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 トイレは近くにあったので事無きを得た。

 そしてそのまま下も上も着替えて、制服を持ってもう一度部室へ。

 荷物をしまい、靴も替え、いよいよグラウンドへと私は降臨した。

 本来なら『光臨』の方が正しいのかもしれない。まあこの言葉も敬語なので自分で使うのはおかしい訳だが。

 ただこの場合はあえて『降臨』と言わせて貰おう。それくらい、私のこの肉体はパーフェクトだったからだ。

 私は私自身に対して興奮と感動と、そしてまるで私の信者が滂沱ぼうだの涙を流すような心持ちでいた。

 校舎からグラウンドに向かう際には、グラウンドの方が少し土地が低くなっているので、大きな階段を下らなくてはならないが、その階段を一歩降りる度に私はまるでどこぞの映画の配給会社のロゴマークのように、空から後光が差す女神のような存在になりきっていた。なぜなら自身が着替えて鏡を見た際に、もはや女神以外の形容が思い浮かばないほどだったからだ。

 それくらいのパーフェクトさだった。

 既にこの身体になって数日が経つが、未だに着替えで自身の身体を見ると緊張と興奮が押し寄せる。

 そして身体を見ることが出来た奇跡に歓喜するのだ。

 ……自分でも少しおかしくなっているのは自覚している。

 それほどのカリスマを彼女が持っていたのか、単に元々の私が引きこもりをこじらせただけのどちらなのかは、未だに判断がつかないが。

 そんな益体やくたいも無いことを考えながらグラウンドに到着すると、既に皆は身体をほぐすように準備体操をしていた。

 そしてその中に、私の目当ての人間もいた。

 恐らく彼女だ。

 噂によると、私の親友であり、あるいはあった少女。

 いや、少女というのは失礼だ。彼女の美貌を持ってするなら間違いなく美少女と呼ばせて貰おう。

 その美少女は長く伸ばした長髪をしっかりとポニーテールにして一結びにし、頭部の高い所でまとめていた。その姿は彼女の切れ長で凛々しい目つきとあいまって、まるで一昔前の剣道少女のような印象を彷彿ほうふつとさせる。だが和風美少女とは打って変わって、彼女の首から下の手足はスラリと細く、そして長い。まるで外国のモデルのような長身美女であった。首から上と首から下がまるで違う人物のようであり、素晴らしい和洋折衷を見せつけられたような気持ちになる。ちなみに胸は殆ど大きくなかった。だが陸上競技を考えれば、間違いなく有利でもある。

 彼女は間違いなく、トラックを走り、ランウェイを優雅に歩く為に生まれた美少女だと断定出来た。

 ちなみにこの和洋折衷モデル美少女こそが、陸上部部長である『がんだれなぎさ』である。

 そんな厂部長は私よりもかなり早くグラウンドに到着していたからか、もう粗方あらかた準備を終えているようで、後輩たちを見回って色々と指導をしているようだった。

 そこに私が到着すると、彼女の纏う雰囲気が変わった。

 まるで、ハリセンボンがぷくりと膨らんで、全身のトゲをアピールするかのように。

「なんだその恰好は。随分気合が入っているな。それにしてもここ数日来なかったのはどうしてだ」

 ピリピリとした空気を隠さないまま、彼女は私に軽いジャブをぶつけてきた。

「まあ、ちょっと」

 しかし私はそれをさらりと受け流す。出来るだけ元の彼女のように。

 だがこの対応も、彼女には気に入らなかったようだ。

「私はなぁ! まだ認めてないからな!」

「何の話?」

「とぼけるな! 例の勝負の話だ! あんな手加減されたって、全然嬉しくないからな!」

 やっぱり、そういうことらしい。

 私と彼女が行った勝負の件で、彼女は私に対して怒っているようだ。

「それで、私に対して怒っているの?」

「当然だ!」

「じゃあどうすれば、元に戻る?」

「決まっている! もう一度勝負だ!」

 まあ、そうなるのは当然だ。

「分かった」

「へ?」

「分かった。今日これからでいい?」

「今日? これから?」

「そう」

「ちょちょちょっと待ってくれ! 勝負してくれるのは嬉しいがこれからはいかん!」

「どうして?」

「お前が本気のユニフォームなのに私がコレなのは納得いかん!」

 そう言って彼女は自分が着ているものを指で摘まみ、私にアピールしてくる。

 彼女は確かに、学内指定のジャージを着ていた。

 今日の彼女はジャージの気分らしい。

「私のユニフォームは洗濯中なのだ! だから申し訳ないが明日にして欲しい」

「分かった」

「本当だぞ! 明日になったら気分を変えたり無かったとか無しだぞ!」

「うん」

「絶対だぞ!」

「うん」

「ふふふ……よし、皆はそのまま準備運動をして、終わり次第それぞれ練習メニューに移行だ。怪我にだけは気を付けるように!」

 そこかしこではいという返事が聞こえ、皆はそのまま身体を念入りにほぐしていた。

 部長はぷんすこ怒っていたのに、あっという間に機嫌が直り、むしろ御機嫌でさえあると言えた。

 とりあえず部長であり親友である彼女との仲を、亀裂をこれ以上広げることはストップ出来たようだ。

 私はほっとしつつも、明日の勝負へと気合を入れることにした。

 今度こそ、彼女にも私自身にも納得出来る勝負をしなければ。


 その日の練習だがほぼ一日、私はひたすら百メートルを走ってフォームを確認しつつ、身体をいじめ抜くトレーニングをした。

 他の部員からは腫れ物に触るような扱いを受けたが、例の金髪彼女ちゃんはそんな私に対しても割と普通に接してくれてありがたかった。

 何ならちょいちょい一緒に走ってくれたりしたので、自身の走る感覚を掴むのにも非常に役に立った。

 流石にぶっつけ本番で試合をする訳にはいかない。

 それこそまた親友である彼女に手を抜いたなどと思われては敵わない。

 まあそれはそれとして、この身体になってまた一つ、気付いたことがある。

 前の身体の時はそこまで思うことはなかったが、この身体になって気付いたこととは『身体を動かすのは楽しい』ということだ。

 汗をかき、肉体を苛めて、筋肉に程よい刺激を与える。これによって食欲増進、心地よい風呂、そして見事な導入の睡眠を得ることが出来るだろうと思える。

 のんべんだらりと自堕落な生活をしていたあの頃には、とても戻れないし戻りたくもない。

 だが同時に、私がこの身体のままでいた際に、元の彼女はどうなってしまうのだろう。

 それだけが心残りである。

 何よりもこの身体は、私にとってはオーバースペックにも等しいのだ。

 今まで軽自動車の身体しか運転してこなかった自分が、唐突にレーシングマシンを手に入れて、そのオーバースペックに感動しながらも、日常も全てこの車を使え、となってしまったらどうだろうか。

 それは史実のレーサーにとっても変わらない。ただの苦痛である。

 人には皆、それぞれに相応しい位階というものが存在する。

 勿論、誰かに決められたりおとしめられたりするものではない。

 自分で決めて、自分で辿り着くべきものだ。

 そして私は、残念ながら自分がレーシングマシンの身体を操る器ではないことに気付いてしまった。

 だからこそ、この身体を操っていた前の人間に申し訳が立たないのだ。

 自身をレーシングマシンにまで育て上げた、彼女の力量、才能、そしてその努力に。

 ある程度は生まれも関係してくるが、勉学などはどうしても努力の部分が大きい。

 途中で投げ出さず、こんなお嬢様学校に入れるまで努力をしていのだから、相当のものだ。

 そういう意味でも、私はこの見えない彼女への劣等感と罪悪感とに、思いを募らせるのであった。

 ……そして同時に、彼女の優秀な身体を人知れず堪能もしていた。


 部活動を終え、着替えて帰宅の路へと着く。

 だがその前に、全身に貼り付くように滴る汗を流す為に、部室棟の一角にあるシャワー室へと向かった。

 下着と制服をビニールバッグへと抱え、私はシャワー室へと歩いて入った。

 扉を開けるとそこは蛇がのたうつように折り曲がった通路があり、扉を開けただけでは外から中が見えないような構造になっていた。

 そしてその奥には銭湯、というよりはスパリゾートの方が近いだろうか、幾つものロッカーが並んでおり、そこでめいめいの女子達が着替えたりシャワー後に垂れ落ちるしずくぬぐったりしていた。

 私はその室内における、決して男子更衣室では想像の埒外らちがいだった女子高生の発するフレグランスとその中に時々混じるバッドスメルが漂う合間をなんとか潜り込むようにして、自身の場所を確保し、服を脱いでシャワーを浴びに向かった。

 シャワー室はそれぞれが曇りガラスのような扉で仕切られてはいるが、全てを仕切っている訳ではなく、足下側は僅かに、天井側はお互いの頭が隠れるより上の部分は隙間が空いていた。

 そしてその部分から、聞こえるのだ。

 ……誰がしかのきゃいきゃいした声が。

 うわーああいうのって本当にあるんだー、と思いながら、無視して頭をわしわしと洗う。あー気持ちいいー。

「先輩ー、せんぱーい」

と私を呼ぶ声が聞こえた。無視して頭部に完成したあわあわ帽子をシャワーで流す。はわーむっちゃ気持ちいー。サイコー。

 私が心の底からリラックスを堪能していると、唐突に扉がガチャリと開けられた音がした。

「あーやっぱりー! 見つけましたよ先輩ー」

「え、ちょっ!?」

 この声は例の金髪彼女ちゃんだ。彼女は私をどうにかして見つけてこの個室に入って来たのだろう。

 そして私はといえば、まだ頭部の泡を流している最中であり、目はしっかりと閉じられたままだ。

「うわぁ……やっぱり先輩は女神様なんですね。惚れ惚れします」

「ちょっと、しっかり見ないで」

「私も見に来た訳じゃないですよーちょぉーっとちょっかいかけにきただけなんですけどーでもそれにしたってこれはちょっと美しすぎてにゅふふ」

 私はやっとのことで頭を洗い終わり、目を開ける。

 そこには私と同じく全裸の金髪彼女ちゃんが私のすぐ目の前に立っていた。

 彼女は顔つきもそうだが、体つきも日本人とは遺伝子的に違いがあるのか、美しいボディに随分と色白であった。そしてその上で、外で運動したのがよく分かるほどに、少し赤く焼けてしまっていた。

 私は彼女の、私に負けずとも劣らない肉体美を凝視するのを必死で我慢しながら、彼女へ言外に出ていくように伝えた。

「……もういい?」

「あー、じゃあちょっとだけ」

「なに?」

「私ー、お二人の真剣勝負ー、とっても楽しみにしてますのでー。私はいつでも先輩の味方ですから。勿論部長にも頑張って欲しいですけどー。ではでは御機嫌ようー」

 そう言って彼女は軽く会釈をして、私の個室から出ていった。

 金髪彼女ちゃん、実にバイタリティ溢れる娘である。

 そしてやはりというか何というか、この身体この本人にはしっかりと熱烈なファンがいたのだな、と思った。

 嬉しいような、ありがたいような。

 私は今のままで、彼女達を満足させられるだろうか。

 かつての無口で凛としていた……であろう彼女でなければ、ファンは減ってしまうのではないだろうか。

 そんなことも考えたが、でもファンサービスが多い方がやはり喜ばれるかな、とも思うと今の自分のままでもいいのかな、などと思わなくもない。

 いや流石に自分からサインと握手をして回ろうとは思わないけれど。



最終話までの、全ての予約投稿を完了しました。

何もなければ、今後は毎日午前零時に投稿されるはずです。


今ちょうど半分くらいです。

最後までどうぞ、お愉しみくだされば幸いです。


評価とブックマークの方も、もしよければ忘れずにお願いします。

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