12話:折れた剣と、かつての亡霊(前編)
リナが過去を清算してから数日。
バルカス領に隣接する領地との間で、定期的な合同演習が行われることになった。
この世界では、人里を脅かす「魔獣」という共通の敵が存在する。
魔法こそが対魔獣の決定打とされるが、魔法使いは希少だ。
そのため、魔法使いが広域殲滅魔法を放つまでの時間を稼ぐ「前衛」の育成は、どの領地にとっても死活問題だった。
15歳になった俺は、父上の名代として、成長したリナとエルザを連れて演習場へと向かった。
だが、演習場のキャンプに到着した瞬間、エルザの様子が一変した。
銀髪を低く結い、いつもは冷静沈着な彼女の手が、腰の剣に触れたまま小刻みに震えている。
「……どうした、エルザ。筋肉が強張ってるぞ。魔獣の気配でもしたか?」
俺が声をかけると、彼女は青ざめた顔で、隣領の支援部隊として陣取っている一団を見つめた。
そこには、血生臭い紋章を掲げた傭兵団――『鉄の牙』がいた。
「あの紋章……忘れるはずがありません。私を……いえ、身寄りのない子供を拾っては、魔獣の牙から魔法使いを守るための『肉の壁』として使い潰していた連中です」
魔獣との戦いは過酷だ。
魔力の温存が必要な魔法使いを守るため、魔法の素養がない者は傭兵団に囲われ、ただ「盾」として最前線に立たされる。
エルザは10歳まで、魔獣の咆哮が響く地獄で「死ぬまで魔法使いを守れ」と、盾の使い捨て方だけを教育されてきたのだ。
「おお、おい見ろよ。あの銀髪……。5年前の防衛戦で、魔獣の餌食になったはずの『104番』じゃねぇか」
下卑た笑い声を上げながら、ガタイだけはいい傭兵たちがこちらに歩み寄ってきた。
中心にいるのは、エルザを「盾」として扱っていた元上官だ。
「まさか生きていたとはな。おい『104番』、主人が変わったようだが、また都合のいい盾をやってるのか? ならば久しぶりに教育してやる。盾は魔獣に食われる瞬間まで、主人より前に出るなと言っただろうが!」
元上官が、威圧的に剣の柄でエルザの肩を小突こうとした。
エルザは反射的に身を竦める。染み付いた「盾」としての服従と、魔獣に怯えていた頃の記憶が、彼女の誇り高い剣技を縛り付けていた。
だが、その汚い手がエルザに触れる前に、鉄の柱のような腕が割り込んだ。
「……おい。誰の許可得て、俺の『大事な剣』に触ろうとしてんだ?」
俺は茶髪を揺らし、一歩前に出た。
15歳とは思えない分厚い胸板が、元上官の視界を完全に遮る。
「あ、あん? なんだこのデカブツは……。坊ちゃん、こいつは俺たちの所有物だったんだ。魔獣除けの盾として返してもらおうか」
「所有物? 笑わせんな。こいつは俺が認めた、世界でたった一人の騎士だ」
俺は震えるエルザの肩を、熱い手のひらで力強く包み込んだ。
「いいか、エルザ。こいつらの命令はもう聞こえない。お前の剣は、魔獣に食われるための盾じゃない。俺の隣で、俺と一緒に勝利を掴むためのもんだ」
俺の放つ代謝熱が、彼女の凍りついた恐怖を溶かしていく。
エルザの瞳に、かつての絶望ではなく、初めて「己の意志」という火が灯るのを、俺は確かに感じ取った。




