わないでください、バルトス大尉がさらに混乱するでしょう!」
リナにたしなめられ、エルザは静かに目を伏せましたが、その口元はどこか誇らしげでした。
「しかしだな、リナくん。ただ硬いだけでロベルトの魔法が防げるわけがないだろう! あいつは何か、特殊なアーティファクトを……いや、まさかな」
ロジャーは正解に近いところまで考えが行き着きましたが、あまりに馬鹿げた推測だと思い直し、再び机に突っ伏しました。
「あいつは自分の丸太のような太い腕を見せつけながら、『魔力とはすなわち、タンパク質の輝きだ』なんてデタラメを叫んでいる。……だが、無傷だったのは事実。報告書には……『筋肉による特殊な防護術(推定)』と書くしかないのか……」
魔法こそが最強であるはずの王国魔法軍。
その象徴である詰所に、今、筋肉という名の「説明不可能な理不尽」が、着実に根を張り始めていたのです。




