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 どうにかこうにかして、一日を終えた。

 しかし私は完全にガス欠である。

 授業は、私の思っていたよりも相当に難しかった。

 そもそも普通の学年より一年近く先をやってないか、これ?

 自分が余りにもはわわしていたので、途中で右隣の席の生徒に「大丈夫?」なんて声をかけられてしまった。

 咄嗟に「ありがとう。大丈夫」なんてお礼を言ったが、結局分からない所などを色々と教わってしまった。他にも当たり前に皆が行っている学園内での常識的な数々なども含めて。

 授業の最初と最後に、教師に対する挨拶の号令をかけていた彼女は、どうやらクラス委員長のようなポジションらしく、他の生徒からは『委員長』と呼ばれていた。私も親しみをめて委員長と呼ばせて貰うことにした。

 しかしながら学業の進み具合といい、それに皆当然のようについてこれる生徒といい、流石に有名な難関校である。今の私の頭で、これが理解出来るのか。

 学校を出たはずなのに難しい。いかに自分が適当に学校で学んでいたかが良く分かる。

 これは相当に頑張らないといけないな、と思った。

 だがやはりというかなんというか、元の彼女は私なぞよりも頭の出来が抜群に良かったらしく、過去のノートもとても綺麗にまとめてあったので、今日からはおうちで勉強三昧である。

 嫌だなぁ面倒くさいなぁという怠け心が起きつつも、逆に考える。

 こんな美貌びぼうの持ち主で凛々(りり)しい顔をしながら、難関お嬢様校に通うような女性が、おつむの方がパッパラパーだったらどう思われるだろうか。

 そう、幻滅である。

 やはりこれくらいの美貌の持ち主だったら、それ相応の聡明さ、利口さを持っていて欲しいもの、というのが勝手な男の願望である。

 だが、その醜い男の自分勝手な願望を叶えられる立場にいるのが、今の私なのである。

 本音を言えば、この身体でもっと遊び尽くしたい! という気持ちも無くもないのだが、同時に大人になって誰しもが思う『もう少し勉強しておけばよかったなぁ』を実行する絶好の機会なのだ。

 そう思えば、私のやる気も上がるというものだ。

 それを考えると、家に帰って勉強するよりは、このまま学校で勉強するのが良いのでは、と考えた。

 どうせ家に帰っても、勉強なぞ進むまい。

 ……あの自室は、誘惑が多すぎる。

 主に異性的な意味で。

 元童貞の異性としては、あの部屋でどう過ごせというのか、という不安すらある。

 皆も想像してみて欲しい。童貞の男が、急に知らない女子高生の部屋で過ごせと言われて、どうするか。

 勿論ピンキリではあるが、ヤバい奴なら部屋中の棚を漁って部屋の持ち主の下着を被りながら踊り出す奴がいても、私は否定出来ない。

 それくらい、童貞の男というものは野生に、いや異性に飢えているのだ。

 流石に私はそのようなことはしない。というか出来ない。

 何より被った下着は翌日の私が穿かなくてはいけないのだ。正直に言って……気持ち悪い。

 今の私なら、もう少し冷静に行動出来るだろう。

 だがそれでも、不安がある。

 何しろ今日だって、一日中女子高生の群れの中にいる私がいたのだ。

 まるで羊の群れに、一匹だけ放り込まれた狼のような気持ちになって、どうにかして羊の皮を被って誤魔化していたのだから。

 少なくとも、元の男としての俺を保っていては、危険だという気持ちがある。

 もっと女子高生に、溶け込まなければ。

 もっと女子高生に、心の底からならなければ。

 そう思わなければ、この世界で生きていける気がしない。

 私は私を、自分から入れ替えてみよう、と思った。

 不思議な気持ちだけれど。



 さて、何はともあれ、勉学に励む女子高生は、どこかで勉強をしなくてはならない。

 どこがいいだろうか。

 すぐに思い浮かんだのは、喫茶店やファミレスなどで、女子高生がきゃいきゃい言いながら勉強をしている姿である。

 だが、今の私は一人だ。

 誰か誘えるという友人も、現状では残念ながら思い浮かべることが出来ない。

 また、朝の一件により、近くに男性がいるというのは多少ながらも恐怖感がある。

 そこでこの案は却下だ。

 なるほどこうやって女性は男性が苦手になっていくのかもな、と益体も無いことを考えつつも、次の案を私は思考することにした。

 そうなれば、平和であろう学内でどこか勉強するに相応しい場所はどこだろうか。

 無難に教室か、あるいは図書室だろうか。

 この学校は広い。ならば、探索がてら図書室を目指して、そこで勉強に励むとしよう。

 そうと決まれば、と私はノートと教科書を鞄にまとめて、席を立とうと思っていた矢先、隣の委員長に話しかけられた。

鴾連木むつらぎさん、少しお時間よろしいですか?」

「え、ええ」

 彼女には今日一日色々とお世話になってしまった。

 委員長は、今日のきっとぼろが出ているであろう私のことを疑いもせずに、それはもう懇切丁寧に。

 そのことが本当にありがたかった。

「それよりも先に言わせて」

「どうしたんですか?」

「今日は一日、本当にありがとう」

「え、そんな。いいですよ」

「でも、助かったのは事実だから」

「だって、大変そうでしたので」

「いやー」

 その言葉には苦笑を返すしかない。なにせ、


「あなたとしては今日が初めてですしね」


「へ?」

 彼女のその言葉を聞いた時、私はどんな表情をしていたのだろうか。

「ほら、だってあなた、中身は別人でしょ?」

 きっと私は、彼女が見たことも無いような、とんでもない顔をしていたのだろう。

 今まできりりとしていた委員長の顔が、唐突に歪み始める。

 そしておでこの方から頭部の後ろにかけて、髪の毛をばさりとひるがえすとにやりと笑った。

「いやぁ! 今日のキミの反応はとても面白いね!」

 私には何がなんだか分からない。

 誰か、この状況を分かる人がいたら説明を早急に求めたいくらいだ。

「やはり中身が別人だと表情にも違いが見れるね」

「あの、その話は別の場所で」

 そうだ、ここはまだ教室だ。

 誰かに聞こえてしまうとまずい。とてもまずい。

「問題ないさ。だってほら、誰もいないだろう?」

 そう言われて慌てて周りを見渡せば、確かにクラスメイトは誰もいなくなっていた。

「そういうの得意だから」

 彼女は、委員長は何を言っているのだろうか。

「すみません、話の内容が」

 そのことを、認めた方がよいのだろうか。しかし……

「君はどうにもアタマがカタいねぇ。だから、君を入れたのはボクってことだよ」

「えっ!?」

 私はまたきょとんとして、そしてその言葉を飲み込み、理解するのに数瞬かかった。

「えーーーーーっ!?」

 その私の驚きに、またも彼女はにやりと笑う。

「いやぁ、君の表情は本当に豊かだね。まるで彼女とは色合いが違う」

「えっと、あの、それで、彼女は」

 私が答えると、彼女はスッと無表情になって告げる。

「そのことに関しては、ボクは君に話せないんだよね。そういうルールだから」

「はぁ……」

「それよりも、君には大事な話をしてあげよう」

「大事な、話」

 私はまだ、彼女の、委員長の言葉についていけていなかった。

「簡潔に結論から言おう。君はその彼女の身体に入っている間に、彼女の悩みを解決して欲しいんだ」

「悩み?」

 彼女に、悩みなどあるのだろうか?

 こんなに、私がびっくりするほどのパーフェクト具合なのに。

「そうだなぁ……何から話せばいいだろうか」

 委員長は軽く話す。だが私にとっては大事おおごとだ。

「出来れば、最初からお願いします」

 私の言葉に、委員長はうーん、とうなっていた。

 私に何を話せばよいのか、あるいはどこまで伝えてよいのか、悩んでいるのだろうか。

 目を閉じて上を向いたり、首を振ったり、実に悩ましい。

 そういえば、今まで自身のことに必死で余り周りに目を向ける余裕がなかったせいか気付いていなかったが、彼女は、委員長は中々の美人さんでもあった。

 色々と話している最中、勿論今も、ほんわかと女子高生の匂いを漂わせており、なんとも可愛らしい。

「おや、君はメスになっているのに同性に発情するのかい?」

「えっ!?」

「そういうの、すぐ分かっちゃうから程々にしときなよ」

「ごめんなさい」

「まあ、ボク達はそういう種族だから」

「種族?」

 ちょっと待て。一体何の話なのだろうか。

「そうだねぇ……その辺から話しますか」

「お願いします」

 そういうと彼女はオホン、と一つ咳払いをして、話し始めた。随分と手を大振りに広げながら。

「『ヒトの想いは全てを超える』。これがボク達種族の考え方だ」

「ヒトの……想い?」

「そう。君のさっきのは少し別だけれど、まあ基本的には、誰かが誰かを、あるいは何かを想う、ココロのチカラ。それは、距離も時間も、全てを超えて相手に届く。そういうこと」

「そんな……ことが……」

「出来ないと思うかい? でも、現にボク達はその力を応用して、この星に来ているのさ」

「え?」

「ボク達は……そうだねえ、君達の言葉を借りるなら、精神感応体せいしんかんのうたいとでもいえばいいのかな。従来の肉体を持たず、ココロだけを持つ存在」

「ということはつまり、身体を持たない宇宙人ってこと?」

「君達から見ればそんな感じかもね。それで、様々な星に飛んでは今の私みたいに擬態? 寄生? している感じかな」

「その身体の持ち主は、今どうなっているんだ?」

「時々入れ替わりながらも、今この瞬間はボクのココロの中で、幸せな気分を感じながらぐっすりお休みしているよ。あ、言っとくけど無理矢理じゃないからね。本人のココロに許可を貰っているから。自我を持っている相手にはそういうの、ちゃんとしないとね」

「なるほど……」

 私は目の前の委員長が、まさかの宇宙人だったことに驚きだ。

 しかし、それとこれに一体何の関係が……。

 そう思っていると、彼女がまた話を続けてきた。

「それでね、ボクの隣に物凄いチカラの強い子がいたんだ。それで興味を持ってね、色々と話をして、今はこんな感じに」

「ちょっと待って。そこもう少しちゃんと話して。それだと分からないから」

「おっとごめんね。そうだねぇ……あんまりしっかりとは話せないんだけれど、つまりは彼女の悩みを解決するために、君が選ばれたということだよ」

「悩み? 選ばれた?」

「そう。彼女はとても強いココロのチカラを持っていたのだけれど、沢山の悩みで潰れそうになっていたんだ。ボクはそれをとてもうれいていた。だから、彼女の悩みを解決させてあげたかった。でも、彼女自身ではどうにも出来なかったし、ボク自身もそれらをどうすることも出来ない。それはボク達のルールだからね。だから、この星の他の住人にお願いすることに決めた。そこで選ばれたのが、君ってこと」

「えっと……つまり僕は悩みを解決するために彼女に選ばれた、ということ?」

「そうだよ」

「なんだそりゃ……」

 私はよく分からないがどうやら、彼女に選ばれて肉体を預けられたらしい。しかも彼女の悩みを解決するために。

 なんともはや。

「そう言われても……別に私は悩みを解決するような凄い能力は持ち合わせていないと思うのだけど」

「大丈夫。きっとなんとかなるからサ」

「宇宙人に言われてもなぁ……」

「その呼び方、やめてくれない? 原生知的生命体にそんな雑な呼ばれ方、気に入らないね」

 彼女はムッとした表情を作る。

「ごめんなさい。普通に委員長って呼べばいい?」

「それならまあ、彼女の呼称だからおかしくはないか。じゃあそれでよろしく」

「うん」

「ちなみにだけど彼女、その身体とココロがバラバラになりそうだったから、早めに悩みを解決してあげないと、君肉体に引っ張られて死ぬよ」

「なんだってーーーーーー!」

 私は思わずガタンと椅子を揺らして立ち上がる。

「カラダとココロは、基本的には一心同体だから。文字通り。だからココロが辛すぎるとカラダが引っ張られる。同様に、カラダが辛すぎてもココロが引っ張られて死に至るんだよ。気を付けてね」

「ひぇぇ……」

「ボクはね、そんな強いココロを持っているのにも関わらず、死にそうになっていた彼女を助けたいと思っちゃったんだ。だから、君には期待しているよ。こっそりと」

「はぁ……」

 私には情報量が多すぎて、正直理解しかねる。

 だが、彼女の身体と共に死ぬのは流石に避けたい。なんとかしなくては。

「ところで……彼女の悩み事とか、分かる?」

「全てが分かる訳ではないけど、有名なところでは彼女は最近親友と仲違いした、って話で今は学園中の噂になっているね」

「なんでそんな噂になってるの!?」

「そりゃあ、君も相手も学園で有名な存在だからだよ。今日一日過ごして、君の影響力を思い知ったんじゃない?」

「それはまあ……確かに」

 彼女の言う通り、私が今操っているこの肉体、彼女は学園のアイドル、マドンナ、広告塔とでも呼べるくらいには常に誰かから見られているような存在だった。余りにも誰かからの視線を感じるので、少々うんざりするくらいだ。

 今日だけは芸能人になったような面持ちだった。良くも悪くも。

 しかしながら、よく考えれば明日以降もこれが続くのか、と思うとげんなりしてしまう。

「まあ、それも有名税の一つだから。そして、彼女の親友も同じくらいの有名人だよ。我が校の陸上部二大エースの一人、がんだれなぎさ。彼女と君の身体の本来の持ち主が仲違いをして、今は挨拶もロクにしないんだとか」

「はぁ……何があったんだろう」

「そこまでは私には分からないね。本人に聞くか、あるいは同じ部活の子からでも聞いてみたら?」

「そうする。ちなみに二大エースのもう一人って誰?」

 私が聞くと委員長ははぁ、と大きな溜息をした。

「そんなことも分からないのかい? 君に決まっているじゃないか」

「え、私?」

「そうだよ。美人で顔もスタイルも良くて、おまけに勉強も運動も完璧で。でも周りとは最低限の接触をしなくて。せいぜい挨拶とか連絡事項くらいしか会話をしてくれない。でもスペック含めて誰からも文句のつけようがない、そんな子が君だったんだよ。それなのに、彼女のココロは強く輝くと同時にぐちゃぐちゃの悩みを沢山抱えていて、どうにかなってしまいそうだった。ボクはそんな相手が横にいるのがもう辛くて辛くて。思わず声かけちゃったって訳」

「そう……なのか」

 この身体の持ち主は、とても非道ひどい悩みを抱えていた。それなのに、今の私はその彼女の身体に、あるいは彼女が今まで積み上げてきた信頼を元手にして自由気ままに振る舞っている。それは流石に、彼女に申し訳ないような気が少ししてきた。

「だから……ボクからもお願いするよ。君に彼女の悩みを解決して欲しいんだ」

「うん……分かった。どこまで出来るか分からないけど、頑張ってみる」

「嬉しいね。ボクも頭を下げた甲斐があるってものさ」

 そう言うと委員長はにこりと笑った。

「今後も学校生活が大変かもしれないけど、ボクがそれなりにフォローするから。君にはこれから頑張って欲しいね」

「うん」

 委員長と私の会話は、それで終わった。

 窓の外を見ると、もう空が茜色に染まり始めていた。

 ……少し話し込んでしまったようなので、今日はこのまま帰ることにしよう。

 私は席を立った。


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