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孤独を愛するアクセサリー

作者: ニニ

私の人生は平凡といえる。家族仲は普通。普段はあまり話さないが話さないだけで仲は良くも悪くもなかった。


クラスでいじめがあったときは傍観者でいられた。人並みにひどいと思う気持ちはあったが止めに入ったり教師に言ったりする勇気はなかった。小心者だ。

勉強は時間をかけすぎず、遊ぶ時間をしっかりキープしながら行っていた。多少の上がり下がりはあったがいつも成績は中の下だった。


今は21歳。地元の大学に通っている。友達の紹介で居酒屋でバイトを始めた。同じ学科の友達2人といつも一緒に過ごしている。インスタのフォロワーは124人。この人誰だっけと思うアカウントもあったがそんな人はいちいち数えていなかった。

昔は美容師になりたかったが、"将来の夢"と呼ばれるものはとっくの昔に消えた。しかし今は2年先にある就活のことを考えるにはまだ早かった。




その日は1限目から授業があった。

通学のために歩いている路地を曲がるといつもと違う光景が目に入った。朝8時のはずなのに夜明け間近のように薄暗く、人ひとりいなかった。地方のさびれた商店街のようだと感じた。

ここは現実の世界ではないという考えが確信的に浮かんだと同時に、少しの恐怖を感じ、速足で歩きだした。少し歩くと何かを売っている路面店を見つけた。

見るとアクセサリーが売っている。ピアス、イヤリング、ネックレス、指輪…。

こんなところでアクセサリーを物色する気にもならなかったが、ふと一つだけ遠目からでも輝いているネックレスがあった。気づけば半分夢見心地でそのネックレスを買っていた。

店員からネックレスを受け取った瞬間、薄暗い世界が消えいつもの通学路に戻っていた。




ネックレスを買った日から私は変わった。

本当はあの子と仲良くしたいわけじゃなかったんだと知った。

本当はインスタなんてしんどいことだった。投稿につけられるハートの数を期待していたんだ。

本当は髪を緑色に染めたかった。

本当はバイト先のあの人と付き合いたかった。


私はそれがネックレスをつけたときに感じる気持ちだと知っていた。しかしネックレスをつける前から感じていた気持ちにも思える。でもネックレスをつけたときは素直にその気持ちを受け入れられた。

感じるままに行動をすることが怖くなかった。外したほうが楽に生きられることはわかっている。


感じること、行動をすることはエネルギーがいることだ。でももう、ネックレスをつける前の自分には戻りたくなかった。


大学で友達はいなくなった。勝手だと、ノリが悪いと言われたのが最後にかけられた言葉だった。家族からも変わったねと言われた。嬉しかったのに、虚しかった。自分のことを見てくれていなかったんだなと思ってしまった。

私は一人で生きることを考えざるを得なくなった。でもそれを考えることは、ネックレスをつけた私にとって嫌なものではなかった。





私は大学を卒業し、会社員になった。

インスタはやめた。

だいぶ前に髪を緑色にしたが、最近はシルバーにしたくなってきている。

いろんな人たちに出会った。

いじめられていたことを青春時代の思い出のように懐かしんで話す人や、大学を卒業したのにもう1回大学に入学した人、飲み物がこぼれそうなくらい大きなピアスホールが下唇に空いた人。その人は飲み物はこぼれないように飲む方法があるのだと教えてくれた。


案外、他人のことなんて誰も興味がなかった。


私が人と違うタイミングで笑っても、花柄の可愛らしいワンピースに極太の革のチョーカーを付けて会社に来ても誰もなにも言わなかった。

家族と恋人と数人の友人と敬愛する数人しか、自分は愛せないことを知った。だけどそれすらも愛し抜けなかった。


捨てたものもある。得たものもある。ネックレスをつけて得た世界を私は好んでいた。

いや、いつの間にか自分を愛していたのだ。




ネックレスをつけてから数年たっていた。

最近、もうこのネックレスを外してもいいのではないかと思うようになってきた。

だって、こんな私を誰も気にしない。今さら私が真夜中に酔って駅前で叫んでも、カラオケで音程を外しまくっても、誰も何とも思わないだろう。


外すタイミングを伺っていた。

何でもない日がいいのか、何かの記念日がいいのか、そんなことも考えてみた。誰にも言っていなかったから一人で決めなきゃいけなかった。


よし、明日外してみよう。いや、今日は仕事で遅くなったし明日でいいか。何かあったら明日の仕事に影響が出るかもしれない。よし、明後日外してみよう。

そんなことを繰り返した。

元に戻るのが怖いのかもしれない。だって保証がない。ネックレスを外した後の世界がどうなるのか、私にはわからなかったから。




とある日、思いきってネックレスを外してみた。

世界はどう変わるのだろう。数年前の世界に戻っているのだろうか。

家に置いていくのが不安で、ネックレスをカバンに忍ばせて家を出た。

すれ違う人が自分を見ている気がする。鏡を見てみると何も変なところはなかったついていなかった。なんで見るんだろう。何かあるのかな。不安だった。

同僚に聞いてみると、あなたの髪色がシルバーだからだよと言われた。

…まあ、確かにそうだ。この髪色は目立つ。そりゃ人も見るだろう。

でも人に見られるからと言って髪色を変える気にはならなかった。だってこの髪色、気に入っていたし、人が見るのは私が変だからじゃなかった。





結局、ネックレスを外した後の世界は変わらなかった。

相変わらず他人は自分を見るけれど、髪をシルバーにしている自分と話してくれる人がいる。

最初の少しの居心地の悪さを経験してしまえばあとはもう日常になった。

真夜中に酔っぱらって叫んでも、カラオケで音を外しても、素直に謝れなくても。それでも私をみてくれている人がいる。



ネックレスは消えていた。

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