第一章:千人の子と一人の母 前編
「お母さんに褒められたい」それだけだった。だけどその純粋な願いが、僕の人生をバグらせた。
この世界では「いい子」がすべてだ。
清麻呂、五歳。夢は文官。理由は一つ、「お母さん」に褒めてもらいたいから。
それだけを信じ、誰よりも成績を取り続けた。
でも、「お母さん」はある日、僕に夜中の面会を命じた。
それはご褒美じゃなくて、降格通知——
知らない方が幸せだった「適性検査」の真実。
やがて僕は、この世界のバグに気づいていく。
僕が一番でい続けるのは、たったひとつの理由――『お母さんに褒められたい』から。
僕は清麻呂。五歳。識別番号56248854。
僕の夢は文官になること。なぜなら、文官は一番いい仕事! 良いことをするとお母さんが褒めてくれる! だから、文官になるんだ。そのために成績一位をずっとキープしてる!
今日も『お母さん』との面会の列に並んでいる。
ただ、時間が違う。いつもは昼食のあとなのに、今は……真夜中の二時だ。
昼間のこの白い廊下には、大人ではないみんなの吐息と足音が充満していて、空気が濁っている。制服は皆同じ、男子は薄青い、女子は薄桃色。全員丸刈り。……昔、背の高い子どもが白衣を奪って脱出したから、子どもは全部丸刈りになったと、噂で聞いた。
なぜ、その人は脱出したのだろう?
お母さんがいるこの世界を捨てようとしたのだろう?
ここにいないとと、お母さんに会えないのに。
お母さんに会うためにみんな、千人の行列に並んでいるのに。
僕は並ばないけど。
だって「何時何分から面会」って決まっているのに、並ぶ必要ないよね? その時間に、所定の部屋に行けばいい。なのにみんな、並ぶんだ。いつも成績二番のカツヤも並んでたな。僕を追い越すために必死なんだけど、うっとうしい。
今は、この廊下に僕一人。
死刑囚が絞首台に続く廊下を歩く時ってこんな感じだろうか?
長い。
暗い。
怖い。
眠い。
ここでは、みんな22時就寝で六時起床なのに。こんな時間にベッドを出ているだけで不愉快。一時半に置きて身だしなみを整えて、また戻ってきてからパジャマに着替えて就寝、そして六時起床。今日一日つらいだろうな……以前、風邪が流行した時、夜中眠れなくて、翌日最悪の気分だった。あれがまた明日来るのか……
次のドアがお母さんの部屋。
この壁の向こうには『お母さん』がいる。
僕ら全員の『お母さん』。薔薇色のローブ、雲のような柔らかい腕、ご褒美でもらえるクッキーみたいな甘い香り。
でも、その香りの奥に、前の子どもたちの汗や髪の匂いが混じっていることもある。それが嫌いだ。僕だけのお母さんでいてほしい。でも、それは叶わない。だって、お母さんはみんなのお母さんだから。
いつもは白く明るい廊下。今は暗い。
窓の外が暗いだけでこんなに闇。
突然、深夜枠にまわされた。それはつまり……僕の順位が下がったということだ。
きっと、アキラと喧嘩したからだ。
「清麻呂くん。こんな夜中にごめんなさいね。急に時間が空いたので、あなたに会いたくなったのです」
面会室のドアを開けると、お母さんがにこやかに迎えてくれた。僕の10倍はありそうなふわふわの体で、両手を広げてくれている。
声のトーンはいつもと変わらない。いつものように優しい。だけど、これは“特別待遇”ではなく、“降格通知”のハズだった。
「会ってくださるだけで嬉しいです、お母さん! ありがとう!」
夜中に「お母さん」に呼び出された清麻呂。
それは、何かが変わる予兆でした。
「適性検査」、そして「深夜の面会」……
次回、世界のルールの片鱗が、静かに崩れ始めます。
お楽しみに。