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第29話:商人視点「街道の守護獣」


バルカス領へと続く新道、「マッスル・ハイウェイ」を走る商人の馬車。その御者台で、ベテラン商人のレインは隣の若い丁稚に語りかけていた。


「いいか、坊主。この道を通るなら、一つだけ絶対に守らなきゃいけないルールがある」


「ルール……ですか? カトラス公爵家の検問に気をつけろ、とか?」


丁稚の問いに、レインは首を横に振った。


「違う。……もし、目の前に『山のような巨躯の男』が現れたら、持っている一番いい肉を差し出すんだ。それがこの街道の通行税……いや、『供物』だと思え」


レインは遠い目をして、数日前の出来事を思い出す。 あの日、彼の馬車は長雨でぬかるんだ泥濘ぬかるみにハマり、立ち往生していた。


荷の重さで車輪は沈み、馬がどれほど鳴いてもビクともしない。途方に暮れていたその時だ。


背後から**「ミシミシ……」**と、およそ人間が歩く音とは思えない重低音が響いてきた。


振り返ると、そこには制服のボタンを弾き飛ばし、丸太のような腕を組んだディエス様が立っていた。


「……邪魔だなぁ」


低い声に、レインは死を覚悟したという。


だが、ディエス様は無造作に馬車へ手をかけると、鼻歌混じりに馬車を馬ごとひょいと持ち上げたのだ。


「よっと。……おい、次はちゃんと空気圧……じゃねぇ、地盤の固いところを走れよ」


数トンはある荷馬車を、まるで手荷物のように乾いた地面まで運んでくれたディエス様。


レインが震えながらお礼を言うと、彼は自慢の大胸筋をピクピクと躍動させながらこう言い残した。


「礼なら肉で寄こせ。上質なアミノ酸が、俺の筋肉ソウルを呼んでるんだ」


それ以来、商人たちの間で「マッスル・ハイウェイ」の噂は一気に広まった。


「あの方は野蛮に見えて、実は一番頼りになる『街道の守護獣』なんだ」 「昨日も崖崩れで塞がった道を、あの方が拳一つで更地に戻してくれたよ」


カトラス公爵家の嫌がらせで道が閉ざされた時、誰もが絶望した。


だが今、この新道には活気が戻っている。


公爵家の「見えない圧力」よりも、ディエス様の「見える腕力」の方が、商人たちにとっては遥かに信頼できる指標バロメーターとなっていた。


レインは、懐に忍ばせた特大の干し肉をそっと撫でた。 「今日もどこかで、あの守護獣様が筋肉を光らせているんだろうさ」

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