第36話:刺客の夜、そして従者たちの絆
王都の夜は、漆黒の闇に包まれていた。 学園の敷地内には、不気味な静寂が広がる。
そんな中、数人の影が音もなく忍び込んでいた。
彼らは公爵ボリスがディエスを排除するために放った隠密部隊「影」の一員だ。
(目標は、ディエス・フォン・バルカス。奴は我々の動きに気づいていないはず。寝込みを襲い、事故に見せかけて抹殺する)
刺客たちは、ディエスが眠るはずの部屋へと向かう。
しかし、その部屋から漏れ聞こえてくるのは、尋常ではない「シェイク音」と、どこか甘ったるい香りだった。
「ふんぬぅぅぅっ! あと20回だ! 俺のプロテインよ、至高の輝きを放て!」
部屋を覗き見ると、そこにはタンクトップ姿のディエスが、丸太のような腕をブンブン振り回して、特大のシェイカーを振っている姿があった。
「ディエス様……。夜中にプロテインを精製する際は、せめて部屋の防音結界を張ってください。隣の生徒から苦情が来ています」
黒髪を一つに束ね、呆れ顔のリナが、膨大な魔力で防音結界を張る
。彼女の額には、日中の政務と夜中の主人の奇行による疲労が色濃く浮かんでいた。
「……ディエス様の、プロテイン。……今日の、フレーバーは……何?」
黒い髪をさらりと流したエルザは、剣を磨きながらディエスの手元をじっと見つめている。
彼女は常に冷静だが、ディエスに関することとなると、その表情はわずかに緩む。
刺客たちは、完全に計算が狂った。ターゲットは寝ているどころか、深夜にプロテインを自作している。 (だが、好都合! 奴の意識は手元に集中している。今だ!)
一人の刺客が、天井から音もなく降下し、ディエスの背後へ忍び寄った。
毒を塗った短剣が、彼の首筋目掛けて振り下ろされる。
「遅い」
その一瞬、エルザの姿が消えた。 「ガキンッ!」と金属音が響き渡り、刺客の手から短剣が弾き飛ばされる。
エルザは、いつの間にか刺客の背後に回り込み、その喉元に切っ先を突きつけていた。
「……ディエス様の、安眠……邪魔しない」
エルザの瞳は、まるで獲物を狩る獣のように鋭く光っている。
彼女の剣技は以前にも増して洗練され、もはや「孤独な剣鬼」の片鱗を遥かに超えていた。
「な、なんだと!? 一瞬で我々の奇襲を……!」
動揺する刺客たち。 その隙を、リナが見逃さなかった。
「貴方たち、そこで停止しなさい! 凍結魔法・『絶対静止領域』!」
リナが魔導書を掲げると、部屋の入り口に展開されていた刺客たちの足元から、瞬く間に氷の魔法陣が広がっていく。
彼らの足は地面に凍りつき、身動き一つ取れなくなった。
「がっ……体が……動かない!?」
「私たちを、ただの従者だと思わないでください。私たちは、貴方たちが『野蛮』と蔑むディエス様と共に、泥臭く、しかし誰よりも強く成長してきたんですから!」
リナの魔力は以前よりも桁違いに増幅されていた。
その瞳は、怒りと、そして主を守る決意に満ちている。
「ガハハハハ! いいぞリナ、エルザ! 最高の防衛戦だ!」
ディエスは、相変わらずプロテインをシェイクしながら笑い飛ばした。
彼は最初から、刺客たちの存在に気づいていたのだ。
「フン! 愚かな。こんなひょろい連中で、この俺を倒せるわけがねぇだろうが。だが、お前たちのその技術、プロテインを混ぜるのに役立ちそうだな。今日の深夜勤務に組み込んでやる!」
「い、いやだぁぁぁぁぁっ!!」
刺客たちの悲鳴が、完璧に張られた防音結界の中で響き渡った。
こうして、ボリスが放った隠密部隊は、ディエスとその従者たちの圧倒的フィジカル(と、まさかのプロテイン精製作業)によって、呆気なく返り討ちにされたのだった。
リナとエルザの成長は、ディエスという「筋肉の塊」を守るために、確かな進化を遂げていた。




