エルヴィン魔法アカデミーの闇魔法講座では毎年死人が出る
ざわざわと学生たちで溢れかえっている、エルヴィン魔法アカデミーのエントランス。今日は僕が三回生になって初めての講義があるので、水晶掲示板に記されている講義室の場所を間違えないよう、入念にチェックしていた。
「ようクレイン、これから初講義かい?」
「あっ、タイラスさん、おはようございます」
声をかけてきたのは、マジカルスカッシュサークルの先輩である、タイラスさんだ。
「三回生になると学生たちのコース分けが始まるんだが……クレインは言うまでもなく、大賢者コースなんだろ?」
「もちろんですよ! このエルヴィン魔法アカデミーの生徒になったからには、目指すは大賢者ただ一つですから」
「じゃあ、今日の闇魔法講座も必修講座というわけだな。先輩の俺が、講義室まで案内してやるよ!」
「えっ……あ、はい! よろしくお願いします!」
……そしてタイラスさんは、大賢者コースで二年ほど留年ってる、苦学生でもあるのだ。
「ここの講義室さ」
「へえ、闇魔法の講義でも、ごく普通の講義室でやるんですね」
雑感を述べながら講義室の中へ入ろうとしたところ、タイラスさんに肩を掴まれた。
「待て、クレイン。一つ忠告しておく」
タイラスさんが、いつになく真面目な表情になっている。
「このドートス教授が請け負っている闇魔法講座は、毎年死人が出るんだ。覚悟しておいた方がいいぞ」
「ええっ、し、死人が!?」
「ああ、それも一人や二人じゃない。俺もこの目で見てきたから確かだ。さすがは闇魔法の講座と言ったところかな」
闇魔法が非常に危険であることは、魔法学を志す者にとっては自明の理だ。だけどアカデミーの講義ですら、死人が出るほどだなんて。
「まあ、出過ぎた真似をしなけりゃ大丈夫さ。俺も隣に座るけど、いざって時は自分で何とかしろよ」
「は、はい」
大賢者となるための試練が、早くも始まろうとしていた。
「はい、えーと。はじめましてー。闇魔法の講座を担当するメリル・ドートスと言います。一年間よろしくお願いしますねー」
講義開始を告げるベルの後で教壇に立ったのは、緩い雰囲気を持つ、ウェーブのかかった黒い髪が特徴的な女性教授だった。
これが毎年死人を出す教授なのか。第一印象ではまったくそう見えない。
「では、これが最初の講義なので、皆さんに闇魔法のことを理解してもらうためのお話をしたいと思いますー。皆さんは闇について、どう思いますか? 怖い? 恐ろしい? 光の逆? 色々あると思いますけど、まずいいイメージはありませんよねー。でも、闇はこの世界において、なくてはならないものなのですよー。想像してみてください。強い日の光に照らされたままで、人は安らかな眠りにつけるでしょうか? 心身に深い休息をもたらすには、静かな闇が必要不可欠なのですー」
講義内容も思ってたよりまともだ。その後も、講義は同じ流れのまま、ゆるーく終わってしまった。
まさか、タイラスさんに騙されたのか。そう思ってタイラスさんを見た。
「ふう、さすがに初日からは出ないよな」
本当に安堵した様子だった。やっぱりこの講義、最後まで油断ができないらしい。
日を改めて、僕とタイラスさんは光魔法の講義を受けていた。この光魔法講座も、大賢者コースの必修講座なのだ。
「はーい! それじゃ、キラキラの光魔法、実際にやってみまーす!」
レモイ教授の甲高い声が、講義室内に響く。放たれた魔法は夜の星々のように光り輝いていた。そしてそれを見つめる教授の目も、気味が悪いくらい輝いている。
「ほらぁ、この白と赤の光、きれいでしょ! これね、アスタミシア様とクレメント様がこの大地にもたらした栄華をイメージしてて……」
「ちっ、また脱線かよ」
タイラスさんがぼそりと呟いた。
このレモイ教授はアカデミー中で噂になっている。悪い噂だ。
かなりの光魔法至上主義で、教授たちとの仲が良くないらしい。特にあのドートス教授とは相性最悪だという。まあ、それは光と闇だからしょうがないんだけれど。
「じゃあ、今日の講義はこれで終わりまーす。みんな宿題がんばって、わたしみたいな光魔法が出せるようになってね!」
そして講義内容は意味不明。毎回宿題も出す。さらに……。
「ったく、毎年のことだけど、こんなデタラメ講義で試験パスしろって、無理すぎんだろ」
タイラスさんが、テキストをしまいながら不平を漏らした。そう、試験の内容がめちゃくちゃ難しいそうなのだ。留年した最大の原因は、光魔法の試験で2年とも落第したからだとタイラスさんは言う。
そんなんだから、レモイ教授は学生たちの間で蛇蝎のごとく嫌われている。胸がでかいぐらいしか、講義の見どころがないとまで言われる始末だ。間違いなく、大賢者コースの鬼門と言えるだろう。
数十日が経過したある日。今回の闇魔法講義は、珍しく屋外で行うことになった。
「みなさーん。集まってますかー。いやー、今日は日差しが強くなくて良かったですね。さっそく講義をはじめましょうか」
いつも通り、緩やかに講義が始まる。これまでの間、死人はおろか、危険を感じるようなことさえもなかった。
「皆さんがいるところはですねー、アカデミーの敷地内なんですが、昔は戦場になったこともあるんですよー。ですからこの地中には……」
この講義も、何事も無く終わるかと思っていた、その時だった。
「ちょっとぉ! メリルさん!」
甲高い声とともに、レモイ教授がドートス教授の前に現れた。
「……なんですかー? ミディルさん」
「あのね、今日はわたしたちがこの場所で、屋外の講義をする予定だったの! 今すぐ場所を移動してくれる!?」
後ろを見てみると、レモイ教授の後をついてきたと思われる学生たちが、呆れた様子で突っ立っていた。
「はあー? 私はこの場所の使用許可を何日も前から予約してたんですけどー。ミディルさん、そもそも予約してたんですかぁ?」
「予約はしてないけど、偉大な光魔法の講義をするためよ! さあ消えて!」
「消えてと言われて、生身の人間が簡単に消えられるワケないでしょーが!」
なんだか、喧嘩になりそうな雰囲気だぞ。
「クレイン、やばいぜ。気をつけろ」
そばにいたタイラスさんが、僕に耳打ちをした。
まさか、死人が出るというのは、この二人の喧嘩の影響で……!?
「もう許しません。私は以前からお仕置きが必要だと思っていました。純白の光をもって、あなたの歪んだ心を矯正してあげます!」
「なんだとー? 性根が捻じ曲がってるのはどっちだい。私と私のお友達が、深淵よりも深い闇をもって返り討ちにしてやんよ!」
すると、ドートス教授は目を閉じ、なにやら呪文を唱え始める。
大きな魔方陣がドートス教授の前に現れ、妙なニオイが漂ってきた。
魔方陣の中が黒く染まったかと思うと、そこから、騎士の鎧に身を包んだ不死者が三人出てきた!
『う、うお、おおー!』
『ぶ、ぶしゅる……』
『う、う、た、たかう……』
「きゃああああ!」
「あ、あわわ」
「ひいいーっ!」
不死者の呻きと、学生たちの阿鼻叫喚が入り混じる。そのグロテスクな姿と漂う腐臭に耐えきれず、嘔吐してしまう者もいた。
「あはははは! さあ、行きなさい私のお友達! あの光バカに闇の執念を思い知らせてあげて!」
タイラスさんは目元を押さえると、ぼそりと一言つぶやいた。
「今年は、早くも三人か……」
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