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 私は自分が嫌いだった。

 周りから見れば『何もかも持っている癖に』なんてひがまれたかもしれない。

 でも、顔が良くても頭が良くても、あるいは実家が太くてお金があっても、私が欲しいものは手に入らなかった。

 ただ、誰かに自分を必要として欲しかっただけなのに。

 両親が普通に私を愛してくれて、それで私の好きな人が同じように私を見てくれる。

 ただ、それだけでいいのに。

 そんな簡単なものが、私の手元には決して、決して届かなかった。

 だから、何をしても、むなしかった。

 日常のなんてないことで一喜一憂するクラスメイトが、うらやましかった。

 私には、何もないから。

 皆が欲しければ、あげる。

 そう言い切れた。


 パパもママも激務で、殆ど家にいなかった。

 私は毎日、与えられたお金でご飯を買って、独りぼっちの家でもくもくと食べる。

 クラスのみんなは、パパもママも優しくて、家にいて、あったかいごはんが作って貰って。

 私もそういうのがよかった。

 そんな中で、私のおじいさんはただ一人だけ、優しかった。

 近所のおじいさんの家に遊びに行くと、おじいさんも一人だったので、色々と遊んでくれた。構ってくれた。

 私のわがままも優しく聞いてくれた。

 だから私は独りぼっちの家に帰るのが嫌で、いつもおじいさんの家にいた。

 でも、そんなおじいさんは亡くなってしまった。

 私と遊んでる時に、急に胸を押さえて、苦しんでいた。

 私はどうしてよいか分からずに、おろおろとして、泣いてしまって、どうすることも出来なかった。

 助けを呼ぶことも、救急車を呼ぶことも出来なかった。パニックになってしまったのだ。

 それで処置が遅れて、亡くなってしまった。

 例えすぐに連絡しても難しかったよ、なんて周りの人には言われたけれど、実際に私が何も出来なかったのは確かだ。

 私は自分に優しくしてくれた、たった一人のおじいさんを、見殺しにしてしまった。

 そんなおじいさんとのお別れの日、どうして私におじいさんを見送ることが出来るだろうか。

 どうしてもその場にいたくなくて、私は逃げだした。

 お寺から逃げ出したけれども、どうしてよいかも分からない、だから私は誰もいない庭で、独りぼっちになって、一人で涙をこらえながら、ふるふると震えていた。

 するとそこに、一人のおにいさんがやってきた。

 おにいさんは大きかったけれど、すっとしゃがんで私の目を見て、何かを言ってきた。

 その話し方が、まとう匂いが、おじいさんとそっくりだった。

 だから私は、おじいさんとお別れするのに、おじいさんが迎えにきてくれたのかな、なんて思ってしまって、涙が枯れるほどに泣いてしまった。

 それからどうやら、おじいさんとは違うけれども、でもこのおにいさんもとても優しい人なんだと分かってしまって、もうおじいさんみたいに離れないように、離さないようにと思って、とにかくおにいさんにずっとくっついていた。

 おにいさんは時々困っていたけれども、それでも私を許してくれた。私が一緒にいてもいいよ、わがままも少しならいってもいいよってしてくれた。

 だから私は、余計におにいさんにくっついてしまって、離れられなくなってしまった。

 結局昼も夜も翌日の朝も昼も、ずっとおにいさんにくっついていた。

 私を覆っていた闇のとばりが、あっという間に晴れた気がした。

 別れ際こそ愚図ぐずったけれど、ちゃんとまた会えるって言ってくれて、おにいさんなら嘘はかないかなって思って、その場はお別れした。

 人は亡くなったら星になるって教わったので、おじいさんはきっと夜空の星になってる。

 でも私の元には、寂しくないように近くにもちゃんと輝く星がやってきてくれた。

 その人が、私の一番星になった。


 それからは私は、もっと自分を磨くことにした。

 おにいさんの輝きに、負けないように。

 小さい頃からずっとかわいいとか言われ続けてたけど、おにいさんの為に色々と自分を鍛えはじめた。

 与えられたものだけじゃなくて、もっと自分自身を成長させようと思って、何でもはじめた。

 ルックスも、勉強も、何もかも。

 誰にも負けない、誰にも取られたくない、あの人の隣にいたい。

 ただ、その一心で。


 それで沢山頑張ったのにお兄さんには二度と会えなかった。

 でもいい加減、自分の頑張った証を見て貰いたい。

 それで褒めて貰いたい。

 お兄さんとまた、どうしても会いたい。

 だから勢い余って、お兄さんの元へと会いに行った。

 でも、お兄さんはいなかった。

 私は、真っ白になった。

 もう、お兄さんには二度と会えないのかな。

 そんな風にさえ思えた。

 でもお兄さんのお母さんに、お兄さんと直接話せる連絡先を教えて貰った。

 私は自分の一番星を、見上げたりおもったりするのではなく、ついにこの手の中に迎え入れた感覚に陥った。

 それからはずっと携帯を見て、お兄さんの連絡先を見てはにやにやしていた。

 しかし実際には、お兄さんとはまるで言葉もわしていないし、自分を褒めて貰ってもいない。

 そして私は口下手だし何を話せばいいかも分からない。

 どうしよう! とつのる焦りは大きくなっていった。


 そんな時、悪魔の声を聴いた。

【彼を手に入れたいなら、貴方が彼になればいい】

 どういうことかと思ったが、話を聞けばなるほど、と納得させられた。

 そして同時になんて素晴らしい考えなのだろうと思った。

 私が彼になれば、私の意思によって私である彼は女の私と一緒になることが出来る。

 そして彼は、私である限り私以外の誰も好きになることがない。

 振り向くことがない。

 なぜなら私は、彼の好むように自らを磨き続けてきたのだから。

 そんな私を、好まないはずがない。

 なんて素晴らしい話なのだろうか。

 私は一も二もなく、その提案に頷いた。


 翌朝目覚めると、私は彼になっていた。

 彼は非道ひどく普通で、でも全てが輝いていた。

 でも私にはまだ足りなかった。

 彼の真の輝きはまだ底すら見えていなかった。

 だから私は、始めたのだ。

 彼の新たな輝きを、磨きだすために。



「という感じ、です」

 彼女は今までの心境を、おぼろげながら話してくれた。

「はぁ……なんちゅうことを」

 そしてそれを聞いた私の第一声である。

 もう少し……もう少しやり方はあったのではないだろうか。

 それにしたって私を、男であった私を盲目もうもく的に信じすぎている。多少危険ですらあると思う。

 まあそれを私がどんなにこうと、彼女が聞いてくれるとは思えない。昔のように。

 とりあえず今は話を、彼である彼女の話をもう少し聞くべきであろう。

「だからあなたは、存分に私の身体を楽しんで。でも私以外にはれないで。私だけを見て」

「いやあのさ……そもそも俺がこんなかわいこちゃんに惚れられてるって事実が信じられないのだが」

 そう言いながら私は自分の身体を見やる。

 何度見ても、モデルや芸能人級の美人である。本当に彼女が……と思う間も無く、彼である彼女は告げた。

「信じて」

「でも」

 そう言っていると、相手は私の頭をぐっと掴んで、私を正面から見つめてきた。

「信じて」

「わ、分かったから離して」

「信じて」

「分かった、分かったから」

 やっと離してくれた。はぁ、と私は溜息を吐いた。

 しかしそんな私の様子を見て、彼である彼女はむすっとしている。

「やっぱり、信じてない」

「いや、もう信じてるから」

「目をつぶって」

 唐突に彼である彼女が、そう言ってきた。

「え?」

「つぶって」

「あ、はい」

 情けないが、彼である彼女の言う通りにする。女の尻に敷かれているなんて、なんだかなぁとも思ったが、よく考えれば今は私の方が女なのだった。

 ならばよいのか?

 そう思いながら目をつぶっていると、不意にくちびるに柔らかい感触が触れた。

 これは、もしや!?

 その間に頭の方はくらくらして、浮遊感と落下する感覚が同時に訪れたような、気持ち悪いものの影響を受けていた。まるで無重力状態に陥っているような。

 そしてその長い間の口づけをゆっくりと離し、目を開ける。

 すると私の目の前には、目を見張るような美少女が恥ずかしがりながら私を見つめていた。

「これで……信じてくれる?」

 私の視界に映るのは、つい先ほどまで私が鏡を通して見ていた美少女だった。

 慌てて私は自分の首を下に向けて、全身の姿を確認してみる。

 その姿はまさしく、私の正面に座っていた、彼である彼女そのものの姿であった。

 つまり。

「あれ、戻った? なんで? どして?」

 私は、俺である元の男の身体に戻ったのである。

 そんな慌てる俺を他所に、彼女はふふんといった顔をして、

「凄いでしょ」

と言うのだ。いや凄いとかそういうことではなく。

「どうなってるんだ?」

 つい俺は口にしてしまう。

「これが今の、私のチカラ」

 彼女は口元に指をあてて、妖艶ようえんに微笑む。

「そんなことより」

 俺と彼女は、身体が入れ替わったのでお互いの居場所も逆になっている。

 つまり、男の俺は自分のベッドの前で立ち上がり、逆に女の彼女は俺が元々座っていた椅子に鎮座している。

 そんな彼女は立ち上がって俺をぐいっと押した。

 当然俺は、後ろにあるベッドに倒れ込んだ。

「うわっ」

「……続き、しよ?」

 彼女の超絶美人顔が俺の顔に迫る。

 ここ二週間、毎日見ていた顔だ。

 だがそれでも俺は、所詮あの頃の俺と何も変わっていなかった。

 久し振りに感覚を味わう俺のシンボルも、栄養を一気に頂戴したようで実に元気である。

「あっ……」

 俺の言葉が何かを紡ぐ前に、塞がれた。

 季節外れの椿つばきが一輪、はらりと落ちた気がした。


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