第34話:筋肉合宿開始! 勇者よ、その細腕を捨てろ
アリオスの弟子入り志願から一夜。
俺は将来の安泰を確実なものにするため、この「保険金」……もとい勇者を徹底的に叩き直すことに決めた。
場所は学園の片隅、俺が勝手に占拠しているトレーニングエリア。
そこには、覚悟を決めた顔のアリオスと、なぜか「アリオスくんが変な宗教に……」と心配してついてきたクレア、そしていつもの二人がいた。
「よし、アリオス。地獄へようこそ。まずは基礎中の基礎だ。これを飲め」
俺ははち切れそうな上腕二頭筋を誇示しながら、不気味な緑色の液体がなみなみと注がれた特大のジョッキを差し出した。
「こ、これは……? 師匠、もしや伝説の聖水か何かですか?」
「バカ言え。俺特製の『バルカス・マッスル・カクテル』だ。生の卵白20個に、森で狩った魔獣の肝臓、そこに最高級のアミノ酸と、隠し味にリナの淹れた苦いお茶をブレンドした」
「隠し味に他人の私怨を混ぜないでください!!」
リナが即座に鋭いツッコミを飛ばす。
彼女は俺が作成した「地獄の献立表」を奪い取って絶叫した。
「ちょっとディエス様! 何ですかこの食事メニューは! 『朝:肉。昼:肉。夕:肉。間食:肉とスクワット』って、これじゃ勇者が覚醒する前にただのミートボールになっちゃいますよ!」
「ガハハ! 筋肉の材料は筋肉だろ? さあアリオス、飲め! 飲み干した瞬間に世界が変わって見えるぞ!」
「は、はいっ! いただきます!!」
アリオスが意を決して緑の液体を喉に流し込む。
「……っ!? ……ぐ……がはっ……!!」 彼の顔が一瞬で土色から紫へと変色していく。
「アリオスくん!! 誰か、誰か治癒魔法を!!」
クレアが慌てて神聖魔法を唱えようとするが、俺はそれを分厚い手のひらで制した。
「待てクレア。それは毒じゃねぇ、筋肉が歓喜している声だ。見ろ、アリオスの僧帽筋がピクピクしているだろ? 栄養が全身に駆け巡っている証拠だ!」
「歓喜じゃなくて拒絶反応ですよ! ほら、エルザさんも何か言って……って、何してるんですか!」
リナが振り返ると、エルザは無表情にアリオスの脈拍を計りながら、もう片方の手で俺のプロテインを自分の水筒に詰め替えていた。
「……アリオス、合格。……ディエス様の、エキス……私も、飲んで……強くなる」
「エルザさんまで汚染されてる!? 誰も正気な人がいない!!」
リナの叫びも虚しく、アリオスはプロテインを飲み干すと、ふらつきながらも立ち上がった。
その瞳には、かつてないほど「野蛮な生命力」が宿っている。
「師匠……。なんだか、今まで悩んでいたことがどうでもよくなってきました……。ただ、今すぐ重いものを持ち上げたい……そんな衝動に駆られています!」
「よし、いい顔だアリオス! さあ、まずはその辺にある馬車を持ち上げながら校庭を10周だ!」
「はいっ!!」
「校庭を破壊する気ですか!? 馬車は持ち上げるもんじゃなくて乗るもんです!!」
リナのツッコミが木霊する中、アリオスは叫び声を上げながら馬車に飛びついた。
勇者覚醒の鍵は、伝説の聖剣でも聖女の祈りでもなかった。
それは、リナの胃を痛めつけるほどの、圧倒的な「バルクアップ」であった。




