第25話:公爵令息ボリスの「正義」
魔導対抗戦でのディエスの無双は、学園内に大きな波紋を呼んでいた。だが、その衝撃を最も不快げに、そして傲慢に見下ろしている男がいた。
【一般生徒視点】
豪華な刺繍が施された絹のローブをまとい、数人の取り巻きを引き連れて廊下を歩く姿は、遠目から見ても「選民思想の塊」だった。
ボリス・フォン・カトラス公爵令息。
色白でひょろひょろとした細身。健康的な日焼けなど一切ないその姿は、いかにも「自分では指一本動かさない高貴な身分」を象徴している。
「おい、見たか……。ボリス様がまた審判の先生を呼び出しているぞ」
「さっきのディエス君の試合、無理やり無効にさせる気じゃないかしら……」
生徒たちが遠巻きに囁き合う。
カトラス公爵家自体は、王国でも指折りの「正義の家系」として知られ、領主である父親や優秀な長男は国民からも尊敬されている。
だが、末っ子のボリスだけは違った。
偉大な父や兄と比較され続け、魔法の才能はあっても、それ以外に誇れるものがない。
その劣等感が、彼を「権力という名の鎧」に閉じ込めてしまったのだ。
「……汚らわしい。あんな筋肉ダルマを野放しにするなど、この学園の、ひいては王国の品位に関わる」
ボリスは潔癖症のように白い手袋を直し、目の前に直立不動で冷や汗を流している教師を睨みつけた。
「ですがボリス様、ルール上は問題が……」
「ルール? 先生、聞き捨てなりませんね。ルールを作るのは我ら貴族であり、それを守らせるのが君たちの仕事だ。僕の父に、この学園の予算について再考するよう進言してもいいのですよ?」
「……っ! い、いえ、それは……」
教師の顔から血の気が引く。
ボリスは、正面から戦う度胸など持ち合わせていない。
だが、相手が「逆らえない立場」であると分かれば、容赦なく家の力、金の力、法律の抜け穴を使って追い詰める。
「魔法こそが選ばれし者の力。泥臭く筋肉を鍛えるなど、下等な労働者のすることだ。あの男のような『ゴミ』は、適切な場所に掃き溜められるべきなのだよ」
ボリスは、ディエスが破壊した訓練場の残骸を見て、嫌悪感も露わに吐き捨てた。
彼の心にあるのは、魔導の研鑽ではない。ただ、自分を不快にさせる「異分子」を、権力という絶対的な重圧で磨り潰すことだけだった。
【ディエス視点】
「ふんぬっ!……ふんぬっ!」
俺は廊下の隅で、リナとエルザを両肩に乗せてスクワットに励んでいた。
「……ディエス様。さっきからボリス様が、先生を脅して貴方の成績を不合格にしようと画策してますよ。よくそんな呑気に運動してられますね」
「ガハハ! 心配性だなぁ。あんなの、背筋をちょっと張れば弾き飛ばせるっつーの。権力とか法律とか、俺の筋肉より硬いもんがあるなら持ってこいってんだ」
「筋肉に法は通用しませんけど、退学になったら開拓地どころじゃなくなりますよ! 本当にこの人は……!」
リナのツッコミが響く中、俺は確信していた。
あのひょろひょろの公爵令息が何を企もうと、最後は物理が勝つということを。




