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第30話:筋肉と書類、そして従者たちの日常


バルカス領に活気が戻り、新道の運営も軌道に乗り始めた。だが、それは同時に凄まじい量の「事務作業」が発生したことを意味していた。


学園の自室。そこには、大量の羊皮紙の山と格闘する二人の少女の姿があった。


「もう……! ディエス様が現場で好き勝手暴れるから、契約書の修正が追いつきません!」


青い髪を一つに束ね、徹夜明けのくまをうっすら浮かべてペンを走らせるのは、筆頭従者のリナだ。 本来は「氷の魔女」として世界を凍りつかせるはずの彼女は、今やディエスの放り出した書類を神速の演算能力で片付ける、最強の事務官と化していた。知的な眼鏡の奥の瞳は、過労とディエスへのツッコミ欲求で鋭く光っている。


「……リナ、無理しすぎ。……ディエス様の背中、見てれば……疲れ、飛ぶ……」


対照的に、野営のための保存食の整理をしているのは料理担当のエルザだ。


銀髪をさらりと流し、透き通るような肌を持つ彼女は、ディエスのいない世界では「孤独な剣鬼」と呼ばれるはずだった。


だが今は、ディエスの圧倒的な暴力パワーに魅了された忠実な猟犬だ。


彼女は時折、隣で眠るディエスの丸太のような二の腕に指で触れ、その硬度を確認してはうっとりと頬を染めていた。


「エルザ! 貴女も甘やかさないでください! ……ほら、主様! 起きてください!」


「……ん? ……ふんぬぅぅぅっ!!」


リナの怒声に、椅子に深く沈み込んでいた巨躯が跳ね上がった。 ディエスが背筋を伸ばすと、制服の背中が**「バリバリッ」**と嫌な音を立てる。


「……お、おうリナ。書類か? 俺の目には、この文字が全部『プロテインの成分表』に見えてきてダメだ。三行読むと、筋肉が休止モードに入っちまう」


「ただの居眠りですよね!? 貴方の夢である『開拓地でゴロゴロ』を実現させるために、私がどれだけ領地経営の勉強をしてると思ってるんですか!」


「ガハハ! 頼りにしてるぜ、俺の相棒パートナー。お前が頭脳で、俺が筋肉。これぞ最強のフォーメーションだろ?」


ディエスがはち切れんばかりの大胸筋をピクピクと躍動させると、リナは「その筋肉で誤魔化されない……はずだったのに……」と顔を赤くして俯いた。


「……ディエス様……お腹、空いた……? ……お肉、焼いた……」


エルザが無表情ながらも甲斐甲斐しく、山盛りの赤身肉を差し出す。 「おお、分かってるなエルザ!」と肉を食らう主の姿を見ながら、リナは溜息をつきつつも、再びペンを握った。


「全く……この人は私たちがいないと本当にダメなんですから。……でも、その分は私が完璧に支えてあげますけど」


主の野蛮な咀嚼音と、エルザの熱い視線。 そしてリナの計算機の弾ける音。 嵐の予感を前にした、バルカス家主従の騒がしくも温かい日常の一コマだった。

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