1話:鉄塊に抱かれて
投稿予定参考
17話 主人公と従者2人
「……あと、3回。いや、あと5回はいける」
都内にある24時間営業のゴールドジム。
午前1時の静まり返ったフロアに、佐藤健三(30歳)の荒い呼吸音が響いていた。
IT企業の激務に追われる彼にとって、この時間は唯一、社会のしがらみから解放される聖域だった。
仰向けに横たわるベンチプレスのシャフトには、片側100kgを超えるプレートが重なっている。
その重量は、彼が一日中浴びせられる上司の小言や、理不尽な納期よりもずっと誠実だった。
(重い……だが、これがいい。筋肉を裏切らなければ、筋肉も俺を裏切らない)
健三は、最近自分が熱中しているファンタジーRPG『エターナル・キングダム』の世界を思い浮かべていた。
彼はそのゲームで特に不遇な脇役「ディエス」の極端なステータス配分に、奇妙なシンパシーを感じていた。
魔法がすべてを支配する世界で、物理能力の素養が高いのに、親から魔法教育を強制され、せっかくの作中物理ステータス最強を全く活かせず、悪に歪む悲しきキャラだ。
それは、効率を求める現代社会において、何のためでもなく、ひたすら重い鉄を持ち上げる自分の姿に重なった。
同僚に仕事で使わないのに、何のために鍛えてるのと問われ、言葉に詰まったのを思い出す。
雑念を振り払うように、トレーニングに集中する。
「ふんっ……ぬぅ、おおおおお!」
限界を超え、大胸筋が悲鳴を上げる。
バーベルをラックに戻そうとした、その瞬間だった。
――ゴォォォォォ……ッ!!
地底から突き上げるような、不気味な地鳴り。
直後、立っていられないほどの激しい縦揺れがジムを襲った。
「な、……地震か!?」
緊急地震速報の電子音が鳴り響く暇もなかった。
建物の構造が軋み、壁に立てかけられていたダンベルラックが、激しい振動で一気に崩壊した。
運が悪かった。
健三の頭上には、整理のために一箇所に集められていた、数十個にも及ぶ高重量のダンベルたちが並んでいたのだ。
「しまっ――」
バーベルを支えていた腕が、落下の衝撃で弾かれる。
逃げる隙はなかった。
視界を埋め尽くしたのは、漆黒の鉄塊。
合計数百キログラムに及ぶ「愛した鉄」が、容赦なく健三の肉体へと降り注いだ。
グシャリ、という生々しい音が脳内に響く。
(ああ……最後に持ったのが、200キロで良かった……)
意識が急速に遠のいていく。
激痛はやがて無感覚へと変わり、冷たい床の感触だけが残った。
もし、この筋肉がもっと……トラックをも弾き飛ばすほどの鋼鉄だったなら、この運命も変えられただろうか。
皮肉にも、愛した重量に押し潰される形で、佐藤健三の人生は幕を閉じた。
静寂が戻った暗闇の中で、彼の魂は、肉体の檻を抜けて遠い異空へと溶けていった。




